『脳死・臓器移植の本当の話』小松美彦(040709)
 この新書,430ページもあるんです。厚さ2センチ。帯の写真を見ると何やらインチキ評論家みたいでナンですが,本の中身をパラパラっと見て,“これは…”と,ピンと来て(まあ,ページ数がすごいのと参考文献をきっちり示してあるところが気に入ったのですが)購入。正解。

■『脳死・臓器移植の本当の話』(小松美彦/PHP新書/本体950円)

 小松美彦先生は,東京海洋大学(東京水産大と東京商船大が2003年に統合)の教授。専攻は科学史・科学論,生命倫理学だそうです。先生は1955年生まれ。私より3歳先輩。
 さてさて。この本の帯には「生・死・人間の尊厳の深淵を問う」とあります。「生老病死」については,文化人類学の山口昌男先生の本や,看護界の小林光恵さん,宮子あずささんの本そして実体験などから,私も(みんなそうですね)ツラツラ考えるところがあるわけですが,科学史や生命倫理学を専門とされている方はどのように生や死を語られるのかと興味深く拝読いたしました。

 10年前に自分がC型肝炎に感染しており,治るかどうか不確実と知らされたとき,不勉強だったもので,「ダメだったら豚の肝臓でもいいから移植して治してほしい」と思ったことがあります。この本を読みながら,肝臓移植手術が不成功に終わって亡くなられたジャンボ鶴田さんのこと(自殺について),逆に成功した河野洋平さんのこと(がんばれ!河野洋平!)など,いろいろ考えました。

 脳死・臓器提供の陰には,当然ですが,脳死と判定されて臓器提供者となる人がいる。しかし,脳死の判定基準そのものの医学的根拠はもはや崩壊していると小松先生は強調され,また脳死と判定され臓器を摘出される際に,脳死とされた患者が痛みを感じている可能性があること,脳死とされた後も腕が動く(ラザロ徴候)だの呼吸様運動があり,こうした人間的動きを見せている人を“死者”として扱うことにわれわれは同意できるのかと再三問題提起をされています。「臓器移植=よいこと」とわれわれはマインド・コントロールをされたような状態になりがちだが,そうではなくそこには問題がたくさんあるのだと,先生は,刑事コロンボのように(学者さんとは思えない,一方で執着の凄さという点については学者さんらしい態度で),「和田移植」「高知赤十字病院移植」の経過を検証した「現場からのレポート」も交えて,熱心に訴えておられます。この本は題材・構成等で相当な工夫が凝らされているなあという印象ですが,このコロンボばりの章についていえば,この章のおかげで,われわれはかなりナマナマしく状況を体感できるようになっています。

 これだけのボリュームがあり,かつ内容の濃い本なので,いつもよりさらにショボクしか紹介できないのが残念です。本文中からコワイ文章をちょっと引用。

「おそらくは地上最後の資源・商品として狙いがつけられたのが,人体という金脈なのだ。倫理的な壁さえ突破できれば,莫大な利潤が見込まれるのである。(略)先端医療が推進される本質は,患者を救うことではあるまい。資本主義の延命にこそあるのだ」(398ページ)

 こんなことを言ってしまって大丈夫ですか? 先生? と思う一方で,こういう人がいらっしゃると思えばこそ,私もまだ生きていける気がするのでありました。それと,この本を読んでちょっと考えたこと。こんな風に世の中を眺めたくはないけれども,つまりは資本主義経済といわれる枠組みの中で,政治は…ということです。富や権力の維持発展のために,巧妙にカモフラージュされて継続的に政治や立法が展開されていく。地方の財政基盤の強化→市町村合併→国民保護法制(こういう言い方もイカンですねえ)の円滑な執行に資する…なんてね。

 この本の書き出しと終わりは『星の王子様』の話。終章では,星の王子様と少年が別れた場面のイラストが入っており,“「いる」と「いない」の決定的断絶”について語られています。「家族は関係ではなく存在であった」という言葉を,また思い出したことでした。 大変な労作かつ名著です。小松先生,お疲れさまでした。どうもありがとうございました。


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