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『多文化世界』青木保(070728)
『異文化理解』に引き続き青木保先生の本でお勉強。
■『多文化世界』(青木保/岩波新書/本体:700円)
この本は2003年6月刊行。『異文化理解』が2001年7月発行ですから,約2年後ですね。2001年9月には,あの同時多発テロが起きました。それに続く,アフガニスタンでのタリバンやアルカイダの掃討作戦,イラク攻撃もわれわれは同時代の大きな事件として見てきました。
『異文化理解』は簡単に言えば,文化人類学の大家が執筆した「異文化と接する際のガイド本」でしたが,上のような世界の動きを見て,青木先生は,
自分たちの信ずる世界だけを世界に広めよう,あるいはそれで世界の動きを解釈してしまおうというような,世界の「単純化」,ある点では多様性の抹消化の動きが起こっています。これに対して私は非常に強い危機を感じます。(15ページ)
「文化の多様性」の擁護に敵対するものは,グローバル化による一元化・画一化であり,それによって生じる,人間と社会の個性の喪失,創造性の抑圧,個人の埋没を防がなくてはなりません。政治的・経済的・宗教的な全体主義が世界を覆い,私たちの生きる社会を乾燥した無機質なものにしてしまうことがあってはならないと考えるのです。(27ページ)
と,書いておられます。『異文化理解』からさらに踏み込んで,では,われわれはどうすればいいのだろう,というところにつき,「多文化世界」をキーワードとして,語ってくれております。とりあえず手っ取り早く,アメリカの振る舞いってどう? それに追従する日本ってどうよ? と考えながら読まれるとよろしいのではないでしょうか。
アメリカのジョセフ・ナイの「ソフト・パワー」論を慎重に紹介,援用した部分に,こんな記述があります。
ナイは,日本にはソフト・パワーがないわけではない,(中略)と言います。(中略)しかし,日本の文化はアメリカ文化に比べてはるかに内向きだということに加えて,特に指摘されているのは,日本政府が一九三〇年代以後の,つまり戦争や植民地支配の歴史について率直な姿勢を取ろうとしないため,ソフト・パワーが弱まっている,ということです。(145〜146ページ)
ソフト・パワーというのは,たとえば単純に言って,カナダやスウェーデンなどは(いろいろ問題はあるものの)文化的水準が高いと見なされるから,国際社会における発言が,一つの常識として評価される力を持つ,というようなことです。軍事力や経済力とは違うパワーです(本書では,青木先生はもっとたくさんの留保をつけて,この概念を使っておられます。念のため)。このソフト・パワーという概念を使いつつ,「文化」の重要性が強調されております。ちなみに,今月30日にはアメリカ下院で従軍慰安婦問題に関する対日謝罪要求決議案が採決されるとのニュースをどうとらえますかね? 「正しいアメリカ」の人たちが私たちを諭してくださるということでしょうか,それとも日本のソフト・パワーを弱めるべく,アメリカは世界に情報発信しようとしているのでしょうか。私は後者だと思いますが…。
これらに加え,「現代都市と文化の力」「ブランド国家論」など興味深い話が多々出てきます。文化の発信や交流ということについて,随分ページが割かれています。この辺は,特に国や自治体の行政マンの皆様に,ぜひ読んでいただきたい。「あとがき」では,
「異文化理解」をあくまでも基礎として,「多元主義」をはっきりと意識し,「協調と説得」の道をひたすら進むのが,まさに現代の国家・社会・人間の取るべき態度であると思います。(219ページ)
とされています。
今回も勉強になりました。明日は参院選。この「あとがき」にあるような態度をちっとも見せない総裁のいる政党が大敗しますように…。
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