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『夫の宿題』遠藤順子 (080427)
遠藤周作ファンならば,とっくに読んでいて然るべき本なのでしょうが,私は何となく手にする気になれず,気がついたら,この本が出てから10年も経っておりました。『満潮の時刻』以来の遠藤周作先生関連の読書。
■『夫の宿題』(遠藤順子 /PHP研究所/本体:1,333円)
本書は,1998年7月第1版1刷発行。私の手元にあるのは同年8月の6刷。わずか1か月の間に5回も増刷,何という効率の悪さでしょう。それだけ予想外の売れ行きだったのでしょう。遠藤周作先生が亡くなったのは1996年9月。
いくつか覚書。
医者を選ぶのも寿命のうちと,世間でよく言われておりますが,今のように人間の体を勝手に分類し,○○内科,○○内科と,段々と専門が細分化されてしまうと,自分の専門以外のことは眼中になくて注意不足になってしまうのでしょう。それにもかかわらず我々患者の側は,内科の先生といえば,内科のことは一応,何でもわかっていると思ってしまうのです。(14ページ)
→これ,実感ですよねえ。私も退院後14年にわたって外来で受診し,定期的に肝臓の検査を受けていますが,もし肺がんなどになっていても見落とされるだろうな,と思います。胃がんだったらエコーで見つけてくれるかも,といったところ。
今回主人が最後に入院した慶応病院でも,毎日待合室のお花の水をとり替えたり,しおれた花を挿しかえてくださるエプロン姿のボランティアの方々をよくみかけました。毎日活き活きと思う存分水を吸って限りある命を生きている花々を見るだけで,どんなに患者や介護のものがほっとするでしょうか。(中略)ビルの中やホテルの中,またはレストランの食卓などの小さな花にも大きな力があることを今回の入院で知りました。(168-169ページ)
→同感であります。歳を取るごとに私も植物に目が行くようになりました。最近よく伝えられる「チューリップの花が大量に切り落とされた」「植木が何本も抜かれて放置されていた」といったニュースが,本当に悲しい。そういうことをする人の心の荒みようや,楽しみにしていた花の無惨な姿に心を傷める人がいることに,暗澹たる思い。
悔いの残らない看護などというものがあるはずはありません。(232ページ)
主人は外出先から帰ってくると,まるで小学生の子供のように,いつも大声で「ただいま帰りました!」と叫びながら玄関を入ってきました。たまたま台所にいてその声を聞きそこねたりすると,こちらが返事をするまで何回でも「ただいま帰りました!」をくり返していました。亡くなって一年半たった今でも,外国旅行か取材旅行に出掛けていて,ふらっと今日あたり「ただいま帰りました!」と帰ってきそうな気持ちがしています。(234ページ)
→この話はコタエました。遠藤先生らしい話。それと,故人を思い出すのは,こういう日常の動作ということが多いですよね。結婚してから実家に帰ったとき,亡父が「お前も,飲(や)るか?」とやさしく聞いてくれた声など,思い出します。
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