無碍の一道(歎異抄 第七条)

念仏者は、無碍の一道なり。

そのいわれいかんとならば、
信心の行者には、天神地祇も敬伏し、
魔界外道も障碍することなし。
罪悪も業報も感ずることあたわず、
諸善もおよぶことなきゆえに、
無碍の一道なりと云々。


 念仏者は、何ものにもさまたげられないただひとすじの道を歩むものです。
 それはなぜかというと、
  本願を信じて念仏する人には、
  あらゆる神々が敬ってひれ伏し、
  悪魔も、
  よこしまな教えを信じるものも、
  その歩みをさまたげることはなく、
 また、
  どのような罪悪もその報いをもたらすことはできず、
  どのような善も本願の念仏には及ばないからです。
 このように聖人は仰せになりました。

南無阿弥陀仏をとなうれば
難陀跋難大龍等
無量の龍神尊敬し
夜昼つねに護るなり
南無阿弥陀仏を信じ称える身となれば
難陀や跋難など八大龍王をはじめ
無数の龍王の一族が敬いの心を起こし
夜昼つねにその念仏者を護るのだ。

願力不思議の信心は
大菩提心なりければ
天地に満てる悪鬼神
皆ことごとく恐るなり
われらの思議を超えた他力回向の信心は
仏のさとりを求める大菩提心であるから
天地にみちみちている悪鬼神も
みな恐れて念仏者に近づかない。

南無阿弥陀仏をとなうれば
十方無量の諸仏は
百重千重囲繞して
よろこび護りたまうなり
南無阿弥陀仏を信じ称える身となれば
十方世界の数限りない仏たちは
念仏者を百重千重にとりまいて
大いによろこんで護ってくださるのだ。