(8)COTE D'AZUR (コートダジュール地方)
1.マントン( Menton ) 周辺
ハ.ロワイヤ渓谷( Haute vallée de la
Roya )
(1)ラ・ブリーグ(La Brigue )(1995/8/21-23)
(左下の写真は、La
Brigueのサン・マルタン教会の絵葉書です。説明によりますと、「美しい、中世末期の参事会教会で、側面の入り口には1245年の年号が記されています。ロンバルディア・ゴシック様式の鐘楼は15世紀末のものです。教会の内部は金色と青色で占められています。いくつもの祭壇には、初期プロヴァンス様式の貴重な絵で飾られています。ブレアの生誕、聖エルムの殉教など。有名なパヴィアのランジアルディのオルガン(1849年製)は、1987年に修復されました。」ということです。)
ラ・ブリーグ(La Brigue ) は、サオルジュ(Saorge) から更にロワイヤ渓谷を遡り、その支流に入ったところにある、目前に山の迫る風光明媚な小村です。人口千人にも満たない小さな村ですが、15世紀から18世紀にかけての建物で出来た見所の多い村です。中心の建物は、サン・マルタン教会( Collègiale St-Martin )です。この教会も初期ニース派の絵画の宝庫になっています。
この村には、ニースから直行の鉄道の便があることを最近インターネットで知りました。上記のソスペル、サオルジュを経由して、タンドからイタリア領に入り、キュネオ( Cuneo )を経てトリノに至る実に魅力的な鉄道です。ミシュラン・ガイドは基本的に自動車による旅行者向けに書かれていますので、どう探してもこの鉄道のことは触れられていません。平日5本、休日6本の列車がここを走っているようです。鉄道旅行ファンの方は、こちらの英語版のウェッブサイトを参照されては如何。
http://www.beyond.fr/sites/cuneo.htm
又、村の美しい風景が見られるサイトはこちらです。: http://www.beyond.fr/villphotos/brigueP01.html
(左下の写真:ホテル” Le Mirval “ の絵葉書。素晴らしい環境にあるホテルです。左奥が村の中心でサン・マルタン教会の鐘楼が見えています。右下の写真はホテルの前のテラス、アプローチに使われているローマ風の石橋が美しい。)

この村にある、“Le Mirval” という名前のホテルは、渓流を、石橋を渡って辿り着くような場所にあり、山々の緑に囲まれた素晴らしいロケーションにあります。イタリア風のメニューを出してくれる付属のレストランも良く、そして勘定が優しいときて、迷わず連泊してしまいました。1999年のミシュラン赤ガイドでも健在です。レファレンスをこちらに付けておきます。(下のリンク)
尚、”beyond”という英語版ウェッブによると、ラ・ブリーグには”Chez Carla”というレストランがあって、それが大変に素晴らしく、1890年から続いている郷土料理レストランということです。フランス系のガイドには全く見当たらないのですが、要チェックだと思います。
(2)ノートルダム・デ・フォンテーヌ(Notre-Dame-des-Fontaines) 礼拝堂 (1995/8/21-22)

(左の写真:ノートルダム・デ・フォンテーヌ教会の佇まい。非常にシンプルな概観からは、内部の絢爛豪華な装飾が想像も付きません。右の写真:カナヴェジオ作の「最後の審判」の大天使ミカエル=
St. Michel。 )
ラ・ブリーグ(La Brigue )を訪問した最大の理由は、ノートルダム・デ・フォンテーヌ(Notre-Dame-des-Fontaines) 礼拝堂のフレスコ画を見ることにありました。ノートルダム・デ・フォンテーヌ(Notre-Dame-des-Fontaines) 礼拝堂は、ラ・ブリーグ(La Brigue)の東4キロ、つまり更にイタリア寄りに位置する、正に地の果てにあるような礼拝堂です。ここから東はイタリアとの国境を形成する2千メートルクラスの山々が立ち並んでいます。14世紀後半の創建というこの礼拝堂は、創建当時は必ずしも秘境を求めて建てられたというわけではなく、山越えの街道筋に当たり、それなりの巡礼者が訪れる賑わいがあったといいますから、今日の佇まいからは想像が出来ません。現在は周囲に人家らしいものは一軒だけ、川の流れと木立に囲まれてひっそりと建っています。名前から想像が付くように、この地に礼拝堂が建てられた起源は、聖母マリアの奇跡の信仰、それも泉の恩恵に結び付く奇跡があったという伝承に基づくそうです。この礼拝堂は、南仏で最大といっても良い、中世のフレスコ画が内壁一面に描かれているので有名です。

イタリアの画家、カナヴェジオとバレイゾンによる15世紀後半のフレスコ画です。正面入口裏側の「最後の審判」と両側の側面全体を覆う「キリストの受難」がカナヴェジオの作品、内陣にある「聖母昇天」がバレイゾンの作品です。色彩がとても豊かなので、新鮮な印象を感じました。
(左の写真:入り口を入って正面向かって右側二番目の場面、上部が「最後の晩餐=La Cène 」、下部が「キリストの鞭打ち=La flagellation 」)
私たちにとって最も印象的だったのは、この「キリストの受難」の中に組み込まれている、「ユダの最後」、即ち、ユダの首吊り自殺の光景でした(右の写真)。ユダの凄い形相と、はらわたが飛び出し、悪魔がはらわたから魂を引き抜いているシーンが印象的でした。但し、全体にこの作者の絵は、カリカチュアなところがあるので、怖いというよりも、滑稽な感じがなくもありませんでした。この「キリストの受難」は、全部で25の場面から成り立っていますが、ほぼ福音書の言い伝えに従っていると思います。ところが、「ユダの最後」という場面は福音書にはないわけですが、これを左側の壁の中央に配置したのは、この礼拝堂の教育的意味を感じさせます。このことは、入り口の裏側の「最後の晩餐」の役割にも共通するものです。
このような美術の宝庫ともいえる礼拝堂がこんな山奥にあって、日中訪れる人も殆どいない中、思う存分にフレスコ画を鑑賞していると、聖書の物語を、全霊を込めて表現した15世紀の芸術家と、その作品に見入った当時の人々の気持ちに、自分が吸い込まれていくようです。
http://www.culture.fr/culture/medieval/francais/c-gale.htm
(この礼拝堂のフレスコ画を紹介したサイトがありました。カナヴェジオの「最後の審判」とバレイゾンの「聖母昇天」を詳しく見ることが出来ます。「キリストの生涯」の部分は紹介していません。今後の発展に期待しましょう。)
(3)タンド(Tende)(1995/8/24)

タンドは、ラ・ブリーグに向かう道を分けた地点から、更にロワイヤ渓谷を遡上した位置にあります。タンド峠( Col de Tende ) にはあと10キロほどで、トンネルを越えるとイタリア領になります。タンドで標高は816メートルありますから、充分避暑地になります。岩山の迫る景勝地でもあります。左の写真の中央には、16世紀初期創建の聖母昇天参事会教会( Collégiale N.-D.-de-l’Assomption ) の、ロンバルディア様式の鐘楼が見えています。
タンド( Tende ) ( 英語版)
http://www.beyond.fr/villages/tende.html