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●事前の説明
肝生検というのは,お腹から針を刺し,直接肝臓の細胞を引っかいて取ってくるという検査です。検査自体の時間は30分ぐらいでしょうか,大したことはないのですが,たとえば,引っかくのが深すぎると肝臓に重大な損傷を与えることなどから,事前に家族への説明をし,同意を得るという手続きがありました。1994年3月11日でした。
私は5歳のときに全身火傷をして,瀕死の状況から3か月入院して生き返っております(実はこのときの輸血でC型肝炎ウイルスをもらってしまったようなのですが…)。ですので両親には再び心配をかけないよう,努めて重大な事態ではないと言ってきたのですが,ここで早くもそうも行かないこととなってしまいました。当然,今回の病気の件について説明があり,今回の検査も含め,今後の経過についても決して楽観できないことなど,親の耳に入ってしまいました。特に母には,私の火傷につき幼いときのことで責任を感じている様子ですので,聞いてほしくなかったです。35歳を過ぎて,また両親に心配をかけている自分が情けなかったです。
●肝生検
1994年3月14日。肝生検がエコーの器具(?)で映像を見ながら行われました。患者は上を向いたままで,お腹のほうでゴソゴソやっている感じです。普通なら1回で終わるのですが,私の場合,1回目は野球で言うチップみたいな状態で,表面をかすった程度だった模様で,慌てて2回目を行いました。そのとき,針が骨をかすったのでしょうか,その後肋骨近辺の痛みが1週間ぐらい収まりませんでした。ただ肝臓自体が痛むということはありませんでした。同室で同病のSさんから後で聞いた話では「1回でチョロっと終わり楽勝だった」ということですので,私のようなケースはほとんどないものと思われます。
肝生検の後,患者は丸1日動けません。上を向いたまま1日じっとしていなくてはならないのです。これは事前の説明で聞かされており,承知していました。動けないということの苦痛ですが,これについては多少動かないとこらえられないので,痛い部分があれば少し身体をずらすといった感じで1日凌ぎました。いま思えば,肋骨近辺の痛みが気になっていたのも気が紛れてよかったのかもしれません。食事は看護婦さんに食べさせてもらいました。これは,「はい,アーンして…」という,例の幸せなやつです。(^_^) 問題は排泄でした。小水はし瓶,これは上を向きながらします。何とかクリアできました。大便が心配でしたが,幸いもよおすことはありませんでした。
●肝生検後
3月14日の肝生検の後は,再び何もない日が2週間続きました。お見舞いに来てくれる人も,入院当初からあらかたこの時期(入院後3週間ぐらい)に来てくれましたので,妙に元気な病人という印象を持たれたことと思います。笑うと肋骨が痛むのがせめて病人らしいところだったでしょうか。ただこの痛みはときにはなかなかのもので,常時湿布はもちろんのこと,痛み止めの座薬をもらうこともありました。この予想外の怪我(?)のためか,日程がまた少しずつ後ろにずれていきました。
その他は,相変わらずで,食事制限もなく喫煙もOK(これは病気発覚以後ずっとそうでした),外泊(家に帰る)も許可されておりました。この頃,経済的にも,保険で入院費が出ること,また,この病気は難病のため東京都から医療費の助成があることなどを知り,当面家族も困らないであろうという安心感もあって,精神的には気楽でした。
インターフェロンは当時1回の注射で約3万円もする高価な薬と言われていましたが,1994年時点で,東京都では1回目の治療〈私の場合,インターフェロン代と諸検査〉に限り全額補助してくれるという制度があり(現状については,存じません。すみません),大変助かりました。加入していた保険の入院給付も会社に出勤しているのと遜色ない金額でした。もちろんボーナスはありませんが…。
資料1:医療費助成に関する書類
手紙1:会社の人への手紙
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