『満潮の時刻』遠藤周作(080323)

 3月2日(日)に“私が読んだことのない遠藤周作先生の文庫本があった”と,驚いて購入した『満潮の時刻』(みちしおのじこく)。3月23日(日)に一気読み。

■『満潮の時刻』(遠藤周作/新潮文庫/本体:476円)

 巻末の解説(山根道公氏の親切な記述がありがたい)によると,遠藤先生の代表作の一つである『沈黙』と同時期の作品とのこと。作品としての完成度は残念ながら全然大したことはない,というか「悪いデキ」(担当編集者がちゃんと読んでくれていたら,“話のつじつまが合わない”なんて事態は避けられたのに…)なのですが,これは重要な作品だと思います。小説の内容に興奮します。晩年の『深い河』にまでつながる遠藤文学の多くのエッセンスが(あまり整理されていない形ではありますがたくさん)詰まっています。

 この小説は,結核を再発した男の物語。結核の再発については,遠藤先生の実体験でもあり,短編小説やエッセイで何度も語られています。遠藤文学に親しんで来た人には“お馴染み”のネタ。でも,そうでない人でも,特に病気を抱えた方,そのご家族には,参考になる記述が多いです。病人の気持ちなどが素直に語られています。たとえば…

 生活するということと,生きるということとは別の意味をもっていた。生きることはこんな体でも,他の人に負けぬぐらい,いや,こんな体だから余計に生きることができるような気さえした。(147ページ)

 医学というものは我々の世界の中で最も具体的に人間が悪を克服しようとしている学問だ。(中略)結果がどうであれ,その努力ははっきりと認めねばならぬ。(中略)戦争は,一人の人間を殺すための共同作業だ。しかし医療は一人の人間を肉体的に助けるための共同作業だ(159ページ)

 こんな記述を読むと,随分心が落ち着き,我が身に起こった事態に冷静に対応しようという気になるように思いますがいかがでしょうか?

 九官鳥,喘ぐように登る坂,変わらぬ日常風景などなど,この小悦をパラパラめくると遠藤ファンにはおなじみのフレーズや光景がたくさん出てきます。私は懐かしい感じがしました。焦らずゆっくりと日々を噛みしめるように過ごしたいものだと,改めて思ったことでした。

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