4 あるがまま

4−1 目的は何?

 この世に生を得て、一体、何が欲しいのか?人はいう、金、名誉、権力、自由、愛、等々、と。
上記では、自由以外は手段であろう。
目的は、<認められたい>ので足掻くのだろう。
それも、二つある、自身で自身を認めたい、と、他人に認められたい。
前者は、自分を騙せない。後者はといえば、やはり他人を長くは騙せない。
屈託なく、自由に生きたかったら、欲を少なくすることだ、特に後者の欲を。
認められたい欲が強ければ強いほど、他人を意識する行動となり、他人の評価に一喜一憂し、時には鬱病をも呼び寄せる。
欲が強いがために創業した経営者は、やがて気が付く、どうも不自由になるばかりだと。
また、我欲に邁進すればするほど、周りに不幸を撒き散らしていることにも気づく。
世のため人のためなどと、余計なお節介に励むことにもなる。
そして、益々、心に平安は訪れない。
そうなったときの己、また、周りを観察するならば一目瞭然ではなかろうか。


4−2 分った!が13回

 自惚れは誰にでも付いて回る。
しかし、上に立つものがそれでしくじると被害は大きい。
創業者などは特に自惚れが強い、でなければ創業などするわけがない。
その自己過信をいつ悟るかが企業が継続するかしないかを左右する。
20歳の若者でも、15歳の時とは考えが違う、40にして惑わずと古人はいったがウソである。
40、50、は洟垂れ小僧というのも正しくない、60、70でも、まだ分らない。分らないということがわかるのは80かもしれないし、まだ、分らないのかもしれない。
何しろ、分った!と思うのが5年も続かないのが、自他共に観察するに通例だから。
ということは、60歳で12回、80歳で20回はあるのだろう。
前例に学ぶ、というが、3000年の古典、歴史に学んで現代人が賢くなっているとは思えない。
自身について言えば、67歳は3067歳ではない、ただの66歳らしい、もう13回は分った、と悟った筈なのだが。(笑)
年長者に学べ、とは、だから正しい。


4−3 そそっかしいヤツでなければ創業しない

 起業するタイプとは、思い込みが強く、名案だと思ったら疑わないタイプをいう。
一般論から入り、成功例を横目に、データを浚い、意見を聞きまわり、ああでもないこうでもないと、ひねくり回すタイプは結局検討するだけに終わる。
すなわち、自己過信に陥っていなければ始まらないし、衝動的にことは始まる、そそっかしくなくては始まらないのだ。
そして、運良く、成功したときに自身の欠点を自覚し、足らざるを補う謙虚さがあれば継続し、自覚しなければ滅びる。
身の回り、新聞、歴史は、その例で満ちていると思うがいかがなものだろう。
その端くれとしては、自戒を込めて。


岡目八目目次へ

トップへ