『看板』岩井宏實(071019)

 新聞を読んでいて,この本の広告を目にしてしまったのでした。新刊を買うのは私ナンゾには贅沢で(酒を飲んでいるときにこういう理性が働けばいいのですが…),しかも,このテの本は,まだまだ山のようにあるぞと知りつつ,でも今回は我慢できませんでした。“この本は絶対に面白い”という確信めいたものがあって,即購入。

■『看板』(岩井宏實/法政大学出版局/本体:2,700円)

 で,ほ〜らね,なんでございました。学者サン(私も自称・路上観察学者ではありますが…。あ,どうでもいいか。そんなことは…)が書かれたものなので文章が硬いのですが,そもそも看板をガクモンすること自体が面白いので全然気になりませんでした。岩井先生は元帝塚山大学学長。日本史がご専門のようです。大学の史学科なんて全然興味がわきませんでしたが,こういうのもアリなんですねえ。若い頃に知らないでよかったのかもしれません。文化人類学もそうですが,あまりに面白くて,どっぷりはまってしまいそう。人文・社会系のガクモンというのは,先端のほうに行くと,焦点が絞られるどころか,たとえば今回の「看板」でいえば,文化人類学や民俗学や科学史・技術史など,どんどん範囲が広がっていってしまうんですよね〜。

 図版多数掲載。それらを見ているだけも充分楽しいです。上は国定の絵に見られる呉服屋の長のれん(13ページ)。

 上左は建具屋さんの,障子のカタログを兼ねた看板(124ページ)。障子のこんな柄を毎日見ていたら頭が柔軟になりそう。ちなみに,上右は,わが社のそばにあった弁当屋さんの長のれん。昼間は商売して,夜はこいつを引っ込めて一家団欒。オヤジは晩酌なんぞをしたりもするわけですな。「今日も忙しかったな〜」とか言っちゃって。残業なんてなし。朝は早いけど…という内実になっているかどうかは,もちろん私は知りませんが,そうであってほしいものです。1つだけ本文から抜粋。

 建具屋は板戸や帯戸あるいは装飾建具の横型の吊看板を軒に吊るしたのであるが,また実物の十分の一の精巧な雛形各種を店頭に並べ,それを看板の用に供した。客はその雛形を見て好みの意匠のものを注文した。この建具雛形を見ると実に美しくまた壮観であったという。建具屋の中には店での営業だけでなく,近隣を廻って注文を取ってあるく者もいた。そのときこの雛形を箱に詰めて背負って歩き,営業したのであった。(125ページ)

 こんな調子です。さらっと書いてありますが,たったこれだけの文章を書くのに,岩井先生はどれだけ「裏付け」を収集されたことでしょう。気が遠くなります。そんな学者サンの研究成果の「おいしいとこ」だけいただけてうれしい(学者さんは,その「探究」自体がきっともっとも楽しいのだろうと拝察いたします)。あまりに幅広い職種(中条流という堕胎屋さんのことまで書いてあります)の看板について取り上げているため,それぞれの項目に関する記述が短いです。「先生,もっといろいろなことをご存知なんでしょう? 教えてくださいよ」と言いたくなる場面も多数あります。でもそれは「自分で勉強なさい」ということなのでしょうねえ。いや〜,ホントに楽しかった。

 本書は法政大学出版局が出している「ものと人間の文化史」というシリーズの136番目。このシリーズは1968年から始まって「1.船」「2.狩猟」「3.からくり」「4.化粧」などと続いてきております。巻末のリストを見ているだけでよだれが出てしまいそう。このシリーズの読破をめざすと,休憩も入れて1年は楽しめそうです。

 リストをざっと見て(私が読んで)面白そうだと思うものを覚書。「6.結び」「15.石垣」「17.釣針」「18.鋸」「19.農具」「20.包み」「22.ものさし」「24.湿原祭祀」「25.臼」「26.河原絵巻」()「27.香料」「28.神像」()「32.蛇」()「34.猿()」「39.狐」()「40-I〜III.賭博」「41-I〜II.地方仏」()「42.南部絵暦」()「43.野菜」「45.壁」「49.鶏」()「57.ひも」「64.蛙」()「66.橋」「67.箱」「69.鯛」「70.さいころ」「74.蛸」()「75.曲物」「79-I〜II.すごろく」「81.枕」「88.杖」「100.瓦」「102.箸」「104.下駄」「107.蜘蛛」()「108.襖」「109.漁撈伝承」()「112.屋根」「116-I〜II.道」()「122-I〜II.もののけ」()「124-I〜II.動物民俗」()「126.亀」()「130.広告」(

 は特に読みたいもの。随分あります。やっぱりはまるなあ〜。「犬」「猫」とか「病気」とか「柔道」とか,このシリーズにはないですが,きっとどこかで他の研究者が様々な本を出されていることでしょう(山口昌男先生だったかの「河童」とか)。早くリタイアして(できるのか?),「図書館通い」や「路上観察」にどっぷり浸りたいものであります。


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