『日本ぶらりぶらり』山下清(040627)
 BOOK-OFFさんで買った本。20歳ぐらいの頃,ノーベル書房の『裸の大将放浪記』全4刊を読んだことがあるのですが,悪くない読後感だった記憶があります。それをまた味わいたくて…。

■『日本ぶらりぶらり』(山下清/ちくま文庫/本体620円)

 

 この夏の九州遠征は通過も含めて九州全県に伺う予定。この本の冒頭は,その九州から始まっておりました。興味津々で読み始め,1日で読み終わってしまいました。

 こんなに暑いときに桜島へわたったのは初めてなので,あつくてならない。車のなかからみているとパンツをはかないで歩いているはだかの子が何人か目についた。あれをみるとうらやましいので,あそこにもいる,ここにもいるというと,先生はあれは子どもだからだというので,いつまではだかでいてもいいものだろう,五つかな,六つかな,十かなときいたら先生はまた笑っていた。(13ページ)

 こんな文章と,上右のような挿画があって,夢のような読書。もともとの本は1958年1月に出されているので,私が生まれる前。この文庫本は1998年4月発行。ありがとうございます。ちくまさん。こういう本は版元のプライドにかけて(電子本でもいいので)是非残していただきたい。

 さてさて。この本の文末には,山下清の年表がついています。

昭和7年(10歳)
 父が死んだ。このころから清の知能が他の子供よりおくれていることが,はっきりした。知能指数は,68ぐらいだったという。このために周囲から侮辱や嘲笑をうけ,劣等感に苦しめられて,反抗的になった。ときどきナイフなどをもちだして軽い傷害事件をおこしたりするので,ますます迫害されるようになった。
昭和9年(12歳)
 〜社会福祉施設である隣保館という母子ホームに移り,そこから近くの小学校に通ったが,寮でも学校でも低能あつかいをうけ,またも刃傷沙汰におよんだりした〜

 こんな清であったのですが,その後,彼はさまざまなところに奉公に行ったり,飛び出したり,また戻ったりを繰り返します。私が子供の頃は,山下清の時代より随分経っていますが,それでも,昭和30年代,私の周りには,知的障害のある青年や子供が,社会の中で普通に暮らしており,彼らに何かあったら母に知らせるということになっておりました(母がその連絡をどう処理したのかはわかりませんが)。そう。18歳ぐらいの知的障害のある人が,よく私たちと野球をしたものでした。思えば,彼の弟はいつも兄と一緒におり,ときには兄弟でいじめられたことがあったようにも思います(兄弟で喧嘩に負けて家に帰るということを想像するだけで,胸が痛い)。とはいえ,彼らのことは,われわれ子供だけでなく,親たちも気にかけていたようです。今と比べると,社会的包容力のようなものが,ずっと大きかったのですね。この山下清の本を読んでも,そんなことを随所で思います。

 素直に山下清のピュアな感性を楽しめばいいはずの読書ですが,このところのニュースが頭にあるもので,妙な読み方になってしまいました。はあ。それでも,

「ぼくは美人も美人でないのもあまりよくわからないので,目方をきくほかはない。30貫の女がいたらどんなに遠くにいても出かけていってみたいものだ。(中略)肥って力のありそうな女はたのもしい気がする」(11ページ)

 こんな文章には,何だか救われる思いがします。癒されます。疲れ気味の人に,オススメです。


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