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『日本語大博物館』紀田順一郎(031027)
これは1年ぐらい前からの課題図書。G先生からお借りしていたもの。やっと読みました。約310ページ。カラーの図版がテンコ盛り。マトモなときに気合いを入れて読もうと思っていたのですが,そのマトモな時は遂に訪れず,飲み過ぎ後の疲労でノビているときに一気に読了。
■『日本語大博物館』(紀田順一郎/ジャストシステム/本体4,660円)
紀田順一郎さんの本を読んだのは今回が初めて。いや〜。素晴らしい。これは名著でございます。紀田さんが凄いのはもちろんですが,これだけの図版を集めたり撮影したり,文献に当たったりという作業を,おそらく多くの方が担当されたことでしょう。皆さん,ご苦労さまです。ありがとうございます。巻末に主要参考文献,取材・撮影協力が載っており,さらに索引まで付いています。こういう本文以外の“おまけ”にも制作された皆さんの心意気が感じられます。「あとがき」によると,ジャストシステム出版編集部の担当は,中尾勝・遠山秀貴・角田大志の各氏。写真は宇田和義さん,造本装丁は中垣信夫・松田洋一・有山達也(中垣デザイン事務所)さん。まいったな〜。こういう仕事をする人がいると思うと何だか勇気が出てきますよね。
この本の内容を目次などからざっと引っぱります。どの話も大感動。
第1章:幕末活字顛末記=思えば活字以前は,“本の素”は版木とか書写なんですね。識字率の問題もあり,活字文化はなかなか生まれない。でも,活字と印刷機を使って活字文化を生もうとしていた人たちがいたんですね。
第2章:活字との密約=明治初期の識字率は男性で40〜50%,女性で15%程度だったそうですが,教育の普及に伴って活字の出版物が増え,映画もテレビもない時代の最有力メディアとして,明治20〜30年代に雑誌の時代が花開いたそうです。ここで登場するのが宮武骸骨。活字=出版に魅せられたジャーナリスト。絵も描いた(下は関東大震災後「尋ね人」のお札をペタペタ貼られた上野の西郷さん。27ページ)。その他,江戸川乱歩,『大菩薩峠』で有名な中里介山も登場。
第3章:昭和活字文化の70年=雑誌文化が花開いたと言っても,明治大正の頃には小説などはまだまだ高価で庶民はなかなか買えなかったそうです。そこで昭和初期に登場したのが「円本」という1冊1円の本。廉価本。同じ頃岩波文庫発刊。この岩波文庫発刊に際して岩波茂雄さんが書かれた文章(『読書のすすめ』)の背景がよくわかります。活字文化が本格的に浸透・拡大。戦争をはさんで,戦後復興。テレビ登場。活字文化の黄金時代は案外短かったんですね。テレビの普及に伴って,活字メディアの地位は低下。
第4章:ことばの海に漂う=『大漢和辞典』の編纂に生涯を費やした諸橋轍次と,『大言海』を完成させた大槻文彦の話。
第5章〜9章:カナ文字運動の理想と現実,ローマ字国字論の目ざしたもの,人工文字に賭けた人々,漢字廃止論VS.漢字万歳論,横に書いた日本語の歴史=活字で困るのは文字の多さ。欧文タイプみたいにテキパキと文書を作成したい。そんなことを特に欧米と接する機会の多かった知識層の人たちは考えていたそうで,あるいは,眼医者さんが日本人に近視が多いのは細かい字を見るからだといったことで,大マジメに,日本語の表記をカタカナに統一しようとか,ローマ字にしよう,いや新しい文字を作ってしまおうなんて話をしてきているそうです。なるほど。そうかも…と思わないでもありません。また,たとえば役所などでは文書を横書きにするにもエネルギーが必要だったそうです(そういえば文書のサイズをB5からA4に変えようなんてときも大変でしたね)。
第10章:ガリ版文化の80年=ここで話は明治に戻って,懐かしい,手書き印刷の王様ガリ版の話。ガリ版の天才・草間京平登場。
第11章:五万字を作った人=大正〜昭和の頃。写真植字機を作り,写植の文字を作った石井茂吉登場。
第12章:邦文タイプライター開発夜話=大正時代に邦文のタイプを作ることに挑戦した杉本京太の話。邦文タイプライターの普及に伴って,邦文タイピストは女性の花形職業となったそうです。こういうのを雇用創出というのでは? なんて余計なことを思ったりして。下の写真は昭和初期の邦文タイピスト(253ページ)。
第13章:ワープロ第1号機の誕生まで =東芝の森健一氏の話。1978年,日本最初のワープロ発売。JW-10。630万円。マジ?
第14章:1億人のデータベース/電話帳の過去・現在・未来=この本の発行は,1994年1月。電話帳の将来について,紀田氏は「ニューメディア化は絶対の必要条件といえよう」という言葉でこの章を締めくくっています。1994年1月といえば,私が入院する直前。インターネットなどはまだなくて,1200bps,2400bpsを経て14400か28800でパソコン通信をブリブリやっていた頃。我が社ではコンピュータ拒否群が「常識派」として幅をきかせておりました。その「常識派」が,今はコンピュータ・スキルの低さをうまくごまかしつつ「主流派」になっているところが我が社の悲劇。紀田氏は1935年生まれ。この本が出た当時59歳。どういうニューメディアが念頭にあったのか不明ですが,当時,データーベースとニューメディアを結びつけて考えることのできた59歳の方って凄いですよね。こういう人がエライさんでいれば,私の会社の姿も今とは劇的に違った気がします。ふうぅ〜。
さて,この本は上のような内容の本です。日本語に関する,活字,出版文化,辞典編纂,カナ・ローマ字・漢字,ガリ版,写植,タイプライター,ワープロなど,さまざまな世界でのプロジェクトX,狂気ともいえる情熱でコトに取り組んだ人たちの物語。しつこいですが,ホントにこれは名著です。断然オススメです。
ただ,ちょっと価格が高いのが,ね。PDFにして安く庶民に提供してくれませんかね?>ジャストシステムさん。岩波茂雄さんみたいに…。
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