●小泉首相の靖国神社参拝について(2001.8.14)
小泉首相の靖国神社参拝がどうなるか注目されておりましたが,何とチョロっと8月13日に参拝されました。「公的とか私的とか私はこだわりません」とおっしゃり(頭痛くなります),したがって公式非公式の区別もなく,この方は「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳をされたそうです。「玉串料ではなく献花」ということで,ポケットマネーを出された献花にも「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記されておりました。ご本人の頭の中でこの問題は整理されているにせよ,外形的にはこれは公式参拝をしてしまったと言えます。ご本人はさておき,わかっちゃいたけど周囲にもマトモな人がいないんですね。唯一,事前に「姑息なことをするな」と釘をさしていた田中眞紀子外相は,これまた頭痛のするようなひどい応援演説をして,その報いでダンマリしているしかなくなってしまっておりました。
この参拝については個人として熟慮するまでもなかったし,そもそも個人に熟慮させたことすらおかしい。これは明らかに「個人の信仰の問題」ではありません。ここを混同したまま(あるいはわざとアヤフヤにしたまま)「内閣総理大臣」として靖国に行かれたのは,本当にヒドイ所業でした。個人としての参拝については,周りがどうこういうものではありませんし,個人の心情としては私も同じように思わないでもないです(東条さんについてすら,人に言えないご苦労があったはず…と思うのです。罪なきものは石を持て,とも言いたいです)が,「総理大臣として参拝」ということになると,これは国として国の機関として行ったということです。これは個人の参拝とまったく次元の異なる話です。「総理」として自分のしたことの「重み」を小泉さん自身がちっとも理解していないところが救いがたい。今回の熟慮に熟慮を重ねられた選択は最低の選択でございました。公私の区別を気にしないで「内閣総理大臣」なんて書いていいわけないです。当然「総理としては」行かないよなと思っていただけに,今回は実にガッカリしました。
憲法上アヤシイことをトップがすすんで行なったこともイカンです。自衛隊みたいに根拠をアヤフヤにしておいて既成事実を積み重ねるという,これまでと同じやり方です。やっぱアンタもこういうことするのね,と思ってしまいました。某国際政治の専門家は「公約を曲げたことによって,日本は外国から『圧力をかければ無限に譲歩する国』と思われることになろう」というようなことをコメントされております。私,この方好きなんですが,おっしゃることはさすがに一理ありますが,今回はその前に「それ以前に問題があるだろう。他国の評価についてはそれを指摘した上で言ってよ」と思います(専門外のことに立ち入らないのは学者の良識ってこともわかるのですが)。外交上大きな問題にならなければいいわけじゃあない。内閣総理大臣の行為が,公私の区別なく行われていいわけないじゃんという,中学生レベルのことを社会的に信頼のあるどなたかに指摘してほしかったです。少なくとも私の読んだ新聞,見たテレビではこの点を大きな問題として取り上げた人はいませんでした。ここらあたりに日本の法や常識なんて,公法ですらカアちゃんの顔色・上司の顔色以下ってのがよく現れているのではないでしょうか。であるがゆえに,国際社会で信頼をえられないのだ,と私は思います。国としての行動の根っこが情緒的でアイマイ。こんな国,信頼できませんよね。
完全な人間なんていませんので,ミスがあるのはある程度仕方のないことです。今回の一点をもってヒステリックに,「だから小泉なんかダメ」なんてことを言うつもりはありません。しかし,全面的に支持するのは危険だな,と改めて思います。「次回はちゃんとしてね,小泉さん。それと,今後他のところで頑張っていいことたくさんしてね」と願います。 |