『0歳児がことばを獲得するとき』正高信男(070428)

 子供ってどうやって話すようになるのだろうかと,ずっと疑問に思ってきました。長女が生まれたときに「しっかり観察しよう」と思ったものの,長女はだっこしていないと泣きまくっていたこともあって観察どころでなく,長男が生まれたときこそと思ったものの,幼い長女と長男のそれぞれに関わって「観察」どころではなかったのでした。そして数年が空いて,二女のときには「観察」する環境は整い,私のほうも“赤ん坊慣れ”していたはずなんですが,二女のやたら可愛かったしぐさ等々に溺れ,クールに観察することなどできず,ついに私は3度もチャンスがあったにも関わらず,その「言語獲得過程」の一端すら押さえることができなかったのでした。(^_^;) 小学生の頃から「アサガオの観察」とか大嫌いだったからなあ,私は。そういうセンスも根気もないのでございます。所詮…。トホホ。

■『0歳児がことばを獲得するとき』(正高信男/中公新書/本体:660円〉

 

 さて,そんなわけでこの本を発見したときはうれしかった。1993年発行。これ,かなり面白い本なんですけど,あまり騒がれなかったように思います。私の不勉強ということでしょうかねえ???

 著者の正高信男さんは1954年生まれ。この本が出た当時の肩書は,東京大学理学部人類学教室助手。現在は京都大学霊長類研究所教授。

 赤ちゃんがおっぱいを吸い,吸うのを休んでいる間に母親は無意識的に赤ちゃんを揺するのだそうです。そして揺すられている間は,赤ちゃんはおっぱいを吸わず,揺するのをやめると再び吸い出すのだそうです。これについて,

 赤ちゃんの行動もおかあさんの行動も,その生起はかなりのところ機械的に制御されているらしい(中略)双方の行動パターンは,ヒトという動物のなかの一つの種が,種として特異的に遺伝子のなかに保持している形質の一部なのだと考えられる。(16ページ)

 これが赤ちゃんの最初の,母親とのコミュニケーション。なお赤ちゃんは生まれてまもなくの段階で,すでに母親の声を認識できているという記述もあります。その昔,ツマの大きなお腹に内緒話をするときのように両手を添えて「こちらお父さんです。応答せよ。応答せよ」と遊んでいたわたくしの声も,おそらく他の方よりは,赤ん坊にとって近しいものに感じられただろうと推察され,うれしかった。

 それ以外にも,たとえば,具体的な,「イヌ」といった言葉を発する前に,赤ちゃんは,母親との「意味をなさない言葉」=「クー」とかの音のメロディの交換を通じて,やさしくされているとかしかられていることを察知し,自分がそのメロディを真似することによって,周囲のおとなたちとコミュニケーションを図ろうとする,など,実に興味深い話が続きます。なるほどね。海外のアーティストの歌を聴いて,歌詞の意味はわからなくても好きな曲ができるというのもわかる気がしますね。逆に言うと,赤ちゃんに聞かせて気持ちよさそうにしているサウンドをつくったならば,その曲は世界で受け入れられるということでもあるのでしょう。ちょっと話が横道にそれましたが。

 いや〜,面白かった。これは心理学を勉強している息子にとっとと渡します。

 そうそう。この本を読んでよくわかったこと。赤ん坊には,たくさん話しかけることが大事なんですね。特に身近な人が,ね。具体的な言葉を発する前に,赤ちゃんは言語を通じた世界とのつながりを持つ準備をしているんですね。おそらく嗅覚や触覚についても同じようなことがいえるのではないですかね。この本にはそこまでは書いてありませんが。おそらく五感をフル稼働させて,赤ん坊は世界に適応する準備をしているんじゃないですかね。「寝たきり」に見えるけれど,えらいねえ。


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