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『国民の道徳』西部邁(060710)
いや〜,読むの大変でした。A5判・674ページ。ハリー・ポッターとか,佐野眞一さんのルポじゃないんだからさと,思わないでもありませんが,西部先生は熱っぽく粘り強く語ってくださっております。これだけの分量を執筆されるエネルギーには恐れ入ります。
■『国民の道徳』(西部邁/発売:扶桑社/定価2,000円)
あまりにも多くのことが語られているので,私の頭の中は容量オーバーで文字を入力した分,前に読んだ分が出ていってしまう感じ。西部先生,すみません。が,筋道を立てて物事を考えようとするスタイルや,伝統を尊重することなく着地点も見極めず,ただ「変革だ」ということの危険性を強く訴えておられるのだなということは,大変参考になりました。
法の重要な要素として「慣習法」というものがあります。人々が生活をする中で,自然に形成されてきた常識―社会的バランスを保つための智慧の集積―と考えてよいと思いますが,それと同じようなもの(慣習法よりもっと深く根強い常識=道徳)が,昔からこの国にはあり,それらからもっと学ぶべきである,最近の常識なんてものはたかだか戦後の60年前から形成されてきたものにすぎないのだぞ,と,こんなことが語られます。なるほど。それはそうだろう…と,思います。
親が子を殺し,子も親を殺す…そんなことが,まるで日常のようにニュースで流れてくる現在,「異常だぜ。何か」という感覚は,現代日本人にほぼ共通しているのではないでしょうか。こうしたことは「道徳」の問題なんでしょうねえ。やはり。道徳=為政者に都合のよい規律,道徳教育=為政者に都合のよい規律を教え込むことなんて,つい思ってしまうのですが,為政者なんてものを持ち出す以前の,「お天道様に恥ずかしくない生き方をする」といった,ニッポンの道徳が,瀕死の状況なんだな〜などと考えさせられたことでした。
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