『身ぶりとしぐさの人類学』野村雅一(071021)

 野村雅一先生の本を読むのは,『しぐさの世界』以来,2冊目。確信的におもしろいと思って購入。

■『身ぶりとしぐさの人類学』(野村雅一/中公新書/本体:680円)

 いきなり「女の立小便」から話が始まります。強烈なツカミでございます。「看板」とかの「物」だけじゃないんですよね〜,こうしたガクモンの対象は。はまるわ〜,ホントに。

昭和三十年代なかばのことだ。そのころは,京都の街で花や野菜を売り歩く女性たちもたいがい空地や畑で立ち小便をしていたそうだ(中略)わたしが育った山陽地方でも昭和三十年代まではそれは路傍のありふれた光景だった。(4〜5ページ)

 この後,世界的な排尿のしぐさに関する記述が続きます。メッチャ面白いです。中学生とかには,こういう本を読ませれば「本離れ」なんてしないんでしょうけどねえ。ちなみに私は昭和33年生まれですが,残念ながら「女の立小便」を見た記憶はありません。何年か前の夏に長崎で,おばあさんのトップレス姿をバスから見てしまい,気絶しそうになったことはありますが…。

しぐさのひとつひとつには歴史的経験が沈殿していて,いわば無言の知識なのである。語り継がれた昔話や伝説や歌謡の集積を口頭伝承というが,こうしたいわず語らずの身体的知識を身体伝承とよぶことができるだろう。そのふたつがあいまって,「民俗知」,すなわちフォークロアをつくっているのだ。(7ページ)

 興奮しちゃいますよね〜,こんな記述を読むと。で,ズイズイ読み進めていってしまいます。

 ちょっと覚書。「自己演技と表情」という章で,

 われわれの感情は,ほんとうは自分の自由にならず,社会的場面に応じてつかいわけることが厳しく求められている。笑みや笑いはそのような社会的感情表現として,微妙かつ的確につかいわけなければならないのである。(123ページ)

 このようなことの前後で挙げられる例証がまたおもしろいんですねえ。握手とか笑顔とか儀礼的無関心とか涙とかVサインとか,身近に経験していることが,外国との比較や歴史的経緯などを含めて語られます。う〜。向学心に燃えちゃうなあ〜。


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