
てぬさんちのトケイソウ「パープルハーゼ」
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トケイソウPassiflora caelureaは、学名(属名 Passiflora)も英名(Passion flower)も「受難の花」という意味です。
週刊朝日百科『植物の世界』によれば、16世紀に南アメリカに渡ったスペインの宣教師がこの花を見て、次のようにキリストの受難に見立てたからだそうな。
中央で3本に分裂した柱頭がクギ
5本の雄しべの葯が5ヶ所の傷、
棒状の鮮やかな色の副花冠が茨の冠、
花弁状の10枚の花被片が10人の使徒(←なんで10人?^^;)
分枝しない巻きひげが迫害者の鞭
しかしたいがいの日本人はこれを聞いて、宣教師たちの想像力のスゴさにびっくりするのではないでしょうか?(^^;)
てぬさんのBBSでのご発言は、多くの人の気持ちを代弁するものでしょう。(このときのスレッドは、「子供時代に教会の日曜学校に通っていた人はいますか〜?」というものでした。)
【てぬさんのご発言】
み、みえましぇ〜ん。イメージふくらみませ〜ん。
仏教徒だからでしょうか?
私も小さいとき、日曜学校行ってました。
何で行ったのか、何で行かなくなったのか、どちらも覚えてません。
何系の教会かも分かってません。
クリスマスにキリスト誕生の劇を見たこと。
賛美歌の漢字が難しかったこと。
「あめつちこぞりて〜♪かしこみたたえよ〜♪」が今でも歌えること。
これだけでは、トケイソウが受難の花にはみえましぇ〜ん。
すると中世思想原典集成愛好会の大橋さんが、トケイソウの花が拷問グッズになっている強烈な絵を送ってくださいました!
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G. Parkinson,
Paradisi in sole Paradisus terrestris, London 1629, p.394の図
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1650年頃、アウグスブルクで出た「ちらし」
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大橋さんによれば、1993年に、ジョヴァンニ・ポッツィ著『チューリップとトケイソウ(鬱金香と受難花)』という論考が出たそうです。その内容は、「チューリップはさんざん絵画に描かれたが、宗教的・文化的に象徴化されることはなかったのに対し、トケイソウは絵画に描かれることは少なかったが、重い宗教的イメージを背負うことになった」という奇妙な現象を論じたものとのこと。
ちなみに、この「チューリップ(鬱金香)とトケイソウ(受難花)」という論考は、『Sull'ordo del visibile parlare(見るをうべき詞の閾にて)』という論集に収められた一本だそうです。このタイトルは、ダンテの『神曲』煉獄篇10:95に則っているらしく、岩波文庫(山川丙三郎訳)に準拠すると「見るをうべき詞」となるとのこと。そのセンテンスをすべて引用してみると(岩波文庫『神曲』中p.71)
未だ新しき物を見しことなきもの、この見るをうべき詞を造りたまへるなり、こは世にあらざるがゆえに我等に奇し
岩波文庫の『神曲』はめくるたびに頭が痛くなりますが^^;、「見るをうべき詞」というのは、「神の詞によってつくられた被造物」の意味だろう、と大橋さんはおっしゃっております(自力ではわからないσ(^^;))。
この論考の中から、この花が「受難花」とされるに至った事情を抜粋し、大橋さんがイタリア語から日本語に訳して紹介してくださいました。
【『チューリップとトケイソウ』より、大橋さんの訳】
トケイソウはペルー原産の蔓植物で西欧における最初の言及は探検家ピエトロ・ディ
・チェザによる(1556-1560)。(でも何という名でそれを呼んだのか不詳)
これをはじめてキリストの受難のしるしのようなものとして、「どこかキリストの受
難の姿のごとくである[aliquae veluti passionis Christi figurae]」と語ったのが
セヴィリアの医師ニコラ・モナルデス(1574)。
これを、釘、円柱、棒、茨冠、裂傷、ということばを用いて論じたのがイエズス会士
ジュセッペ・ディ・アコスタ(1590)。ただし彼は花のどの部位がどれに相当するのか
については特定していない。
この符合を明示したのがジャコモ・ボシオあるいはボッシの『勝利と栄光の十字架
[La trionfante e gloriosa croce]』(Roma 1610)。この書によってトケイソウの
主題は医学-植物学的論考あるいは歴史-地誌学的報告から教化文学へと場所を譲るこ
とになる。実にアウグスティヌス会、ドメニコ会、イエズス会の宣教師たちが1609年
の春から秋にかけ、それぞれ別個にこの花について論議を繰り広げたことが識られて
いるが、それを総覧した感のあるボッシの上述書の記載を観ると、
形態から
一) それは白色の花冠をもつ
二) その上に細い繊維糸からなる房飾り(花托)があるがこれが鞭をあらわす
三) そこから管状にのびた膨らみ(花柱)がある。つまり鞭打ちの円柱
四) そこから三本の分枝が出ている(柱頭)。つまり釘
五) それに絡んで少々垂れた飾り(おしべ)がとり巻く。つまり茨冠(「冠のように
絡まるその性状よりして、われらの主が戴いたものと同一」)
六) 膨らみの中央に五つの赤い斑点がある。つまり五つの裂傷
七) 葉は槍のかたち、つまり肋に傷をつけた槍
云々とされる。それに蔓植物の一般的性質、開花、結実についての観察が続いている
が、ここには象徴的価値を特定してはいない。
Sed satis, tantam misticitatem in hac planta non aspicio(もう十分。この植物
にそんな神秘のしるしの数々は見当たりはしない)と言うのは、受難花の畸形な図を
載せた書物(『太陽の楽園地上の楽園』1629、ロンドン)を出したジョヴァンニ・パー
キンソン(イギリス王室植物園園丁)。
こうした花解釈、「欺瞞的ミスティフカシオンは、特に眼前に置くまでもなく祈りに
記憶術的精査を加えつつ黙想の順序を配当するために図を用いる黙祷術に遠因があっ
た。そこでは意味はすでに広く流布した五つの裂傷への瞑想のうちで、傷の数々に拷
問具がつけ加えられる形で練りあげられてきたアルマ・クリスティ(受難具)と呼ばれ
る意匠化された図解のうちに先在していた。すでにそこには裂傷と鞭、冠、円柱の組
み合わせについての明確な記述がある。花柱の釘との漠然とした類似も、はじめから
イエズス会の紋にあるキリストの花押(モノグラム)に描かれているものに他ならな
かった。その他も自然観察から演繹されたものではなく、信仰の図式を帰納したもの
である。」(G.ポッツィ、「鬱金香と受難花」)
以上の記述から、トケイソウに受難のイメージが与えられていく過程を年表風にまとめてみると、
探検家ピエトロ・ディ・チェザがはじめてこの植物に言及。
1574年 医師ニコラ・モナルデスが「どこか受難の姿のごとくである」と述べる。
1590年 イエズス会士ジュゼッペ・ディ・アコスタが、釘、円柱、棒、茨冠、裂傷、
ということばを用いて論じた。
1609年 春から秋にかけ、アウグスティヌス会、ドメニコ会、イエズス会の宣教師たち
が個々に議論を展開。
1610年 それを総覧した形で、ジャコモ・ボシオあるいはボッシの
『勝利と栄光の十字架[La trionfante e gloriosa croce]』がローマで出版。
今日でも、トケイソウの象徴的意味について検索するとあれこれの見解が出てくるようですが、なるほどその背景には込み入った議論の歴史がありそうです。
ここでは代表的な見解として、『植物の世界』とボッシの総括を比較しておきましょう。
| 受難花の部分 | 植物の世界 | ボッシ |
| 柱頭(3) | クギ | クギ |
| おしべの葯(5) | 傷 | 茨の冠 |
| 副花冠(びらびら) | 茨の冠 | 鞭 |
| 花被片(10) | 使徒 | |
| まきひげ | 鞭 | |
| 花柱 | | 鞭打ちの円柱 |
| 花柱の赤い斑点(5) | | 傷 |
| 葉 | | 槍 |
また、受難花といえば、バロック・マニエリスムの鑑とされる詩集
『アドーネ(アドニス)』(1623)、ジョヴァンニ・バッティスタ・マリーノの長大
な詩編の一節がよく挙げられるのだそうです。
その詩を大橋さんが訳してくださいましたので、ここにご紹介いたします。「受難花」
という名まえこそ出てこないようですが、明らかにトケイソウを謳っているんですね。
(『アドーネ』第六歌)
[138] 永遠なる至高の創造者の
栄光とその業を語りつつ
夜の帳を覆う諸星辰が
金に輝く文字であると言う者もある。
また地上に大いなる奇蹟あらわれ
美しき葉叢のごとく花弁の開く
花、いや書物、そこに傷ついたイエスは
奇妙なしるしとともにその殉教が著されてある。
[139] 天とそれを著したものとを汝祝福せよ
数々の栄光に浴す聖なる花よ。
王たちが名を挙げる花々も
古の詩神が語るものも遠く及ばぬ。
それが春の野に花咲くを観て
棘と槍と釘を認めぬ者があろうか。
救い主の赤いしるしのうちに
夥しい鞭痕ひらくのを見ぬ者があろうか。
L’ADONE Canto sesto
[138] Disse alcun, ch’a narrar le glorie e l’opre
del sempiterno lor sommo fattore
le stelle, onde la notte il manto copre,
son caratteri d’oro e di splendore.
Or miracol maggior la terra scopre;
quasi bei fogli apre le foglie un fiore,
fiore, anzi libro, ove Gesu’ trafitto
con strane note il suo martirio ha scritto.
[139] Benedicati il cielo e chi lo scrisse,
o sacro fior, che tanta gloria godi,
e i fiori, in cui de’ regi i nomi disse
leggersi antica musa, or piu’ non lodi.
Chi vide mai, che ‘n prato alcun fiorisse
primavera di spine e lance e chiodi?
e che tra mostri al Redentor rubelli
pullulasser co’ fiori i suoi flagelli?
いや〜、「見ぬ者があろうか」と言われると、「やっぱりみえましぇ〜ん」と言いたくなりますが^^;アルマ・クリスティ(受難具)の意匠に慣れ親しんでいるカルチャーの人たちは、「みえます、みえます!」なのでしょうか?
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