自転車ツーリング再生計画/ツーリングレポート 2001/6/24作成
宮崎県は上椎葉からすこし下ったドライブインでビールを飲みながら,昨日の椎矢峠を思い出していた。想いはさらに15年前に溯る。
1986年9月1日。朝、阿蘇を出発した私は昼頃,放水中の通潤橋に素直に感心し,何も考えず峠の名前すら知らなかった椎矢峠に向かった。宮崎に出る最短コースに見えたのだった、当時の私には。ここが九州一のハードコース,40kmを超えるダートが待っているとも知らずに。20万分の1の地図しか持っていなかったが、ちゃんと読めば峠の標高が1400mを超えていることぐらいわかっただろうに。延々ととめどなく続くダート、途中で引き返す判断もできず,勇気もなく,ようやく,ようやく峠に着いた時,秋の陽はすっかり傾き山の端にかかっていた。焦燥に心急かされて早々に下りだす。あっと言う間に暗闇がまわりを包んでいく。
トラブルがあったら,暗闇の中,パンク修理がちゃんとできるとは思えない。転倒したら、道を間違えたら,林道を踏み外したら。小さなバッテリーランプの光だけを頼りに,長い,長いダートの下り。新月の夜ではなかった、幸いにも。何もトラブルはなかった、幸いにも。でも、それは単に運が良かっただけ。凍え死ぬおそれはなかったのだろうが,こんな余裕のない、一歩間違えば・・・というツーリングをしたことはなかった。後悔の念が身体中に一杯だった。最初の集落,尾前の民宿に飛び込みで泊めてもらった。時刻は9時を過ぎていただろうか、お宿の人もビックリしていた。こんな闖入者を暖かく迎えてくれて本当にありがとう。
そして15年後の昨日,熊本側の内大臣林道のダートに入った時,これは私にとってのリベンジなのかもしれないと思った。新緑萌える道を上っていく。柔らかく力強い春の日差し。生命力あふれる春の色彩と匂いがあふれる。小鳥と渓流がさえずりと水音で掛け合いをしている。キツツキのドラミングがそれに加わる。峠直下の水場で一息いれる。豊かな水は新しい緑を瑞々しく育てている。あたりに新緑のパワーがあふれ輝いている。大自然のなか心は緑に洗われ、リベンジなどという思いはどこかに流れ去った。
椎矢峠(宮崎側から熊本側を見る)峠の上は新緑にはまだ早い。木々の芽は紅く、今萌えなんとしている。峠から見る谷は深い。眼下にこれまで走ってきた道,これから走る道が眼下はるか下に見えている。こうして,生きて,元気で,再び自転車で椎矢峠に立てる幸せをかみしめている。この感謝の祈りを私はだれに捧げればいいのだろう、日本の八百万の神に捧げることにしよう。日本の神は太古からの自然の神々。自転車を司る神はいないが,心寛く,融通のきく,節操のない八百万の神のこと,猿田彦命あたりが「ホウ,そうか!」と気易く受け取ってくれることだろう。おや、ここは天孫降臨のみぎり、猿田彦命が邇邇芸命を出迎えた国じゃないか。
宮崎側は,ずいぶん上まで舗装が上がってきている。美しく流れる渓谷に遊んで,椎葉の里へ。15年前も同じ美しい渓流が流れていたのだろう、暗闇の中では知りようもなかったが。峠から最初の店でビール。フーッ。オオッ、外をキャンピング車がサイドバッグ4つで通りかかる。手を振ると気がついて戻ってきてくれた。なんと、ニューサイクリング2001年3月号に掲載された大牟田の米嶋さん。自転車に乗る人はみんなお友達、さあ,何も言わずに一緒にビールを飲もう。お店で出してもらった季節の若竹が美味しいこと。
米嶋さんの自転車とおや,お昼も過ぎたな,今日は九州ツーリング4日目。昨日会った米嶋さんご推薦の山深い中山峠を越えて西の正倉院のある南郷村に向かおう。
(ニューサイクリング2001年7月号掲載。「2001年5月4日正午、あなたは、どこで、何をしていましたか?」に応募。写真は掲載されていません。)