『野草手紙』ファン・デグォン(040415)
 昨年6月に今住んでいるところに引っ越してから,何やら植物への関心が高まってきました。“いろんな木があるものだなあ”なんて。こんなことに気づかせてくれたこの土地が私はだいぶ気に入っております。そんな私に,Nさんが,またまた面白い本を紹介してくれたのでした。

■『野草手紙』(ファン・デグォン/清水由希子・訳/NHK出版/本体1,700円)

 

 韓国で,無実の国家反逆罪により無期懲役となり,特赦により釈放されるまで13年間を獄中で過ごした著者が妹に送った絵手紙をまとめたもの。無期懲役(その前後であらゆる拷問を受けたらしい)という絶望的状況の中で,著者のファン・デグォンさんは野草の生の営みに感嘆し(生きる力を再び得て),そのスケッチを添えて,妹に手紙を送ります。この人が投獄されたのが1985年(この本に収録された手紙の最初は1992年5月のもの)。1985年といえば,私が,家族ゲームとしか思えない不確かな結婚生活なるものにもだんだん慣れ,生まれたばかりの赤ん坊(長女)に戸惑いつつ,オヤジとして歩み始めた頃。思えばあの頃からの10年ぐらいは私ら夫婦も若く,お金は今よりもっとなかったけれど楽しかった。乳母車を押しながら東京ディズニーランドに行ってたりしたわけでございます。そんな頃,韓国の刑務所でファン・デグォンさんは絶望的な時を過ごしていらしたんですね。

 どん底のときに,ファン・デグォンさんはふと野草の存在に気づく。

「草たちは,人間社会がこの世のすべてと思い込んでいたわたしに,人間社会よりもずっと複雑で神秘に満ちた生命の世界を見せてくれたのだ。草のみならず,独房で出会った小さな生物たちも,わたしの目を開かせてくれた。ああ,人間など,広大無辺な生命の世界に参加している,無数の生物のうちの一種にすぎないのだ!」(14ページ)

 柳ジョージさんの「人はみんなプリズナー(prisoner=囚人)」というあのグシャグシャな歌声や,カフカの『審判』とか,ヤスパースの「限界状況」なんて言葉を思い出す。『異邦人』のカミュは『ペスト』で人間の最後の拠り所を「連帯」に見いだしたと私は理解しておりますが,仏教徒とか多くのアジア人は,この《ああ,人間など,広大無辺な生命の世界に参加している,無数の生物のうちの一種にすぎない》というところに,何やら救いを見いだしているように,私には見えます。いずれにしろ,“単独の生”というものはわれわれには耐えられないのでしょう。

 妹への手紙といえば,私たちにお馴染みなのは,さくらに宛てた寅さんの手紙。このシチュエーションも親しみやすい。しかし,妹にいろいろな発見や考えたことを伝えるこの兄の言葉は,「この独房から出ることがないかもしれない」だけに切実なものがあります。官憲の検閲にひっかからないような文面で,妹に伝えておきたいことを書いておられる。それが幸いしてか,抑制の効いたいい文章がそこここにあります。

 上に載せたように,美しい本です。カバーの紙質も,この本にふさわしいものだと思います。本文中に入っているスケッチもきれいです(どういう道具で書かれたんでしょうか? 本文中に書いてあったのかもしれませんが…)。いつ出された手紙なのか,1通ごとに,右上の切手のイラストの上にスタンプが押してあり,日付がわかります(凝ってますね〜)。私が入院・自宅療養してた頃ともダブり,あの頃の“これから俺はどうなるんだろう”という思いと,“でも,まあ,どうなろうと家族や友人たちと行けるトコまで人生を楽しんでやるべさ”という気持ちを思い出したりもしたのでした。オススメです。この本を読んでいる途中から私も野草に興味が湧き,やたらと道の端に咲いている名もなき草花が気になり出しました。今までよりも世界を見る目が広がった気分でございます。


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