『汚辱の近現代史』藤岡信勝(060819)

 藤岡信勝先生のお名前は『新しい歴史教科書』が話題になった2000年頃から,ず〜っっとお見かけしておりますねえ。どんな方かは存じませんが,頭の堅い,市ヶ谷での三島由起夫のように,もしかして丸坊主でハチマキでもされているのではないかというイメージでした。

■『汚辱の近現代史』(藤岡信勝/徳間書店/定価:1,500円)

 この本は1996年10月発行。10年前の本。それにしても,すごいタイトルであります。藤岡先生の,このハチマキのイメージは,こうした書籍や,雑誌に書かれた文章のタイトルなどから形成されてしまったのかもしれません。

 さてさて,本の中身ですが,これが,思ったような偏った内容ではなくて,たとえば,

 戦争の原因についてみれば,日本だけが悪かったという「東京裁判史観」も,日本は少しも悪くなかったという「大東亜戦争肯定史観」もともに一面的である。(79ページ)

なんて書いてあります。異論・反論ありません。

 藤岡先生は,歴史をもっと「初めに答えありき」でなく学ぶことの必要性を強く訴えておられます。至極まっとうなコトをおっしゃっているのに先入観との違いもあって,驚きました。

 この本の中には「歴史『書き直し』の観点―日本人であることに誇りを持てるような教育を―」という文章(原題=「議論の文化」を育て民主主義社会を目指す教育―『授業づくりネットワーク』66号 1993年4月)も収められています。

 おそらくは小泉さんの跡を継ぐ安倍晋三さんも,「日本人であることに誇りを持てるような」というフレーズを,いろいろなところで使われています。この「誇りを持つ」ために何をするかの具体的内容に大いに注意するべきだろうと思います。しかし,そもそも「日本人であることに誇りを持つ」ってのが,そんなに大事なことなのかが,実は私にはよくわからない。日本人であることを恥ずかしがる必要はないけれども,別に誇りたくもありません。たとえば,「ワタシ,アメリカ人,エライ。アンタ,日本人。ワタシよりエラくない」と誇られてもね〜。「そうよ〜,かあさんも日本人だったのよ〜」とか歌うかなあ? シラフだったらね(笑)。

 ともあれ。何となく形成された印象だけで敬遠しないでよかった。一読の価値はありました。


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