「自己変革」
自立自助の風土へ
この事例を、社員に任せたら潰れてしまうと心配する経営者と、その会社に頼る社員に向けて記します。また、二代目経営のビジネスモデルでもあります。
私にとっても、「認める評価(貢献度評価)」「成果配分評価」の初めての実施でした。
A社は合成樹脂電子、電気部品製造の下請け企業でしたが、悲惨な営業状態でした。
納期遅れによる長時間残業、徹夜、休日出勤、赤字の上塗りでとうとう人員整理、80人が60人となり、昇給0、賞与は勿論スズメの涙。
顧客は、あわてて作った劣悪な品質不良と納期遅れに腹を立て、創業者の会長は専務を格下げしてみたり、毎日、現場を叱咤。激励はなかったそうです。
二代目社長は顧問を雇い、改革を試みました。こんな存在価値のない会社の後を継いでも意味がないと思えたのです。
待遇は劣悪(1986年当時ですが、年間73日しか休みがなく、法定最低賃金に合わせて給料を上げてゆく有り様でした)、借金は増える、有用な人材は辞めてゆく、残った社員は諦めの境地(過疎化で転職先もない)、顧客には嫌われ、世間からは後ろ指を指されてまで、継承したくないと云う訳ですが潰せば関係者に迷惑が及びます。
顧問は毎週、三日間行くことにしました。
1カ月ほどは観察と聞き取りです。
仕事があるのに利益が出ない。何故か?なにしろ納期遅れが売上比1・2カ月分もあるのにです。
これに対する問題現象を洗いだすと、97個を数えました。
主な現象を挙げると
* 従業員は納期だけを目指して仕事をしている。
営業実績は公開されていない。
* 会長が頭越しに具体的指示をするため、仕事の優先順位がしょっちゅう変わり仕掛かりの山。この仕掛かり管理がされておらず在庫も把握されていない。客先も、会長に云えば優先順位が変わることを知っているため、直に電話が入り生産予定が変わるため日程把握されていない。
* 課長以下は会長の言うことしか聞かない。
部長、常務は、会長の頭越し指示のためになめられて形だけ。
* 決済遅延。2万円以上の支出(材料も)は会長に稟議書提出。不在中は業務停滞。出張の交通費も稟議。
* 会長が売上額のみにこだわるため、営業も受注しやすい安値、短納期ものの受注に傾き、自社の利益率、利益額を高める営業行為がない。
* コンピューターに生産管理ソフトはあるが出力不能、入力すべき伝票が上がって来ないため。
* ある部門では設備稼働率が30%を割っている。常務いわく、「この機械に合う仕事はもうないのですよ」と一般論。首都圏では何千台も動いている筈、たった12、3台分が取れない。
* 在庫が把握されていない。あると思ったらなかったとか、ないと思ったらあったとかの現象多い。結局調べると死在庫の山。
* 効率化と称して、材料、時間、の区切りの良いところまで作業するため死在庫となる。しかも記帳がおろそか。とにかく納期偏重、利益意識は無い。納期を守るためなら費用を気にしない。
* 営業はしょっちゅう不良品選別検査に客先に呼び出されている。
* 会議は会長の叱咤と説教で終わる。皆諦めて無言。給料は叱られ代と思っている。
* 評価は、休まず、残業が多く、云うことを聞くものが高い。査定項目は態度評価100%。
* 査定は会長が全部決定、であるから社員は直属上司を上司と見ていない。
* 人が辞めれば納期対応ですぐ補充し、利益は頭にないので効率化は考えない。少数精鋭で分配が増えるとは考えない。
* 設備購入申請の基準は利益増より、納期対応や、不便とか、楽できるとかが基準。
* 備品のダブリ、消耗品の浪費多い。それが自分の給与に響くとは感じていない。
何故こうなったのか?。
会長は、私の云うとおりやれば世間相場(最低賃金は)は保証する。私がいつも正しいのだから、皆は付いて来たら間違いない、との管理をして来た訳ですが珍しい例ではありません。
創業者であり、業歴も一番長い、経験豊富、仕事に一番熱心、一番真剣を自負しているためです。
むしろ普通のケースと云っていいです、この性格こそが起業を志し、ここまでは引っ張って来たのですから。
また、会長を、社長、部長、課長と読み変えればよくあることです。
半年間当面策と意識改革を試みた後、
抜本策として
見張り、恫喝経営から自立自助経営へ
経営と資本の分離(二代目が常務(専務はいない)に経営を委託したため)。
原則
結果損益を配分する。
結果によっては、人員整理、降給もありという意味です。
当たり前ですがこれが出来なかったのです。
そして
1、目的と情報の共有化。
2、小集団決算。
3、貢献度評価。
以上を二代目は合意してくれました。
内容
* 見張り、恫喝管理から自立自助、目標管理への転換
先代であり創業者のワンマン経営から<自ら考える>経営へ
経営者が社員の<面倒を見る>経営から、社員が<資本を委託され>成果の配分に与かる経営へ。
* 経営と資本の分離。
2代目は、経営者にも、営業にも自分は向いていないから、建て直しと共に後継者も作ってくれとの依頼でした。
* 原則 「結果損益を配分する」
原則として、実績及び計画(営業利益)に評価を連動させる。
利益改善されれば待遇改善へ、悪ければダウン。
1)情報共有化
問題への気づき、評価への納得を得るには欠かせないのです。
営業利益ベースの情報公開です。未公開、同族資本では最も嫌うものですが、 2代目はOKしました。背に腹は替えられないこともあったが、資本と経営の分離は責任の所在を明らかにするためにも欠かせないと決断しました。
特に課単位の利益計画案策定は<気づき>と自立意識の確立に不可欠だからです。
2)小集団決算。
係単位に月次決算を公表するものとし、各係による年間利益計画案作成のため3年分の実績値が渡され、顧問の指導のもと、年間利益計画案が作成されました。案は部課長会で各係長と擦り合わせ、社長の決済を得る。
3)貢献度評価。
前年実績比、計画比を勘案し給与改定、賞与を決めるが、支給原資総枠が達成率で決まれば、個人への配分は直属上司の査定で決定。
このとき自己評価と照らし上司との意志疎通を諮る。評価項目も決算書項目に繋がる実績評価を主体とし、態度 評価は3割以下とした。
またこの評価表は、納得性を上げるべく被評価者案と擦り合わせを行った上で作成され、毎年、重点目標に合わせ更新される。
経過
何しろ計画策定など初めてですから、何のために会社へ来るのか?という目的確認のブレーンストーミングから行い、また企業が継続するに必要な利益と、信用という社会性について納得を得るまでミーティングを重ねました。
そして、自己の待遇改善と会社の継続は自助によるしかないと、計画策定作業を通して兼業農家の主婦たち(1/3)迄悟ったのです。
彼女たち一人一人と話した折り、初めは「オレたちは兼業主婦、難しい事云われても分からない」と云いました。
「だけど貴女がたは財布を預かり、限られた収入でやりくりをし、どうしたら米の収量が上がるか、経費を減らせるか、考えているだろ?それと同じことを会社でやってよ」。
彼女たちは、それまで係長任せだった段取りや刃物研ぎを、自分たちでやるようになり、どうしたら生産が上がるか工夫するようになりました。
ある課長は「自由なようだけど厳しくなるんだな、やりがいはあるけど」と云い、ある課長は2年経つと部下たちからお荷物とされていずらくなり、下請けとなって、曾ての部下から仕事を貰うようになりました。
誤解もありました。
計画の達成率を問われるなら売上計画を低く設定すれば楽だなと。
また、昇給、賞与、休日は多い程よいから多く設定しようと。
前者は前年実績比で業績が落ちればマイナス配当を受けざるを得ないことに気づき、後者は売上達成の困難を悟り、効率化と、出づるを制することに気づきました。
初めての利益計画は昇給2%、賞与、夏0・8、冬1・2。営業利益前年比3%増。に決定。休日増5日。(これは抵抗がありました。休んでもすることがないし、収入が増えた方が良いというのです。兼業主婦の中には、お姑さんと顔を合わせる時間は要らないという人もいました。しかし、若い人が入って来ないよと、これだけは私が押し切りました)
また、計画利益を超えたら、その分の1/3を賞与で還元することを社長に約束してもらいました。
1/3は内部留保へ、1/3は税金です。
初年度、スタートして3カ月、材料仕入れが前年比半分でした。在庫から使えるものを探し出し使ったからです。
夏が近づき、検査課はクーラーは来年購入すると云って来ました。売上が未達故利益が不足、賞与に響くと気づいたのです。
製造部門は、計画達成のためには営業に手離れの良い、単価の高い受注を要求しました。
営業も自ら約束した粗利額の達成に懸命です。
売り掛けに留意し、在庫を減らすため、客先情報の先行取得に努めます。
それまで自分たちで行っていた納期管理を、総務の女性に移したので身軽に客先回りが可能になったのです。
事実、社内製造の稼働率を上げながら、外注先を増やして行き、一方、社内製造に対しては、品質と技術レベルのスキルアップ、コスト削減に厳しい要求が出されました。
因みに在庫増は利益にカウントしませんでした。税務署は利益とみなすでしょうがそれで賞与を増やすわけにはいかないからです。
すなわち在庫増は仕入れ増でしかないのです。
当初2カ月分の在庫を持っており、何故そんなに必要なのかと聞きますと、突然の注文に対する納期対応だというのです。しかし受注生産業種なのですから、これは営業が客先情報を取らずに山勘で作らせているか、製造部門の都合で作っているに違いないと思えました。
試しに滞留期間別に選別して見ると、一年動いていないものが1/3もあるのです。
粉飾か、国への寄付行為かと呆れましたが、営業が情報を取ってくれば在庫15日分が適正と理解、納得してもらいました。
翌年黒字になったところで選別処分しましたが賞与一回分に相当しました。
さて、夏が近づき、夏季賞与の皮算用が始まりましたが、計画は遅れています。
部長会が社長に計画0・8ケ月の賞与レートを0・4ケ月に変更提案して来ました。
何故ならばこのまま計画通り実行すると、冬季賞与は1カ月にも満たなくなりそうで、それでは士気に影響するというのです。
「現場はなんと云っている?」「仕方ないと云ってます」
結果は後半で追つき、計画を達成出来たのです。
3年が過ぎ、給与は53%増、休日は25日増、超勤は月平均1人/9時間、在庫は15日分、売り上げ回収率は100%に近付き、計画利益を超えて決算賞与が実行され、取引銀行は手の平を返したようにすり寄って来ました。
ある日、勤続15年の兼業主婦の社員に現場で呼び止められ、彼女は云いました。「今度、賞与が下がっても納得がいきます」と。
彼女は、上司たちから最もうるさ型として煙たがられていたのですが、それは納得が行かない点について声を上げていたのです。
以上は、従業員に、会社の継続は、個々の自立自助しかないことに目覚めて貰うための制度改革でした。
そのための、目的、情報の共有を目指して年間利益計画案も作って貰いました。
運用の要は、評価でしょう。やる気、やらなければならない気の出る、納得を得られる評価が行われるかどうかです。
そのためには、評価査定表を作るときからの意志疎通が必要です。
たとえば、評価表案も現場に作らせるのです。
それにより、上下の評価視点の擦り合わせが出来ます。
また、自己評価を必ずさせ、評価の食い違いは実績を前にして面談で解消することです。
よく、ホワイトカラー、サービス業の評価は難しいといわれます。
事例は、加工業主体ですからブルーカラーといえばそうかもしれません。
しかし、具体的に、当時の業態を記しますと、加工業売上、95%(うち内作比40%)。レンタル業売上5%。
従業員60名中(専務以下従業員兼務役員を含む)、専務、常務(営業部長兼任)、製造部長(管理部長兼任)製造次長、各1名。加工(5部門各課長、品管、検査6名を含め)に従事している者、41名。
同部門営業(受注活動、外注受発注)、5名。
同管理部(受発注管理、工程管理、在庫管理)、5名。
リース部門、営業3名、メンテナンス1名。
総務兼経理(財務兼任)1名。
という組織ですので、ホワイトカラー層、サービス業は、1/3の割合で存在しているといえそうですがいかがでしょうか。
また、運用に当たっては、
単年度は無論、中長期計画(3〜5年)について、その時の環境に応じた目標を設定します。
例えば、今年は、技術的レベルアップとか、経費節約とか、品質に重点を置くとか、ある部門を伸ばすとか、中長期では、営業展開、設備改編、について方向を打ち出しますので、評価基準、査定表内構成比も変わります。
無論、これらも各課レベルからの提案を募ります。
合意形成のため、トップダウンへの理解、納得を得るためには必要不可欠な手続きなのです。
当該評価手法についての、コツといいますか、呼吸を重ねて述べますと、ルールや基準を評価側が一方的に決めるのではなく被評価側に提案させることです。(たたき台が欲しいといわれれば提供するのですが)。
年度利益計画案とともに、査定表も毎年変わる前提であることが必要です。
先に書いた通り、評価の目的は被評価側の納得を得、やる気、あるいは、やる気にならなければならない気にさせることにあるのですから。
16年目の2001年現在、業績も周囲が一目置くほどです。
しかし、信賞必罰に差を付け、説明責任を果たさないと、やる気のある人を冷遇する結果となり、風土は緊張を失って沈滞し、有能な人材が離れ斜陽に向かいます。
困れば変わりますが、維持はそれ以上に難しい。評価システムの運用次第といえましょう。
現在は、成果配分、情報共有などは珍しい言葉ではないでしょう、コンピューターも、それに触れる人も珍しくなくなりました。
企業の継続を目的とすれば、変革はそう難しくはない筈です。
ただし、「認める評価」が、目的と情報の共有の下に、<人を生かす>ことによって、初めて可能となります。
申し添えますが、このシステムはボトムアップを推奨しているものではありません。
説明責任を果たし、理解、納得を得たトップダウンの方が目的遂行度は高いのです。但し、トップが自己過信に陥っていず、説明責任を果たしていれば、ですが。
後日、取引銀行の支店長に聞かれました「何で良くなったんですか?」「困ったからですよ、それで変わる気になったのです」。
だが、一番大きかったのは、経営者に自己過信がなかったことです。
この会社の次の問題は、更に業績を伸ばし、待遇を改善していったとき、内部に慢心、油断、自己過信、が芽生えたときであり、外部に嫉妬されるようになった時でしょう。
変革5年後
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