『顔をなくした女』大平健(070508)

 まったくご縁というものはおそろしいもので,たまたま入ったブックオフで本書を発見。大平健だ〜と,即購入(2007.4.10)。

■『顔をなくした女』大平健(大平健/岩波書店/本体:1,600円〉

   

 岩波書店さんが何で生き延びているかといえば,「岩波にはずれなし」というブランドをきっちり守ってこられたところだと思います。「何だこれ?」という本に当たってしまっても,時が経つと「ああ,いい本だったんだ」とわかる。そんな伝統を支持して尊敬してきたわけですが,岩波もやっぱりくたびれてきたかと近頃は思うこと多し。本書も,残念ですがその仲間。超すごくはない。

 とはいえ,それなりには面白い。書名になっている「顔をなくした女」は,つまりは「自分のよって立つところを失った人」の話。今日的でございますねえ。頑固=柔軟性がない=悪,断定=独善的=浅薄,なんて価値観の裏返しですかねえ。この考察は面白かった。とてもよくわかる。目立ちたくはないんだけれども一般化されるのはイヤなの,という気分でございますねえ。男性・女性といった区別さえ拒否したいぐらいの勢い。

 そんなことどもをみんな拒否したくなったら,顔もなくなるし,私ってなんだっけと不安にもなる。わが愛する子供たちに言わせれば,わたくしは「ハゲちらかしているオヤジ」で,その「ハゲちらかす」という言葉の,メチャクチャな可笑しさを共有できることこそが,実は,私が少なくとも「顔をなくしてはいない」という証左であったりもするのでした。「ハゲちらかしているオヤジ」は彼女らの心の中に居場所があり,私は私で「ハゲちらかしているオヤジ」ってのは,面白すぎるんじゃねえか? なんて心や頭のどこかのスペースを使っているのでした。これはね〜。大事。自他共に認めるってのがね。特に他は鏡。孤独な人は自分を抱きしめたりするそうですが,憎まれるにせよ愛されるにせよ,自分を抱きしめたりして,「ほら,ここに俺ってやっぱいるじゃんかあ」なんて確認せざるをえない状態よりは「ハゲちらかしているオヤジ」と言われ,そうか? なんて思っているほうがかなりマシなんだろうと思われますねえ。


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