『一銭五厘たちの横丁』児玉隆也/写真=桑原甲子雄(080119)

 新聞で,物書きの方が「この本に衝撃を受けた」と書いておられ,この本のタイトルにも“ただならぬ感じ”(『筑豊のこどもたち』のような,心にず〜んとくる作品かも)がしたので,速攻でAmazonで検索をかけて購入。

■『一銭五厘たちの横丁』(児玉隆也/写真=桑原甲子雄/晶文社/定価:980円)

 一銭五厘というのは,戦時中のハガキの値段=召集令状という意味。なので「一銭五厘たちの横丁」と聞いただけだと,どういうことかよくわかりませんが「何やら戦争関係」だなとは思いますよね。また,この「一銭五厘」には「安い金で命を調達される」というニュアンスがありますので,そんな安い命の周辺には明るい話はないだろう,とも想像されます。

 本書は,現・台東区下谷地域周辺から一銭五厘で調達された命の「銃後」の方々を撮影した写真(戦地の兵士に送るためのもの)を手がかりに,約30年後にその土地や家族を訪ねたルポルタージュ。写真は戦地にいる肉親に送るものなので,上右のような家の前などでおめかしした「家族」が多数写っています。1975年2月の初版本。ほぼ思った通りのマジメで硬派な作品。こんな記述がコタエます。

 町の人たちは,何かにつけて明けっぴろげで,陽気だった。戦地から元気な便りがあると,町内じゅうを「セガレから手紙が来た」と見せ歩き,戦死の公報のあった家の前は,一時しのぎの声をかけるよりも,黙って頭を下げて通った。(31ページ)

 写真はほとんどが兵隊さんを安心させるような顔。一方,その写真を送られた兵隊さんは,無事に帰ってくるほうがまれなわけで,写真と(その頃とその後の)現実のギャップを思うと胸が苦しくなります。「長兄は○○で,次兄は○○で戦死」なんてことが,どこにでもあるごく普通のことだったと思うだけでもめまいがしますが…。

 それと…。この本に載っている昭和18年頃の写真は,私の父母が子どもの頃の残っている写真と当然同じようだし,今,この時代の写真を見て驚くのは,私が子どもの頃の昭和30年代後半と女の子のオカッパ頭や洋服,建物の雰囲気が似ていること。今でもわが実家の正面は上右の写真のようなガラスの引戸ですけど。まあ,湾岸戦争から17年も経った今のことを思うと,私が子どもの頃に戦争中の雰囲気が残っていても,驚くよりは“そんなものだよ。庶民の生活ぶりはそんなにすぐには変わらない”ととらえるべきなのかもしれませんが…。

  


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