『自己決定権は幻想である』小松美彦(041104)
 『脳死・臓器移植の本当の話』(PHP新書)以来の,小松美彦先生の本。

■『自己決定権は幻想である』(小松美彦/洋泉社新書/本体740円)

 自己決定権かあ…。小松先生によると,“self-determination”の訳語として当初は戦後の植民地独立運動が盛んだった頃に「民族自決」と訳されていた語が,1970年代後半から80年代初頭ぐらいに「自己決定権」という現在の意味で使われだしたようだとされています(16頁)。また,安楽死との関連で“autonomy”とも言われるのだとか(36頁)。これは私の不勉強のためであるとは思いますが,「自己決定権」という言葉そのものに,「なじみがないなあ」というのが実感です。法律学の世界でもほとんど使われない用語であると思います。そんなところに引っかかりつつも,ここに書いてある内容は興味深く読ませていただきました。

 ちょっと引用。「自己決定権の尊重」という権力が持ち出す一見美しいスローガンの裏には,

「脳死・臓器移植は推進したい。出生前診断も奨励したい。障害をもって生まれてくる人間はできるだけ早い段階でカットして,福祉・医療にかかるコストは削りたい。尊厳死・安楽死をしてくれれば,老人医療費の負担が減るので喜ばしい。ややあざとい言い方に感じられるかもしれませんが,これが福祉国家の隠れた本音でしょう」(29頁)

 ということが透けて見えるとか,人間を関係性の中で捉えようとする小松先生は,

「私たちは,『私』を実体化することができません。私にはあなたの眼差しが不可欠で,あなたなしの『私』など,そもそも最初から存在しないからです。『私探し』をする人たちが,探そうとして果たせないのは,たぶんそのためです」(212頁)

 なんてことをおっしゃいます。この「人間観」には共鳴するところ大であります。その他諸々。我々の「常識」なるものの危うさを随所で指摘してくれています。

 この本では,抽象に溺れないよう,具体的な先生の思い出話や近時の体験談などが随所で披露されており,それがあまりにも身近な出来事であるがために,この本の「権威化」の妨げになっているようにも思われます。が,ま,「権威」なんてものは胡散臭いものであるという先生の基本的スタンスからすれば,それは本望でしょう。私にとっては年齢が近く東京のご出身ということで,思い出話もいくつか状況がわかるところがあったりしたのもよかったです。皆様にも,ご一読をオススメします。


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