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『日本がアメリカを赦す日』岸田秀(060930)
『性的唯幻論序説』(2004.5.30)を拝読して以来,2年ぶりの岸田秀先生のご著書(本書は2001年1月発行ですが)。
■『日本がアメリカを赦す日』(岸田秀/毎日新聞社/本体:1,400円)
この本の帯には,
「日本はアメリカの子分」
それをはっきり認めれば,
すべてがはっきり見えてくる!(「すべて」にルビ点あり)
と書いてあります。これはまあ,普通の日本人としては,素直に認めたくないことでありますが,その「素直に認めたくない」というところに,重大な問題があるというのが,精神分析がご専門の岸田先生の本書での,重要な主張。その前に,先生がお考えになっていることの根拠(先生のお考えの根本)を引用します。
昔からわたしは,史的唯幻論で人類の歴史が解ける(史的唯幻論でしか人類の歴史は解けない)と思っているのである。(中略)ごく簡単に言えば,人類の歴史は,本能が壊れて人類が幻想の世界に迷い込んだために始まったのであり,したがって,このことをふまえている史的唯幻論でなければ,人類の歴史が解けるわけがないということである。(「あとがき」より)
…というわけで,この本では,個人に対する精神分析的な考え方や手法を国家や国際関係(この本では日米関係)に適用していろいろなことが述べられています(フロイトにも,こうした論文があると,本書でもちょっと書かれています)。これがなかなか説得力があるのです。非常に面白かった。オススメです。
日本はアメリカの子分。アメリカだけじゃない,世界がそう見ています。アメリカの被占領国,属国です。冷静に客観的に見れば,ずうっと被占領状態にあります。(37ページ)
岸田先生の用語を使えば,上記が,客観的に見た日本の「現実我」であり,一方,「幻想我」というのがあって,これは「われわれは独立した国家で日米はイコール・パートナーである」といった,理想化された自我です。人が理想と現実の自我の間で苦闘するように,国家もまたそうであるというのが本書の大きな柱。幻想我に浸っていたら,現状への不適応を起こすのは当然です。一方,現実我だけで生きていたら,アイデンティティは崩壊します。しょっちゅうグレてはまた現実に戻ってくる私には,実にわかりやすい話です。
国家にしろ個人にしろ,同じことです。(中略)これまで見ていなかった現実を見さえすれば,神経症は基本的に治ります。(78ページ)
もう1つ。アメリカはなぜ正義を振りかざすのか…。
アメリカがつねに正義の立場に立ちたがるというのは,立たざるを得ないコンプレックスがあるからだと思います。僕はそれは,インディアン虐殺からきていると考えています。(中略)インディアン虐殺は正義のためにやむを得なかったんだという理論を堅持しないと,(中略)正義の国でないアメリカはアメリカではないのだから,アメリカは滅びざるを得ないわけです。(中略)自己正当化は,言ってみれば,自己欺瞞ですから,意識的には正当化していても,心のどこかではつねに不安なので,同じ悪事を何度も繰り返して,それが悪ではなく,正義であることを確認しなければならないということになるわけです。(163〜165ページ)
どうです。“ホントだ。アメリカってきっとそうなんど…”と,思ってしまいますねえ。病んでる。。。もっともアメリカだけが病んでいるわけでなく,誰だって,どこの国だってトラウマを抱えて,何とか現実適応して取り繕っているというのが,実際のところでしょう。できるだけトラウマを克服していく努力が必要なんですね。トラウマを直視するには,相当の勇気を持たなくてはならないでしょうが…。
ちょっと引用が多くなり過ぎましたかね。こんな風に歴史を見ることができるというのが大きな収穫。その他,ここで指摘されている歴史的事実を再確認して(アメリカが日本に対して行ったヒドイことなど),何でこういうことを忘れたかのごとく私たちは過ごしていけるのか,(それが現実に適応するための無意識の智恵=メカニズムだとしても)ちょっとゾッとしました。
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