
人間の避けられない苦しみを「四苦」といい、「生老病死」がこれにあたります。
特に、誰もが避けられないのが「死」です。
仏教の教えに出会っていない人は、この「死」を恐れ、「死」におののきます。
この「死」を、「けがれ」と見る立場では、
「死」を避け、死人が出た家とはつきあわない俗習があります。
「喪に服する」というのは、この現れです。
年末に見かける「喪中につき……」も、この現れです。
死者に近づくと「けがれ」に染まり、「死」が自分に伝染すると恐れるのです。
そして「祓い」や「清め」でこれを消そうとします。
ところで、仏教では「死」をどのように考えているのでしょうか?
仏教では、いつか「死」を迎えると教えます。
仏教では、誰もが「死」を迎えると教えます。
「死」にこだわらないのが仏教です。
「死」を超越するのが仏教です。
「死」を嫌わないのが仏教です。
「死」を悲しんでいる人がいれば、一緒に泣こうとするのが仏教です。
ですから、
葬儀の会葬者に「清め塩」を配ったりしません。
葬儀の後で「塩」をまいたりしません。
「お祓い」や「清め」の必要ないのが仏教の姿です。