私にとっての国際ボランティア(門岡 淳)
■ 私にとってのベトナム
社内ベンチャービジネス落選者仲間(~-~;)の瀧澤さんがベトナム学校建設プロジェクトを立ち上げたとき、私は無条件に(or 何も考えずに)応援していました。金を出せば済むと思っていたのです。で、ボランティア研修に行きませんか?と誘われた時、初めて「ベトナム」と「ボランティア」の文字を見つめていました。フーム、こりゃ私の新しい展開かもしれないナアと思いました。
ベトナムに行く精神的な障害はなにもありませんでした。なにせ今回はツァーコンダクタ(瀧澤さん)付きですし、飛行機の心配も宿の心配も何もしなくていいのですから私にとってはとっても気楽でした。前日まで明日はベトナムに行くのだという気はまったくしていませんでした。
ベトナムは初めての国ですから、いろいろと驚くことがありました。想像できること、想像できないこと、理解できること、理解できないことがありました。メコンデルタに初めて足を踏み入れて・・・洪水で田は全て水没していました、多くの(半数近く?)の家が床上浸水になっていました・・・いったい政府は、県は、なにをやっているんだ!というのは日本の発想なのでしょう。ここでは何世紀も何十世紀もこういう風景が繰り返されてきたのでしょう。上流から流れてくる土は養分を含んで田んぼを豊かにしてくれているのかもしれません。ホテルに戻る時には、ここはこういう世界なんだと思っていました。
■ 顔の見える国際ボランティア
ボランティアにご協力を!、あなたの寄付が世界の子供たちを救います!・・・に胡散臭さを感じるのは私だけだろうか?。私の寄付はいったいどのように配分されるのだろう?、何に使われるのだろう?。どっかのお役人の私腹を肥やすことはないのだろうか?。どっかの事業団の理事長さんの退職金に化けるのではないだろうか?。
新潟国際ボランティアセンターのアプローチ(方法論)は極めて明確でした。寄付、援助は特定の施設の特定の人間に託されます。実際に会って確認した信用できる(と思われる)○○の○○さんに贈られます。使い道は決められています。学校を作る。孤児院の食費に使う。調査の際には見積もりも示されました。残念ながらベトナムの物価に照らして妥当なものであるかどうかの判断は私にはできませんでしたが。もちろん、フォローアップも行います。施設は使われているか、ちゃんと寄付は有効に活用されているか確認が行われます。
これらの調査、フォローアップにはコストがかかります。でもそれは必要なコストではないでしょうか。そして、フォローアップの時に子供たちの元気な笑顔が見られることを・・・・楽しみにしてます(^-^)。
■ 援助のチェックシートまたは評価基準(評価項目)
というようなものが必要なのでしょう。みなさんが考えるチェックシートとは異なるかもしれませんが。
●成果が生まれる確信をもてること
援助により成果が生じる(無駄金にならない)と確信をもてること。人的、制度的、予算的な成立性が確認できること。●援助対象が具体的かつ明確、唯一であること。
援助の使い道が不明確な組織、地域への援助ではなく、特定の組織の特定の活動、特定の地域の特定の施設に対する援助であること。●援助額が妥当であること
地域の実情、制度的、予算裏付けから妥当な援助額であること。●成果を確認可能であること
現地への訪問、インタビュー、アンケート、データ等のより成果を確認可能であること。できれば成果が定量的に評価できることが望ましい。●評価基準、援助側の価値観が被援助側に理解されていること
以上の評価基準を非援助側が理解していることが望ましい。理解していなくても活動は行えるが、相互理解がなければ、非援助側からの提案も生まれない。