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『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー(070407)
長女が大学のレポートを書くだかで読んで,随分前からわが家にあった本。難しそうだし,分厚いので敬遠しておりましたが,人事異動もあったことだし,ビジネスマンの常識として(四半世紀も経っていますが),いちおうやっぱり読んでおくかな,と手に取りました。
■『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(マックス・ヴェーバー/大塚久雄・訳/岩波文庫)
“金持ちを目指すことを倫理的に正当化するような本なのでは?”というのが私の先入観。はは。書名は超有名なわけなんですが,その内容については,私はちっとも知らなかったのでした。「マックス・ヴェーバー」ってのも何だか古めかしいしねえ。「ヴェーバー」じゃなくて,「ウェーバー」って言いますしねえ。今は…。
さてさて。この本は,本文とウェーバー自身がつけたやたら細かい注と訳者の大塚久雄先生の「訳者解説」でできています。私は「注」ってのが嫌い(文字も小さいし)で,そこはほとんど飛ばして読みました。が,訳者解説で,それはそれでいいとされていたのでちょっと安心(ただし,もう1回注もよく味わいなさいとも書いてあります)。
最初のほうで,ベンジャミン・フランクリンの(資本主義の中でうまく生きていくための処世術のような)言葉が長々と引用され,これが「資本主義の精神」を最もよく表しているとして,読者の頭に叩き込まれます。そしてそのような「資本主義の精神」はどうやって成立したのかをマックス・ウェーバーさんは語っていきます。これはねえ。面白かった。そこら辺の推理小説よりよほど面白い。
この本の柱は,禁欲主義のプロテスタンティズムが,何で(結果的に)お金儲けを目指す資本主義の基礎を築くことになったのかということ。人間の考え方(広範な意識という意味で社会心理と言ってもいいんですかねえ?)の裏返り方というか変遷の仕方の分析が超スリリング。私はこの本は,経済倫理学とか経済史の本かと思っていたのですが,社会学の本なんですねえ。例によって,そんな分類はどうでもいいことなんですが,社会学的方法を見せてもらったという意味でも面白かった。それと,ヨーロッパの各国比較のようなところ(比較宗教社会学的考察?)は,実感も伴わず,地理的なことも歴史的なこともさっぱりわかりませんでしたが,私はこの部分で,やっぱりヨーロッパ諸国とわれわれでは,市民社会なるものが成り立ってきた「歴史の厚みが全然違うじゃん」と圧倒されました。この「圧倒」については,ウェーバーさんは全然意図していなかったことでしょうが…。いや〜。社会学って本当に面白いですねえ。
そうそう。もう一つ。この本の「訳者解説」もとてもいい読み物になっていると思います。大学の教室で大塚先生の講義を受けているみたいで,いい気持ちでした。もっと書いてほしかったなあと思ったことでした。
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