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『かんトモ!』小林光恵(030417)
小林光恵さんの最新刊。キョーレツなピンクのカバー&書名でございます。左上に「看友」の文字アリ。
■『かんトモ!』(小林光恵/作品社/本体1,300円)
気づき,持ちつ持たれつ,お互い様…といったことをやんわりと考えさせてくれる本。本の帯には“最新「看護」エッセイ”“もう,「看護」なしでは生きられない。”と書いてありますが,看護師や医療関係者だけでなく,もっと広い範囲の方々に読んでいただきたい。
いつからか私たちは世界の中心は個々人で,ちょっとした悩み事や困り事,病気も死も「個人の問題」として扱うのを基本とするようになってしまいましたが,「そうじゃないんじゃないの,本来は」と,改めて思ったことでした。法律的な思考・気分(約束を守るとか,争いがあった場合にどちらを保護するべきかについての考え方など)のことをリーガル・マインドと言いますが,それと同じようにというか,それよりももっと広く深い基本的なところで「“看護マインド”ってあるよねえ〜」と,小林さんが考えていらっしゃることがソコハカとなく感じられます。例によって小林さんはそんなことを露骨に語ったりはされないですが,お陰で,気楽にさらっと読み進めていけます。
上のイラストに入っている言葉は,「並んで歩く夫婦」「点線内あたりに夫婦の空気がただよう」。
社会にこんな空気がやんわりと漂っていれば,つまりは“気づき”とか“持ちつ持たれつ”とか“お互い様”といった他者に思いを馳せることが精神的基礎としてある社会であれば,私たちはもっと(精神的に)豊かで安心して過ごせるだろうにね〜と思ったことでした。こんなことを考えさせてくれる,小林さんご自身の体験などが満載。
“気づき”というのは,看護師さんは患者さんを観察するわけですが,顔色や言動などから患者さんの容態や精神状態などを把握すること。看護教育ではこれについて相当厳しく仕込まれるそうです。われわれの日常の経験でいえば,母親が「あなた何か顔色悪いわよ」とか「元気ないわね。学校で何かあったの」と言う,あれですね。
私は,かつて原始共同体としてのわれわれの社会には,そういうオトナの余裕というか思いやりがあったんじゃない? 子どもは共同体の貴重な財産であり,たとえば障害のある方も貴重な“戦力”だったり山口昌男先生がおっしゃるところの“トリックスター”として,普通に集団内に包含されていたんじゃない? もちろん子どもや特に障害のない方だってお互いに協力して集団を維持していく上で,お互いの体調や精神状態には気を遣っていたと思われるし,であるがゆえに,悩み事や困り事,病気も死も「個人的問題」ではなく「社会的な問題」だったんじゃない? なんてことまで考えてしまいました。
さてさて。この本には小林さんご自身が描かれた挿画がいっぱい入っています。これがまた,非常によいのでございます。本文の記述と微妙にズラしてあるところもオツな感じ。オススメです。
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