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『置き去り−サハリン残留日本女性たちの六十年−』吉武輝子(080421)
『病みながら老いる時代を生きる』を読んだときだったでしょうか,吉武輝子さんの,このご著書の存在を知り,すぐ購入。
■『置き去り−サハリン残留日本女性たちの六十年−』(吉武輝子/海竜社/本体:2,500円)
中国残留孤児のことはよく知られていますが,旧樺太(サハリン)の残留者(多くが女性)のことは,中国残留孤児に比べて数が少ないということもあって,あまり知られていないように思います。でも,最近,厚生労働省の「永住帰国した中国在留邦人及び樺太在留邦人の皆様へ」(2008/3/20,3/30)という広告を見かけました。あまり目立ちませんが,「置き去り」の埋め合わせは少しは実施されているようです。
さて。この「置き去り」というのは,たとえば次のよう。家族でサハリンに住んでいたところ,ソビエトが攻めてきて敗戦国民となってしまった。その家の娘さんは「結婚しなければ親や兄弟を刑務所送りにする」とか「殺す」と脅されて,朝鮮人やロシア人と結婚。やがて子どもができる。娘さんはこの子どもを「投げて」(=置いて),日本に帰れない。やがて子どもが育ったとき,今度は子も母を「投げて」日本に来られない。さらに朝鮮人の夫(もちろん悪い人ばかりではありません)やその親などとの関係も絡んで「残らざるをえなかった人々」の悲劇はいろいろな形で起きたのです。
にもかかわらず国は,これらについて「あくまでも,国際結婚による任意残留,よって樺太には棄民的残留日本婦人はいない」「サハリンに残った日本人はひとりもいない」として「国の責任をいっさい回避」し,一時帰国についてすら「取り合おうとはしなかった」そうです。(38〜39ページ)
第一次一時帰国団が新潟空港に到着したのは1990年(!)5月。
国家という存在が祖国と個人の間の物理的距離を大幅に延長させただけにとどまらず,半世紀に近い歳月が行く手を阻み続けてきたのだった。(39ページ)
『病みながら老いる時代を生きる』にあるように,吉武さんがこの本のために取材やご執筆をされていたときの体調はほぼドン底。そんなこともあって,かなり急いで制作された模様で,誤植などのミスが若干ありますが,この「置き去り」の事実を世に伝えなくてはとの吉武さんの使命感のようなものが強く感じられる労作・大作(約500ページ/厚さ約40ミリ)です。朝鮮の方々のご苦労や痛恨も胸に迫ってきます。吉武様,お疲れさまでした。どうもありがとうございました。
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