愛されたいって思ってる?(070224)

「私は育ちがいい」とずっと思っています。金持ちではもちろんないので,いわゆるセレブとかそんなのではありませんが,「誰かに大事にされたり可愛がってもらった記憶」が山ほどあります。こんなことを書くと涙が一杯出てくるけど,今日はね,思いついたから一気に書いておくことにします。二日酔いで精神のバランスがちとおかしいけれど…。

 私の家は,住んでいた建物で言えば「核家族」ですが,隣に大工の父の兄がおり(父の兄弟の実家),私から見て伯父と伯母,いとこ家族が住んでがいました。我が家は超零細の鉄工所で,そこに父の弟の叔父が働きに来ており,隣の大工の伯父の家には,父の弟達,建設会社のサラリーマン,建築士,大工の叔父さんがいました。父は11人兄弟。父のすぐ上の兄から下の男兄弟は,私が生まれた頃は,みんな我が家のそばにいてくれてたんですね。で,その父の兄弟・伯母・いとこがみ〜んな生まれたときから,私のことを見ていてくれました。

 私が生まれたのは1958年。高度成長期で,建築関係は超多忙。私も3つ年下の弟も,小さいからやんちゃで仕事の邪魔になるので,土管に入れられたり犬のように電柱に縄でつながれたり。そんな,今から見れば「児童虐待」の最低レベルに見えるようなこともされましたが,私も弟もそれは「とてもいい思い出」。今は60歳を過ぎた,当時,今の私よりずっと若かった20代前半の叔父貴たちが,おそらく,うまくチャカしてくれたのでしょう。私も弟も「緊縛された」とか「自由を奪われた」とか,そんなことはちっとも,まったくトラウマになるどころでなく,逆にそんな時代のことが「心の支え」になっています。子供にそんなことを,親はしたくないに決まってる。でも,そうせざるを得ず,私の父と母,伯父貴達も,その時代を懸命に生きていたんだね。東京タワーができた頃。環状7号線や新青梅街道をつくっていた頃。父上様,母上様。本当にありがとう。おじちゃん,おばちゃん,ありがとう。あの頃我が家や伯父貴の家に来ていた職人の皆様。ありがとう。僕と弟は本当に幸せな子供だったわ。

 子供は子供なりに悩みがあるにせよ,生まれたときからずっとそうですが,父母だけでなく父の兄弟,職人の皆さんは,いつでも僕と弟を無条件に信頼してくれていると確信的に思っていました。で,今,年を取った(酒を飲みすぎの)叔父さんたちが,奥さん,子供たち,孫から細かいことをいろいろ言われているのを聞くと,「んな,小せえことはどうでもいいじゃんかよ」と思います。君たちのお父さん,ダンナが若かった頃は本当に格好良かったし,今でも私と弟のヒーローなんだぜって強調したい。私たち兄弟は,おじちゃんたちのでっかい手や声に,どれだけハゲまされたかわからない。「お前,すげーな」と,運動会で活躍したときなど,みんな誉めてくれたんですよね(勉強の成績についてウダウダいわないのが我が一族の美徳!)。オジサン達が,私が頑張った結果を聞いたら,きっと誉めてくれると思って奮闘したことも少なくない。もちろんね,父母が喜んでくれることが第一だったんですけどね。ダメなことには目をつぶる,よかったときに一緒に大袈裟に喜ぶってのが我が一族の文化・智恵でございます。

 母の実家に行っても,私と弟は可愛がってもらって,いい思い出ばかり。蒲団にもぐって叔父貴(当時は高校生?/就職した頃?)と潜水艦の隊員になって,多分アメリカの戦艦に魚雷を撃ち込んだり。「右30度,撃て〜」なんてね。Sちゃん,こんな話を一生のうち,何度もしたかった。あんたがあんまり早く死んじまったからよ,俺も,おふくろもみんな,あんたのことを思い出すたびにベソかいちまうぜ。

 前置きが長くなってしまいましたが,そんな私が,約50年生きてきて思うこと。

 小さいときや未熟な人は「愛されたい」なんて願うけど,でもそれなりに歳を取るとわかる。人が本当に辛いのは,おそらく愛する対象がないこと。私はほれっぽいこともあって愛する人や物事多数。なかでもその根っこは下の4人(ボケボケのひどい写真ですが)。この人たちに私がどう思われているかは知りませんが,私はこの人たちを心の底から愛しております。この人たちに愛されたいなんてことは,実は私にとっては愛することに比べれば,ごくごく小さなことで,あまり重要ではないのでございました。

 デカルトのマネッコですが,「我愛す。故に我あり」というところ。はは。まあ,つまりは自分以外の誰かとの関係性なくして自分なんていないってことなんですが,私は幸いその自分以外の人に,熱烈な片思いをできているのでございました。こんな濃い〜い思いをベースとして,おそらく私の周囲の皆様も,父母を初めとして(そう,父母に愛されていないなんてことを,私は生まれてから思ったことがない),私に接してくれた(くれている)のでしょう。

 子供の頃はともかく,おとなになってからは,愛されない,なんてことは大したことじゃない。愛されなくても生きていける。でもね,自分も含めて,愛する対象がないと生きていけないんだよね。おとなでも。命短し,恋せよ…ってことでございます。生意気ですが,これが「生きていく柱」なんだとわたくしは思っています。そしてこの柱は,少なくとも「与えられたもの」ではなく,まさに私自身が望んだことの結果であり,父母以前からの一族の長い歴史の1コマなのでございました。

 こんなささやかな人間関係は,同時代的世界の中でも,もちろん世界史的にも日本史的にも地域史的にも,残されることのない,どうってことのない事柄ではあります。でもね。個人にとってはこんなことが重大なのであって,その総和が「国益」なんだぜと安倍シンゾーさんには言っておきたい。全然,聞こえないだろうけど…。(^_^;)


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