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『わが友 本田宗一郎』井深大(070430)
以前,井深大さんに関する本を読んだとき(『井深大語録』井深大研究会)から,この本があることは知っておりました。
■『わが友 本田宗一郎』(井深大/ごま書房/本体:1,068円〉
本田宗一郎さんが亡くなったのは1991年8月。この本が出たのが同年12月。私の手元にあるのは,1992年8月の第29刷。短期間にこれだけ版を重ねたんですねえ。畏友への友情が溢れ出るような本書は,多くの方々に感銘を与えたのでしょう。著者の井深大さんは10年前の1997年12月にお亡くなりになりました。
また,本書は,人間としての本田さんと井深さんの「素」の友情だけでない,モノづくり,企画屋の原点や姿勢を確認するために推奨されることも多いでしょう。わたくしも企画屋の端くれとして勇気づけられた記述が多数ありました。
ちょっと引用。70ページ。
本田さんではありませんが,私自身も,「見たり,聞いたり,試したり」の「試したり」の部分が,最近の若い人には少なくなっているのが,気になってなりません。「見たり」「聞いたり」はよくするのですが,とくに最近の教育に欠けているのが,この「試したり」でしょう。(70ページ)
私もマーケティングのたいせつさを悟りましたが,マーケティングといっても,数字だけに頼っていても,ほんとうのところはなかなかわかりません。そのあたりのことを,本田さんはこう言っておられますが,私もおおいに賛同するところがあります。(118〜119ページ)
需要があるからつくるというのはメーカーではない。メーカーはパイオニアである以上は,あくまでも需要をつくり出すものである。だから未知にいどんでいるはずだ。未知な製品を大衆に聞いて歩いたって答えが出っこないではないか。(中略)私たちがいままで新製品をどんどん出してきているのは,過去の歴史の上に立ってものを考えてやっている。こういうふうにやったら,今度はこうやればなおいいだろう,ということで,毎日毎日が市場調査である。いろいろなクレームが来るだろうし,それからお客さんから,こんなようなものはというような要求もある。それ自体が市場調査である。(本田宗一郎『俺の考え』より)
わが上司は広告宣伝が専門の「マーケティング大好き人間」。私は,専門といえるほど経験があるわけではありませんが,社内では相対的に経験豊富な部類の開発屋。「トライ&エラー」の効用を,開発屋は身をもって体験しているのに対して,数字しか追いかけていないマーケティング屋さん(とか経理屋さん)は,それを理解できない人が多く,「言葉が通じない」。もちろん,逆にマーケティング屋さんから見れば,「あいつらの根拠のない“カン”や“無謀”はナントカならんのか」ということになるのでしょう。おそらく,わが上司はマーケティングをとことんやって,「必ず売れると確信」しない限り,商品開発に着手しないことでしょう。ということは,ずっと着手できないということだと私は思っています。調査をし,分析をしている間,商品開発の段取りをしている間に状況は変わってしまうので,その都度「またマーケティングをしなきゃ」と思ってしまうハズなのです。新しい機能がどんどん追加されるPCをいつもでたっても買えない人みたいなことになるわけでございます。(^_^;)
本田宗一郎さんは,井深さんのことを思ってか,ビデオはベータしか使わなかったそうです。また,苦しいときに助けてくれた三菱銀行の方と会うときには,普段はしないネクタイを,いつも締めていたそうです。こんな「オジサンの美学」が,私は好きですねえ。私の父も,床屋,酒屋,医者,電気屋,自動車修理など,頑なに変えない人だったことを思い出したりもして…。
本書では,本田宗一郎さんと奥様との意外な「いい話」も出てきますが,それはここでは書かないでおきます。(^_^)
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