『渋沢家三代』佐野眞一(071118)

 佐野眞一さんの本を読んだのは,どうやら2003年の『あぶく銭師たちよ!』以来。そんなか〜という感じ。『東電OL殺人事件』とか『だれが「本」を殺すのか』とか,つい最近読んだ気がするのですが,それほど近い過去のことではないんですよねえ〜。調べてみると。まいるわ〜。

■『渋沢家三代』(佐野眞一/文春新書/本体840円)

渋沢篤二(161ページ)

 この本は1998年発行。佐野眞一さんは1996年発行の『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞されたわけですが,その本の執筆中から渋沢家三代の歴史を書きたいと考えていたそうです(14ページ)。

 ちょっと話がズレますが,佐野眞一さんには,『旅する巨人』の前に,正力松太郎を扱った『巨怪伝』という作品があり,大宅壮一ノンフィクション賞はこの『巨怪伝』で受賞されるだろうという評判でした。『巨怪伝』も迫力のある,いい作品です。

 さて,本書であります。渋沢栄一さんについてはいろいろな方が書いておられます。その孫の渋沢敬三さんについても,民俗学や文化人類学の本などを読んでいると目にすることが少なくありません。渋沢敬三さんは日銀総裁・大蔵大臣まで歴任しているわけですのでそちらの見識だって相当なハズだと私は思いますが,その件に関しては,私は(多分)読んだことがありません。さらに語られないのが,渋沢栄一さんの息子であり,渋沢敬三さんの父である渋沢篤二さん(上右写真)のことでありまして,本書は(佐野さんらしく丁寧で細かな取材に基づく知見がたくさんちりばめられているわけですが)その篤二さんのことが結構書かれているところに,最も大きな価値があるのではないかと,わたくしは思います。

 この篤二さんという方は,困った“趣味人”で,廃嫡の憂き目にあうのです。そこで栄一の「跡取り」は,篤二を飛ばして敬三となるわけで,渋沢家の『華麗なる一族』なはずのそうでない面のありようが,実に切ないのでございます。ただし,佐野さんはセンチメンタルな書き方はされておりません。念のため。

 「ワタクシダイシツサク。イサイユービン」 これは篤二が熊本(五高在学)で,何か「遊所への耽溺流連」(128ページ)と思われることに関して失敗をしでかしたときに送ってきた電報。これで渋沢家は大騒ぎ。しかもその後も,篤二は(結婚しても)マトモになれない。ここらが私にとってヒトゴトと思えないところ。「ワタクシダイシツサク」なんてセリフが胸にズシンと来ます。こんなことを言わないで済む生涯であってくれと祈ってしまいます。

 民族学博物館をつくりあげた渋沢敬三について,佐野さんはこんな風に記しています。

 敬三の学問に対するこれほどの蕩尽は,父篤二の遊芸への耽溺を連想させる。篤二が遊芸への耽溺にしか自己確認の術を見出せなかったように,学者への道を志しながら栄一によって断念を余儀なくされた敬三は,せめてものアイデンティティーを学問発展への限りない援助に求めた。

 そんなもんだよねと思います。どんなにエライ人でも,家族の誇りや傷を胸に秘めたり背負っているというのは,約50年生きてきた,わたくしの確信でございます。みんなインナーチャイルドを持っている。


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