復讐・無我
リベンジという言葉をときどき見かける。
スポーツなどで雪辱を期すことをリベンジというらしい。
しかし、いいかえると復讐である
復讐行為が、さも美徳のように報じられるのは、悲しい。
ニューヨーク貿易センタービルの同時多発テロについても報復の動きである。
「やられたらやり返す」という西洋の規範が世論をリードしつつある。
パレスチナとイスラエルにしても然り。
恨みの連鎖は収束しない。
では仏教ではどう教えているのだろうか?
私には三毒(貪り、怒り、愚かさ)があり、これの原因は「我」、「我執」とする。
そして、「我」を抑えるため、「無我」の実践を説く。
このように、衝突は「我」に起因する。
衝突を回避するには「我」のもとになる「怒り」の念を起こさないこと。
それには、相手を認め、ゆるすこと。
つまり、忍ぶこと、忍辱(にんにく)であり、「無我の実践」こそ、テロの連鎖を断ち切る方法である。
刃で斬りつけられ死に瀕しながら、幼い子供に「恨みを結ぶな」ということばを残した父親がいた。
その言葉通り、出家の道を選ばれた浄土宗の開祖法然上人の心に、学ぶ必要がある。
恨みは恨みによっては消えない。
恨みなき心によってのみ、恨みは消える。(釈尊)
火を消そうとして、火を持ってくるのは愚か。
火を消すには、水が必要であるのに……