『コンピュータ新人類の研究』野田正彰(040103)
 ずっと“ツン読状態”になっていた本。2003年最後の課題図書のつもりで2003年内に読み終えたいと思っていたのに,仕事の後は疲れて読めず,仕事納めが終わった後は酔っていて読めなかった本。

■『コンピュータ新人類の研究』(野田正彰/文春文庫/本体524円)

 

 野田先生の本を読んだのは,『喪の途上にて』(2003.2.11)以来。約1年ぶり。でも,この本は単行本が1987年刊行(文庫本が1994年)で,『喪の途上にて』(1992年)より前の著作。コンピュータプログラマーを中心としてコンピュータに関わっている人たちへの聞き取り調査がまとめられています。コンピュータは個人や社会をどう変えていくのか,ひたすらそれを探った本。読者は野田先生と一緒に,個人への聞き取りの結果や社会の諸相を見て,“これからどうなるんだろうなあ〜”という朧気な展望を目を凝らして探るという本。いま読んでも新鮮です。オススメです。

 私たちはこの本が出版された17年前と同じように,まだこのコンピュータなるものとの確とした関係性をつかめずにおり(道具としてこう使うのだというものを持てずにおり),さらにコンピュータ・ネットワークについても,同様の戸惑いを持ったままなのでしょう。そして今,この本を読んでみて思うのは,おそらくそれはもうずっと持てないものなのだろうということ。コンピュータそのものの能力は飛躍的に高まり続け,ネットワークも研究者が追いかけられるスピードを遙かに超えて増殖し続けています。この現実は,世の諸科学がそうであるように,断片を切り取って,研究者それぞれの立場から部分的にしか語れないものになったのではないでしょうか。

 本当にこの間の変化のスピードは凄かった。喫茶店で100円玉を積み上げてブロック崩しやインベーダーゲームをしたのは24,5年前。今では遙かに凝った美しいゲームが家庭のゲーム機でできてしまいます。私が最初に買ったPCは,ハードディスクが20MB。メモリは2MB。で,パソコン通信をしてました。今はハードディスクが20GB,メモリは256MB,CATVでインターネット…。昔はモノクロのスキャナが20万円ぐらいしたのに,今では2万円もあればカラーのそれなりのスキャナが買え,プリンターも同様です。結婚した20年ぐらい前,電話はプッシュフォンが最先端だったのに,今では携帯電話で動画を送りテレビも見られます。デジカメが爆発的に売れたのもつい最近。でも近頃は300万画素などと謳った携帯電話が出て,そういえば,カメラと携帯電話を別々に持って歩くのはイヤだな,なんてことも考えています。こんなことを言い出したらキリがない。超インフラというか超資本というか…。

 明治維新の後,なかなかちょんまげを切らなかった人がいるように,今でもこのコンピュータ化の流れとうまく付き合えない人がいます。私もいずれそうなるのでしょう(すでにイラク派兵が正しいなんてとても思えないのは時代遅れ???)が,ともかく,コンピュータの出始めに20代だったのはラッキーでした。個人としてはそれなりに,この波には,少なくとも飲み込まれることなくタプタプ漂う程度のスキルは身につけられました。それはまあ,当面はいいとして…。

 こんなふうに考えると,「コンピュータ新人類」を捉えることも必要かもしれませんが,産業革命時とか明治維新後とか戦後占領下の日本とか,変化の激しい時代に多様な世代の人々が(特に「時代の波に乗りそこねた人々」が)どう対応してきたのかという研究も読みたくなります。それらと今が決定的に違うのは,我々の足元や頭の上で,だれもコントロールできないようなスピードで社会生活に重大な影響を与えるであろう変化が絶えず起こっているということで,まさに「変化の激しい時代」なのでしょうが,このような現実を「常態」と捉えるような「新人類」よりも,「どんどん取り残されていく旧人類の研究」が絶対必要なように思うのです。野田先生にぜひそういうご研究をしていただきたいですが,ちょっと先生の研究の方法論と合いませんね…。残念だなあ…。


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