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1.親子逆転とは
Uコリント12:14の後半だけをお読みいたします。「子は親のためにたくわえる必要はなく、親が子のためにたくわえるべきです」。いつもは、文脈に則したメッセージを取り次いでいますが、本日は、この1節から「親子逆転」と題してお話しさせていただきます。親子逆転とは3年前、エリヤハウスというところで学んだ「内面の癒し」の1つであります。パウロは、「子は親のためにたくわえる必要はなく、親が子のためにたくわえるべきです」と言いました。「たくわえる」ということは貯蓄するということだけではなく、「世話をする、稼ぐ、指導する」ということも含まれます。親は子どもを、身体的、経済的、そして精神的に面倒を見るということが神様の定めた秩序であります。ところが何らかの理由で、片親が不在で親の義務を果せない場合、子どもが代わりに親になることがあります。何らかの理由とは、父もしくは母親が亡くなった、あるいは離婚した場合です。いや、いるけれど長期出張したりして不在だった。あるいはアルコール中毒や鬱、病気等で子どもの面倒をみることができなかった。そのため、子どものだれかが、親の役目を負ってしまいます。母親と長女、母親と長男というケースが結構多いように思えます。なぜなら、母親が夫の代わりに、長女もしくは長男を頼るからです。お母さんは子どもに相談するでしょう。子どもは「ママ、そうしたら良いよ」「ママ、元気だしなよ。ボクがついているから」と言います。タメ口です。周り人のたちは、「あなたはお母さんを助けてあげて偉いわねー」とか「弟や妹のめんどうみて、お父さんみたいね」と褒めるでしょう。皆さんの中で、お父さんもしくはお母さんが、不在のためご自分が親代わりになったという人はおられるでしょうか。いても親の役目をしなかったため、子どもの自分が親みたいな責任を負ったという人です。ご長男やご長女に結構、多いのですが…。
親子逆転が罪とは言うのは酷な感じがします。しかし、親子逆転は周りの人たちを汚していく恐ろしい罪です。その子どもは無意識のうちに、親を出し抜いています。そして、面倒見てくれない父親もしくは母親に対して、軽蔑心と怒りが隠されています。「なんで、私がやらなけりゃいけないの!」と怒りながら、やっているんです。「私がやらなけりゃ、だれがやる」と自分をささげます。まるで崇高な殉教者です。心の中では、大人のようにしっかりしている自分を誇りに思っています。「頼られている自分、人を助けている自分」がすばらしく映ります。ところが、こういう人が大人になったらどうなるでしょうか。人々をコントロールする人になります。この人は頭がよくて、リーダーシップがあり、実行力があります。ですから、クラス委員とか○○会長に選ばれます。先生からも期待されるでしょう。会社に入ると人々の世話をするリーダーになるでしょう。教会でも青年会長とか婦人会長、役員さんになるかもしれません。ところが、ところがです。その人は一人でも自分に反対する人、言うことをきかない人がいると心配になります。もう気になって夜も眠れません。「何故、あの人は私に逆らうのかしら?あの人をなんとかしなければ、いけないわ」。あんまり緊張するので、頭がいたくなったりします。一生懸命段取りして、うまくいったことを感謝してもらわないと満足しません。「私がいたからできたんだ」ということをちゃんと評価しれくれないとなんだかしっくりこないんです。また、こういう人が学校に通っている時、結構、いじめに会います。なぜなら、この人は他の生徒たちを「○○君、ダメじゃない」と注意をするんです。しかも、先生にかわいがられています。悪いことをしている友達は、良い子ぶっているその子が目障りになるのです。「自分を何様だと思っているんだ」と、今まで親や先生から注意されたその憎しみを、その子に集中砲火するのです。その子は「正しいことをしているのに何故ひどい目に会うんだ」と悩むんです。もちろん、いじめる方も悪いんですが、その子に子どもらしくないのです。変に大人びいて、生意気に見えるんです。
2.親子逆転の実
エリヤハウスで学びましたが、「大人になったときに現われる、親子逆転の実」というのがあります。親子逆転の人が大人になると、自分や周りを次のように思うということです。
@弱い人々を助ける強い人間
A問題解決をする人、命を与える人
Bどんなに疲れていても休むことができない。
C周りの状況を常にコントロールし、人間関係が常に上手になっていなければ気がすまない。
D何事もうまくいっていなければ気がすまない。完璧主義。
E人を信頼するのが難しい
自分の方がちゃんとできると信じているので他の人に任せられない。そのため他の人の自主性を奪う。配偶者を出し抜こうとする。夫もしくは妻の役目を奪い、人間性を尊敬することができない。だれかの失敗に自分が立ち入って直したいと思う。自分が言わなければならないと思う。
F神を信頼することが難しい。「私にはできません」と言えない。
G高慢さ。人々と神様のためにこんなに尽くしているのに「崇高な殉教者」。
H非常に大きな恐れ
「もし自分が今やっていることをやめてしまったら、家族の生活や自分の生活、世の中すべてがめちゃめちゃになってしまう。私のせいで…」。
I乱暴や無秩序にどう対処していいか分からない。
J否認(なかなか認められない)
やりすぎて「押し付けがましく」なっていつとき、配偶者の役目を奪ってしまっているとき…
K感じることができない(問題が起こると、感情を殺して理性で解決しようとする)
L配偶者や子どもたちと親密な関係を築き、一体になることができない。
エリヤハウスのジョンがご自分の証をしてくださいました。彼の家は非常に貧しくて、お父さんが2つの仕事をしていました。1日10数時間働いても、貧しく、月末になるとミルクのスープが2,3日続きました。ジョンは長男で下には弟と二人の妹がいます。彼は新聞配達をして働き、弟にはお小遣いを上げ、月末にはステーキを買って来てみんなに食べさせてあげました。お母さんも兄弟たちもみんな大喜びでしたが、なぜかお父さんは複雑な顔をしていました。ジョンはお母さんの相談相手にもなり、「こうしたらいいんじゃないの」と助言しました。ジョンはすることなすこと、一家でいなくてはならない存在だと思いました。そして、そういう自分を誇りに思っていました。大人になり彼は歯医者さんになりました。職場でも教会でも彼は一番。献身においても自分が一番だと思っていました。ときどき、教会の牧師よりも自分の方が良く分かっていると思うときもありました。そして、自分が父親に接していたように、牧師に接しました。彼は牧師に仕えたが、牧師から祝福されたいという気持ちはありませんでした。残念なことに、彼はいろんなことをして仕えるのですが、相手の人にとって祝福になっていません。なぜなら、彼はそのことを誇りにしていたからです。彼は家族の間で平安を感じることがありませんでした。自分の子どもたちに最高の子育てをしなければならないと思いました。ジョンの奥さんはこのように言っています。夫は休みの日、ほとんど家にいませんでした。休日は弟と釣や狩りに行きました。私たちを、ときどきすばらしいバケージョンに連れて行ってくれました。でも、私たちをホテルに残して、彼はひとりゴルフに出かけました。私は夫が家にいたときもシングルマザーでした。一番上の子は男の子であったが、長男が私の友人としてショッピングに行くし、一緒に料理もしてくれました。親子逆転のパターンが次の世代へと受け継がれていくようです。でも、私は子どもたちが大きくならないうちに、カウンセリングを受けたので、そのパターンを止めることができました。ジョンの癒しはあとでお話しますが、ロマンスグレーで俳優のようにハンサムです。頭がよくて、能力もあり、リーダーシップもあります。しかし、彼の動機が汚れていたのです。自分がすべてのことにおいてベストでなければならない。自分がすべてのことを面倒みなければならないと思っていたからです。彼の弟と一番下の妹はよくお兄ちゃんの言うことに従いました。ところが、すぐ下の妹はことごとく逆らいました。ジョンは妹に、学校に着て行く洋服まで「それはだめだ、これを着ていきなさい」と干渉したからです。
3.親子逆転の癒し
最初は認識です。「自分は親子逆転をしていたなー」と気づくことです。「いなくなった親、世話をしてくれなかった親に対して腹を立てていたナー。ひとりで汗を流して緊張していたなー」と気づくことです。
二番目は、親を赦す祈りをします。親がしたこと、あるいはしてくれなかったことを赦す祈りをします。父は酒飲んでちっとも働かなかった。あるいは母は弱くて私たちの面倒をみてくれなかった。なんでお父さんは私たちを残して死んじゃったのー。そういう父・母を赦す祈りをします。イエス様に聞いてもらい、イエス様から受け入れてもらいます。
三番目は、悔い改めです。親をさばいたことについて悔い改めます。神様を弱々しいと思ったことも赦さなければならないかもしれません。神様が自分の子どもの部分に触れてくださるように求めます。一生懸命がんばっていた少年、少女がいるはずです。イエス様が「そんなにがんばらなくても良いんだよ」と頭をなでなでして、ハグしてくださるでしょう。
四番目は親子逆転の構造とその行ないを十字架につけます。人をコントロールしなければならない性質、伴侶を出し抜く性質、過干渉、そういう構造を十字架につけて死なせます。そしてその部分に今度は、新しい構造が与えられるように祈ります。そこがきよめられて、神様の許でリーダーシップを発揮します。神様がしなくても良いと言う事は、しないんです。神様様に任せるときに、神様の平安が心を支配するでしょう。
第五はサポートを受けることです。周りの人があなたを助け、励ましてくれるでしょう。コントロールしようとするとき、周りから注意をしてもらうことも必要です。だんだん、だんだん、ライフスタイルが変わってきます。
さきほどのジョンはどうなったでしょう。ジョンは父と母を赦すことを選択しました。自分の父をさげすんでいたことを悔い改めました。父は自分たちのため1日16時間働いていた。そのため不在だったんだ。父を赦しました。それから自分をそのように駆り立てた性質(構造)を十字架につけました。するとすばらしいことが起きました。彼が成功していたあらゆる面において、成功は成功のままで残りました。ベストを尽くしてきたあらゆる領域において、駆り立てられる気持ちから自由になることができました。彼が癒されてから、子どもと妻と団欒を楽しむことができました。弟は弟の奥さんがいるので、魚釣りには誘わなくても良い。自分の息子に対しても、息子として接することができた。娘も娘として接することができた。妻を妻として親しい関係をもつことができた。そのようにジョンの生活が変えられていったのです。ハレルヤ。
最後に私の証をさせていただきます。私は11年ぶりに故郷の秋田に日曜日の夕方から水曜日まで3泊4日で帰りました。実家には父母はすでになく、義理の姉がお家を守っていました。家を継いでいた兄が16年前、事故で急死したんです。11年ぶりに会った姪たちは大人になっていました。長女は郡山に嫁いでいたのですが、私が来るというので、里帰り。二女は兄が亡くなったときは小学校1年だったのですが、23歳。車で空港まで迎えに来てくれました。二女の方は鈴木家の顔で、娘の美園と結構似ています。甥は27歳くらいなるのでしょうか。近くにはいるらしいんですが、家には寄り付かなくなったということです。義理のお姉さんが看護婦さんをしながら家庭を支えていたわけです。帰った日曜日の夜は午前1時半くらいまで話しました。そこで発見したことは、姪というか、その家の長女の方は「親子逆転」だなーとすぐ分かりました。兄が亡くなったとき、彼女は中学1年、下に弟と妹がいます。すごい頭の良い子で、人を面倒みるので、委員長とかやったり、答辞を読んだりします。義理のお姉さんは明るくて楽天的な方です。姪の長女は非常にしっかりして、相談相手になったわけでしょう。彼女は今、ご結婚されているのですが、「2,3日前、何か過剰反応しませんでしたか?」とお聞きしました。ま、実をさぐったわけですね。すると三日前こんなことがあったと打ち明けてくれました。彼女は近所の奥さんたちと車でハイキングに行きました。彼女がコースを決め、見学地などあらゆるところを計画したので、楽しく無事で帰って来れました。そのとき、他の奥さんがそっけなかったというのです。「私がこんなに準備したのに、もう少し、労をねぎらって感謝をしても良さそうなのに…」。ご主人との関係も完璧主義を貫こうとしているようです。だから、ご主人が出張でいないときのほうが気が休まるということです。私は「イエス様にすべての重荷をゆだねなさい。コントロールを神様にゆだねて、休みなさい」とその晩、勧めました。4日目、もう帰る日ですが、飛行場に行く前、福音を伝えました。二人っきりで妙な感じもしましたが、画用紙とマジックで、「架け橋」のプレゼンテーションをしました。救いはプレゼントだというところまで行きました。しかし、イエス様を受け入れる、信じるというところになると、「へー」と笑ってごまかす。たびたび電話とかメールとか入るけど、「これは引き下がれない」とまた伝道。「しつこいと思うかもしれないけど」とわびながら、しつこく伝道。2時間半、ねばって。向こうも根負け。「じゃ、信じます」。「イエス様を受け入れるんですね」。「はい、受け入れます」。すぐ、側に寄って祝福の祈りをしました。「ごめんね、しつこくてねー。そんなつもりはなかったんだけど…」と謝りました。すると、姪っ子は「いいの。お父さんと似てるし。その強引さも。悪い気はしなかったわ」と言ってくれました。本当にハレルヤ!です。
また、私の一番上の姉夫婦が秋田の土崎というところにおります。私は11年ぶりに帰りましたが、姉はその間、3回倒れたそうです。秋田弁で「3回当たった。中風3回当たった」と言いました。秋田は脳内出血とか脳梗塞が日本一です。塩辛いのを食べるし、お酒を飲むからですね。姉はしゃべり方も遅くなり、片方の手に少し麻痺があります。「いやー、お姉さん、こんなに年取ったかなー」と驚きました。現在、70歳、私と18歳違うんです。このお姉さんこそ、親子逆転の典型。父が国鉄をレッドなんとかで解雇されてからぜんぜん働かなくなりました。酒を飲んでは母や子どもたちを殴る。長女のお姉さんは、夜学に転校し、役所の下働き。そして、市役所職員、教育委員会主事になります。で、この姉が私たち弟・妹の世話をしてくれました。靴とかセーターを買ってくれ、毎日ヤクルトを飲ませてくれました。ところが、私は一偏もありがとうを言ったことがない、いつもケチをつける。親からしてもらうべきところを姉がしてくれてもダメなんですね。それで、長女と長男は優秀で比べられ、通信簿見せても、親から褒められたことがない。母は長女と長男を慕い、「姉さん、兄さん」と呼んで、ものすごく頼っている。母は、父が頼りにならないので、長女を頼ったわけです。お姉さんのところで、きりたんぽをご馳走になりながら、昔話に花が咲きます。私たちは8人兄弟ですが、その姉が信尋、三尋、まり子と3人の名前をつけたそうです。で、「靖尋はどうなの?」と聞きました。私は自分の名前が靖国神社から来たのだろうと思って、自分の名を少し恥じていました。ところが違うらしいのです。その頃、中曽根康弘氏が注目をあびていたそうです。東大の法学部を卒業し、衆議院議員、○○大臣になるわけですね。だから、オヤジがその子も頭の良い子になるように、字は違うけれど「やすひろ」とあやかってつけた名前だということなんです。そう、お姉さんが説明してくれました。「いやー、そうだったのかー」と感動しました。きりたんぽを食べたあとで、お姉さんをイスに座らせ、癒しのお祈りをしました。頭、手、背中…すべての機能が回復するようにお祈りしました。最後に、ひとこと謝ろうと思いましが、「うっ」と、つまって言葉が出てきません。やっと、お姉さんに靴やセーターなど色々買ってもらったのに、感謝もしないでごめんなさい。どうもありがとうと言うことができました。こっちは涙と汗でびっしょりでした。その日はそれで帰ったのですが、次の日、今度は、姉ご夫妻が実家に出向いてくれました。「ヤスともう会えないかもしれないから」と言うことで、来てくださったんですね。また、一緒にご飯を食べました。なんとか姉夫婦も救われてもらいたいなーと思っています。長女は父母、弟妹のために、一生懸命働いたのに、報われないとかわいそうです。このように「親子逆転」は確かに罪ではありますが、親を助けようと善意からはじまったものです。本人は良いことを一生懸命しているつもりでも、コントロールによって周りの人が汚されていきます。本人もこんだけやっているのに、なぜ感謝されないんだとガッカリしちゃいます。しかも、親子逆転はいつも不安なんです。こんな割の合わないことはないですね。でも、この人が悔い改め、父なる神様のご支配を認め、一切を明け渡したらどうでしょうか。動機がきよめられ、エネルギーを転換することによって、すばらしいリーダーとして用いられるでしょう。たとえ、人々から感謝されなくても、神様からの報いを期待することができます。神様は良いものをも元通りに返すだけではなく、さらに良いものも与えてくださいます。詩篇100:3「知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である」。
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