初 期 捜 査
 世論のごうごうたる非難の中で、165名の刑事からなる特捜本部の必死の捜査が始められました。 この段階での犯人の手掛りは、
@脅迫状の筆跡、
A脅迫状・封筒にあった5つの指紋、
B佐野屋近くに残された足跡、
C体内に残っていた血液型B型の精液、
D犯人は被害者と面識がある。
(死体に抵抗のあとがない等)、
E犯人は中田家-佐野屋-死体発見現場に土地鑑がある一行きずりの犯行ではない)
というものでした。

 とくに目をつけられたのが、入間川駅の裏にある被差別部落の出身者で、佐野屋の近くで養豚業をいとなむ石田一義さんと、そこに働いたり出入りをしてきた人々でした。

 5月11日に死体発見現場近くから、養豚に使われていたとみられるスコップが発見されると、公然と部落への見込捜査が開始されました。


証 言 70年12月3日
中 勲 公務員57才
(事件当時は特捜本部長)

 「石田豚屋さんで、死体の埋没に用いたであろうというスコップが紛失しているわけです。しかも石田さんのところは犬が数頭おる。従って、全然関係のない人が、そのスコップを簡単には盗りにくい。全然犬に吠えられず、スコップを持って行ったわけですから、そこに関係のあるものであろうということで捜査をいたしたわけです。」


別 件 逮 捕
 約120人の部落の男達全員が筆跡」血液型・アリバイなどの取調べをうけます。当時部落内では刑事が各所ではちあわせをするような状態であった、と証言されています。

 5月23日になって、もと石田養豚場で4ヵ月程働いたことのある石川さんが逮捕されました。

--その容疑は、------------------------------

@自動車の接触事故をおこした相手を殴った(63年2月)
A友達のダンプカーの運転台にあった作業衣を盗んだ(63年3月)
B脅迫状を書き、中田家に届け、佐野屋に金をとりにいった
------------------------というものです。--

 これらの容疑に関しては、6月13日 石川さん、善枝さん殺しにかかる容疑(Bの件)を徹底して否認し通したが為、窃盗・横領などの別件のみで起訴し、併せて拘置期限を再度延長せざるを得ませんでした。

証 言 63年5月21日
竹内 質 農協職員21歳
 「本年2月19日、私が一寸わき見をしたので、自分のオートバイと反対からきたトヨエースとが接触しました。すると助手席の24,25歳の男がおりてきて、この馬鹿野郎、と言いながら、私の左頬を二回続けざまに強く殴りつけました。」

証 言 63年5月19日
高信良平 運転手22歳
 「私が石川の着ていた作業衣を返せと言わなかったのは出勤途上でもあったし、石川は元私と友達であったので強い事も言わなかったのです。」

 この際不起訴となった「脅迫状容疑」に関しては、後の「善枝さん殺し事件」裁判1・2審判決とも、石川さんが出した5月1日の行動を記した「上申書」と「脅迫状」の筆跡が一致した、と認めております。



「別件逮捕」とは  「別件逮捕」という言葉が一般に広く知られるようになったのは、この「狭山事件」から、といわれています。
 そのやり方は、重大な犯罪(本件)で被疑者を逮捕するだけの証拠がない場合に、証拠の整えられる別の軽い犯罪(別件)を理由として逮捕(別件)し、「本件」についての「自白」を得ようとする捜査方法です。捜査する者にとっては大変都合のよい方法であると言えます。

 事実、石川さんは逮捕されたその日にポリグラフ・テストを受けさせられましたが、その検査承諾書には、「私は女の人を殺したことなどは知りませんから、本日ポリグラフ検査をすることを承諾します」と書かされています。

 このようなやり方は、「・・・。理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」という憲法第33条に違反する不当な方法であり、冤罪事件の多くはこうして生みだされてきたのです。

 しかし、
東京高裁の第2審で裁判官はこの「別件逮捕」を、「乱用されない限り」適法と認容しています。

遺憾な狭山事件の推移朝日新聞 社説
 ……、別件による逮捕という処置がフェアでないことも周知のことである。これらの乱用は市民にとってはなはだ危険でもある
(朝日新聞 1974,6,15)

めずらしい「別件」適法亜細亜大教授 鴨 良弼
 緊急逮捕にすら違憲性を主張する学者がふえてきている中で、別件逮捕を一応、適法とした判断は、学界かの主流的見解とかけ離れためずらしいものと言える。
(朝日新聞 1974,10,31)

厳しい判断ほしかった関西大助教授 森井 ワ
 大変意外な判決だ。最近の判例の傾向としては違法性を認めていく方向にあるのに、今度の判決は別件逮捕を認めていることに疑問が残る。
(毎日新聞 1974,10,31)

抑制される「自由」中央大教授 渥美東洋
 「目的のために手段を選ばず」との態度は、世間一般で強く批判されている。この論理は捜査や刑事司法にも向けられなければなるまい。
(東京新聞 1974,10,31)