オランダのドロッピェ
リコリスの文化史



奇妙な食べ物、ドロッピェの噂

オランダの隠れた名物(?)にドロッピェというものがあると聞いたのは、 出発間際のことでした。なんでもそのドロッピェは、「飴というよりグミの ような食べ物で、黒い塩味のものがベーシック。オランダ人は大好きだが、 オランダ人以外は大嫌いだ……」とのこと。オランダではペットにdropjeと いう名前をつける人も多く、実際dropjeで画像検索すると、イヌや猫やウサ ギなんかが出てきます^^;

なんだか、イギリスのマーマイトみたいだな(マーマイトも黒くて塩味、 イギリス人は好きだが、イギリス人以外はちょっと食べられない代物と言われる。 我が家でも試してみたが、予想通り、全員挫折した。ただし、成分、製法等は、 ドロッピェとはまるで違う)と思いました。

それで、オランダのドロッピェについてさらに少々調べてみたところ、 「アニス飴(orグミ)だ」という話と、「リコリス飴(orグミ)だ」という話があり、 いったいどちらなのかな? と疑問は深まりました。そこで翻訳フォーラムで ドロッピェを話題にしてみたところ、


といった情報を提供していただきました。 (Tanyaさん、nelsonさん、おもこさん、Sakinoさん、ありがとうございます。)


リコリスとは、マメ科の甘草のこと!

さてこの時点で、わたしは大きな勘違いをしていたことに気づきました。 わたしはこのときまで、「リコリス=ユリ科ヒガンバナ属の園芸植物」と思いこんでいたのです(--;)園芸植物であるリコリスの画像は、 たとえばモウズイカさんの特集ページをごらんください。

しかし、植物についてベーシックなことを調べるときにいつもお世話になっている 週刊朝日百科『植物の世界』を見てみたら、な、なんと、ユリ科のほうには薬草 たらの記述はまったくなく、リコリス(甘草) といえばマメ科みたいなんです! Glycyrrhiza glabraほか G. xxxx数種 があがっていました。その説明は、まさに薬用植物の甘草に関するものでした。 ちなみに甘草の属名グリキリザは、ギリシャ語で「甘い根」。グリチルリチンと関係があります。

もう、頭の中でリコリスのイメージがガラガラと音を立てて崩れてしまいました(--;)  マメ科だったとは〜〜 なお、ユリ科のリコリスは、スペルがlycoris。 マメ科のリコリスは、licorice です。 (英語には liquoliceもあり。)

で、そのマメ科のほうの記述によれば、現在日本でも薬用、 甘味料としての甘草を年間数千トンも中国や中央アジアから輸入しているのだそうです。

さてこの時点で、それまでは雑談だったドロッピェとリコリスの話題が大きな 質的転換を迎えます。Sakinoさんの探求心に火がつき、壮大な「リコリスの文化史」 が出現したのです。詳細に記述すれば軽く本一冊分になりそうな内容を、 Sakinoさんがしゃべるスピードでかいつまんでくだしましたので、ご当人の了解のもと、 そのままご紹介いたします。





リコリスの文化史  by Sakinoさん


DELPHICAさん、みなさん、こんにちは

この手の話題になると、とまらなくって^^;。今日のノルマをこなしたので^^;(←思っ たより、はるかに流用できる部分が多かっただけ。といっても、流用前提のペイしかも らえない仕事なんで、要するにオサボリです。)

どうやら、リコリスには、ブドウや小麦やトウガラシなみの文化史があるようですね。 愛読書に「トウガラシの文化史」というものがあるのですが、「リコリスの文化史」と いうものも、十二分に成立しそうです。ということで、アウトラインだけ、しゃべるペ ースで走り書きします。

■前史

植物なのですから、生えていなくては、はじまりません。で、どこに生えているか。こ こでミソなのが、旧地中海世界/小アジアを中心としつつも、ちょっとずつ違うものが 各地に、それこそ北アメリカにまで棲息しているということでしょうか。

で、文献でどこまで辿れるか。手元に何もないので、パパっと検索してみました。検索 ワードは、licorice, Dioscorides。で、とりあえず、 こんなサイト を引っかけました。いわく、 リコリスの利用は、スキタイからギリシャに伝わったが、「甘い根っこ」(Glycyrrhiza) が記録に残るのは、「薬物誌」からとのこと、下記記載部分を、私は、すでにギリシャ ではGlycyrrhizaと呼ばれていたものを記録した、ととりあえず読み取りましたが、邦訳文 なり英訳文なりを見れば、少し事情がわかるかも……。

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The use of the Liquorice plant was first learnt by the Greeks from the Scythians. Theophrastus (third century B.C.), in commenting on the taste of different roots (Hist. Plant. lib. IX. c. 13), instances the sweet Scythian root which grows in the neighbourhood of the Lake Maeotis (Sea of Azov), and is good for asthma, dry cough and all pectoral diseases.

Dioscorides, who names the plant Glyrrhiza (Greek glukos, sweet, and riza, a root), from his description of the plant possibly had in view G. echinata, as well as G. glabra.
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(このサイトには、欧州諸言語でのリコリスの呼び名についても説明されています。)

そして、このあたりから、地中海世界、そしてアラビア世界でのリコリスの使われ方が、 なんとなく浮かび上がってきます。

■地中海と北ヨーロッパの交錯(ニシンとリコリス、あるいはリコリス世界と、アニス・ フェンネル世界との出会い)

ここからは、「世界食物百科」(原書房)に依ります。といっても、スパイスの項目 のところを見当をつけて開いただけですが。で、ありました。ウラトリはしていません ので、ウソかもしれません。ちょっと引用してみます(p559,569)。

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 ギリシア・ローマとアラビアを参考にして考案された当時の健康法の理想は人間の四 種類の要素(または体液ともいう)のバランスを大切にすることだった。アルノー・ド・ ヴィルヌーヴは、「人体の四つの要素を一定に保て」と言っている。この要素とは、冷、 熱、乾、湿の四つの性質である(男は熱乾質で女は冷湿質)。  適切な食生活を送れば気候や天体など外部からの有害な影響を中和することができる。 シエナのアルデブランダンはイタリアのサレルノ学派と同様に食物を冷熱乾湿の四種類に 分類した。
  <中略>
 たっぷりとした香辛料を利かせた豪華な食事の後には、消化を助けるために熱型の香辛 料を提供するのが当時のマナーだった。献立にはたいてい魚が含まれており、その場合は 材料の冷湿性をすかさず中和しなければならなかった。これを中和できるような「スティ プティック(stiptique)」な、つまり収斂性と乾燥性のある食品としては干果物と菓子 類があった。「食卓で楽しく食べた多くのスパイス」はしたがって種子のかたちで供され たはずである。コリアンダー、アニス、フェンネルなどである。<中略>可能な場合は香 辛料を砂糖とともに加熱し、ボンボンヌガーのようなものを作った。ドラジェやプラリネ の先祖である。」
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  注:アルデブランダンについては、アラビアの医学書の影響下にあった人物との説 明が、その前の部分にあります。

ということで、そこはかとなく、ドロッピェがからだによいとされるあたりの背景がチラ チラっと見えてくるような気がしませんか?

というわけで、以上はシエナのはなしですが、やや強引ですが、ここで、ドロッピェの原 形ができたということにしたいと思います。

で、スペインやらイタリアやらアラビアから、なんでオランダに飛ぶのかというところ で、思い至るのは、セファルディのディアスポラです。それだけに帰することはできな いでしょうけれども、時期的にいっても、無視できない要因のように思えます。オランダ +交易という発想から、licorice sephardi という無理線の検索語で検索すると、The Jewish Community of Izmir というページ (Izmirはトルコ)が引っかかり、このコミュニティが、18,19世紀を 通じて、licorice の交易に関わっていたことが書かれています。あまり関係ない可能性 も多分にありますが^^;、往時の交易の広がりがうかがえると読むことも可能かもしれま せん^^;。

で、ここまでで、北ヨーロッパ世界で、リコリスのキャンデーないしグミの原形ができた ということにしたいと思います。

■新世界との交錯(タバコとの出会い、なぜ、少年たちは、リコリスを噛み噛みしながら 、ニっと笑わねばならないのか)

ということで、一挙に地球を半周まわりまして、また、はなしも最初に戻ると、北アメ リカにも、リコリスの一種が生えているというはなしに冒頭で触れてあったと思います。 このリコリスの一種は、当然のこととして、ネイティブ・アメリカンの人たちにも重用 され、サッサフラス(クロモジの類縁)などのように、噛んでパップ薬に用いたという はなしを聴いたことがあります。それと関係あるのかどうかは、まったく不明です が^^;、リコリスは、19世紀のはじめには、タバコ、特に噛みたばこに加えられるよ うになったそうです。(ちなみに、紙巻きタバコは19世紀後半に工業化されるので、 この時点では、まだ無視できる?)。噛みタバコ文化については、ほとんど何も知らな いので^^;、tobacco, licoriceで検索したら、 イリノイ州の1963年の記事 が引っかかってきました。

ここに描かれた、少年たちがペニーを握りしめて街のgeneral storeを訪れ、リコリス・ キャンデーを買って、嬉々として食べている様子、そして、リコリスにつきまとう、ちょ っとワルっぽい雰囲気は、1970年代のはじめごろの豪州で私が見た、学校帰りの milk barでの買い食い風景(そのうち、私も風景の一部になりましたけど^^;)とそっ くりです。そしてもしかすると、ご紹介いただいたハリーポッター第2作での、ロンが ナメクジを吐き出しているシーンにも連なるものがあるのかもしれません。ちょっと長 くなりますが、該当部分を引用します。

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For as long as any of us now alive can remember, children have been able to buy "lickrish" candy with their pennies. In old-time country stores, the general stores in towns and, later, in ice cream parlors, we could buy it in sticks, long flexible whips, jelly beans, gum drops, and hard round jawbreakers. The first chewing gum was spruce gum but in 1850 the Curtis brothers made paraffin wax gums at Portland, Maine, and one of those was named Licorice Lulu.

In those days a great many men chewed tobacco. Youngsters are apt to imitate their elders -- including, surreptitiously, some of the bad habits. Consequently, licorice candies were popular not only because of their distinctive flavor and chewing qualities but also because they made a lot of spit and it was black. There were even square plugs of licorice, with a red disc at the center, imitating two popular brands of plug tobacco identified, respectively, by a tin horseshoe and a tin star.

Nowadays, in addition to the traditional kinds, several other licorice candies are sold in markets, dime stores, candy stores and neighborhood stores near schools: novelties such as licorice pipes, cigars, Halloween mustaches, toffee, et c., etc. Blackjack chewing gum, flavored with licorice, is one of the oldest brands still sold. Smith Brothers Black Cough Drops, containing licorice and anise, are still available in a box with pictures of the two bearded brothers on the cover.
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というわけで、新世界にまでやってきてしまいました。

■20世紀初頭の生産現場から

以上、紀元前4世紀から21世紀まで駆け足で辿ってしまったのですが、なんでこんな ことを考えついてしまったかというと、ひとえに、 このページに採録されたロイド(生薬学者) の1929年の文章(Licorice (picking and processing it in Turkey)、写真も満載) を読んでしまったからです。1906年の旅行の記録をもとに書かれたという、ごくごく短 い文章で、副題に凝縮されているとおりトルコでのリコリスの生産の様子が描かれてい るのですが、リコリスについての、およそあらゆる疑問への手がかりがえられたという 以上に、良質の紀行文を読む楽しみを味わうことができました。居ながらにして一次文 献を読むことができるなんて、まさに夢のようです。関心のある方は、ぜひ、直接読ん でごらんになってください。

なお、ロイドについては、 ここ、および ここ にコンパクトな説明があります。

とんでもなく長い文章につきあっていただいて恐縮です。

◇Sakino◇

Sakinoさん、色彩豊かなリコリスの文化史、みごとなご紹介をありがとうございました。 この記事を十分に租借するためには、ユダヤ人がたどった(たどらされた?)道のりのことや、 食文化の広がりなど、さまざまな背景の理解が必要になりそうですね。

しかしここではごく簡単に、Sakinoさんの記事の流れをかいつんでおきましょう。

もともとリコリスは新旧両世界に生えていたとのこと。 ギリシャへはスキタイから入り、テオプラストス(371?-?287 B.C.)が記載しているが、 この植物に Glycyrrhiza(甘い根っこ)という名前を与えたのは、 ディオスコリデス(c. A.D. 40-c. 90)。これがなまってラテン語では Liquiritia となり、 ここから英語の Liquorice (十三世紀には Lycorysとも)、イタリア語の Regolizia、 ドイツ語の Lacrisse または Lakriz、ウェールズ語の Lacris、 フランス語の Reglisse が生じたとのことです。

「前史」の部分では、スキタイ→ギリシャ・ローマ→アラビア世界、 中世ヨーロッパへと、薬として使われていた様子がうかがえます。

そして17世紀、大規模な貿易が起こります。1580年、スペイン王 フェリペ二世がポルトガルを併合すると、やがてやってくるであろう恐怖政治を逃れようと、 多くのユダヤ人たちがオランダのアムステルダムを目指したのです。これがオランダ 奇跡に奇跡の十七世紀ををもたらす大きな引き金となるわけです(二十世紀、 ナチスドイツのユダヤ人迫害により、アメリカに多くの頭脳、人材が流出したことを 思い出さずにはいられません)。
1600年代のはじめには、アムステルダムにセファラディム(ポルトガル系ユダヤ人) たちの集会所ができます。アムステルダムにはその後、アシュケナジム(東欧系ユダヤ人) も流入してきますが、一般に、貿易に携わって裕福だったセファラディムは、 貧しかったアシュケナジムを見下すという面もあったようです。 (このあたりについては、今回の旅行記中、「アムステルダムとユダヤ人」の項を参照してください。)

また時を同じくして、ヨーロッパ大陸の反対側では、オスマン帝国の比較期寛大な宗教政策の もとで繁栄たユダヤ人コミュニティにも、ポルトガル系ユダヤ人たちが参入し、 リコリスをはじめとする貿易がさかんになったようです。 Sakinoさんの記事のなかには(18世紀の記述ですが)ヨーロッパとの交易品目として リコリスもあがっています。




アニス違い!(^o^;)


この後Sakinoさんの記事は新世界に目を移すわけですが、ともあれ、 「たっぷりとした香辛料を利かせた豪華な食事の後には、消化を助け るために熱型の香辛料を提供するのが当時のマナーだった」 という、 古代ギリシャ、ローマから中世にかけての食生活を、雰囲気だけでも 味わっておきたいのと、ドロッピェを食べてみるまえに、アニスその ものの風味を(リコリスと分離して認識するために)知っておきたい…… というわけで、旅行の出発する前にスーパーでアニスを買ってきて、 そのままに食べてみました。

中華料理などに使うとなかなか強烈な香りで、ほんの少ししか使えませんが、 驚いたことに、そのまま種部分を食べると(堅い部分は手で割り、 つるつるした種を食べる)これがけっこうさわやかでイケルのです。 わたしは一食で、このアニスを全部一人で食べてしまいました。

ところが、「アニス、食べてみました!」と報告したところ、TanyaさんとSakinoさんから、 「それはアニス違いです(--;)」 というご指摘をいただいてしまったのです(^o^;)。

中華に使うこのアニス(正しくはスターアニス)は、八角とも言われ、 シキミ(仏壇に枝をそなえる常緑の木、モクレン科)の実なんだそうです(--;)
【後記 2004.6.6】この件につきまして、BBSでCarlosさんから下記の 注意をいただきました。シキミの実はたいへん毒性の強いものだそうです ので、みなさん、注意してくださいね!
========Carlosさんのご発言========
すみません、本筋からは外れるのですが、重要なことなので… 

八角(スターアニス)は、トウシキミ Illicium verum の実です。 仏壇に枝を供える日本産のシキミ Illicium anisatum は同属で、 実の形もよく似ていますが、有毒で食べることはできません。

八角と同じものだと勘違いして、シキミの実を食べて中毒を 起こしてしまうことがあるそうなので、ご注意下さい。
以下のサイトを参照して下さい。 シキミ(樒) 有毒植物 トウシキミ 。 =========以上=====================
それに対して、今、ドロッピェがらみで話題になっている アニス(アニスシード)は、キャラウェイシード(パンに入っているやつ)や コリアンダー(の種)と同じくセリ科の種なんですね。

そうそう、アニスがセリ科だということは、わたしも知っていたのでした。 それなのに、セリ科のタネにしては少々変だと、なぜ気が付かなかったのでしょう。 八角を食べながら地中海世界に思いを馳せていた わたしって……(--;)マヌケ

そこでさっそく、Sakinoさんに教えていただいたお店で、 アニス・シードと、 ついでに フェンネル・シード を購入してみました。Sakinoさんに教えていただいたのですが、フェンネル(やアニス) は、ヨーロッパでは何世紀ものあいだ、ユダヤ料理と結びつけて考えられてきた 香辛料なのだそうです。

さて、これがその袋です。予想していたものとは異なり (スーパーの香辛料売り場にあるのとは異なり)、 業務用大袋です。

まんなかに置いたボールペンから、だいたい大きさ がわかると思います。


さっそく開封して、まずはアニスから食べてみました。 口に入れて噛んでみると、最初はほんのり甘く……しかしすぐに「ぐぇぇぇ」 という感じになり、口から出してしまいました^^;。

なんというか、むかむかする感じです。 口の中が強烈な味でいっぱいになり、 水でうがいしたぐらいでは取れません。

食中、食後にこんなもの食べたら、お料理が台無しになってしまいそうで すが、慣れれば平気なのでしょうか??


次にフェンネル・シードです。もう口の中がアニスの味でいっぱい なんですが、とりあえず食べてみました。

バカになった舌で感じた限りでは、アニスほど強烈ではない にせよ、やっぱり似たようなお味がして、途中で挫折 してしまいました。

しかし、おかしいなぁ。同じセリ科でも、キャラウェイ・シードは 平気なんですけどね。やはりこれも慣れでしょうか?

少量を煮込み料理に使うならまた別かもしれませんが、ともかく現状では、 わたしには、食中・食後にアニスシードやフェンネルシードを噛むという のは無理みたいです^^;




これがドロッピェだ!

さて、リコリス、アニスと、紆余曲折を経てきましたが(わたしが勝手に勘違いして紆余曲折してるだけとも言えますが^^;)、オランダのドロッピェです。

猫型のと、魚型(塩漬けニシン)のを買ってきました。

まずは魚型に挑戦です。

お味のほうですが、袋を開けたとたん、 醤油のかたまりのような微妙な臭いがぷーんとしてきました。

とにかく、あまりの塩辛さに風味もへったくれもなく、「これじゃ血圧があがっちゃう」とばかり、 すぐに口から出してしまいました^^;

猫形のほうは、しばらく噛んでいたのですが、噛めば噛むほどだんだん気持ちが悪くなってきて (まさしくアニスシードの味!)、ついに挫折してしまいました^^;

人間1は試食を拒否しております。(昔、マーマイトを試食してのけぞった^^;)

魚形のほうについて成分を挙げると(猫形の方にはゼラチンが入っていたりして微妙に違う)、Suiker, glucosestroop, gemodificeerd, zetmeel, melado, salmiakzout, tarwebloem, zoethoutwortelexract(甘草エキス), zout, anijsolie(アニスオイル), melksuikerとなっています。

とにかく、ドロッピェにはリコリスもアニスも入っているのですね。わたしとしては、ドロッピェの独特の 風味は、アニスのものだと思いました。



古代の薬草としてのリコリス by Tanyaさん

さて話をリコリスに戻しまして、Tanyaさんが こんなページを紹介してくださいました。リコリスの図や、猫型ドロッピェの 写真なども掲載されていて非常に興味深いのですが (花、豆、木のそろったわかりやすい図はなかなかないので、ぜひごらんください!)、 残念ながらさっぱり読めないので^^;、 Tanyaさんによる要約を、ご本人の了解を得てそのまま紹介いたします。

リコリスの花、豆、“Suessholz”(甘い木)と呼ばれる元になった、木の枝のような根の 挿絵もあります。

ヘリコバクターピロリ菌をやっつけてくれることが分かった話が 紹介されています(ただし、試験管内の実験)。そもそも、1946年にオランダ人 Revers が胃潰瘍に効くと主張したのですが、当時は作用機序が不明であったとの ことです。いずれ、ヘリコバクターピロリ菌をこれで処置できるようになるかも しれない、そうなるといいな、という話です。

あと、イントロに歴史的なことが書かれていました。

まず、中国漢方で紀元前2800年頃に使われたのが最古。その次に古いのがハンムラビ法典 (紀元前2100年)、次がエジプトで、パピルス・エベル(紀元前1552年)だそうです。

テオフラストスは紀元前4世紀に生まれたわけで、ずっと後ですね。それに、そのときは 胃に良いという話はなかったようで、テオフラストスは“De Historia Plantarum”、 “De Causis Plantarum”に、咳、喘息に効く、あとは喉の渇きを抑えると書いたそうです。

古代ローマでは、Pliniusが“Naturalis Historia”に、空腹と喉の渇きを和らげ、不妊症 に効くと書いたそうです。何で不妊症が出てくるのやら ...? 

そのほか、日本の話も出て きて、8世紀半ばに中国から取り入れられ、60年前から坑アレルギー作用が利用されている という。ホント?か知りませんが、文献として次の論文を挙げられています。
Shibata, S.; A drug over the millennium. "Pharmacognosy, Chemistry and Pharmacology of Licorice", Yakagaku Zasshi 120 (10) 849-62, 2000.

ディオスコリデス(紀元後1世紀)は、リコリス汁が胸焼け、声の嗄れに効く、 リコリスをクリーム状にしたものは傷口に塗るとよいと書いた、とだけ出ていて、それ 以上に特別視はされていません。

また、スキタイ人の話も出てきますが、それは、喉の渇きを抑える作用に関するもので、 スキタイ人は、大荒野を横切るとき、水分なしでチーズとリコリスだけで11日から12日も 旅をしたという話を引用しているだけです。引用文献は↓だそうですが、家にはない本で 確認できません。
Menssen, H. G. “Phytotherapeutische Welt”, PMI-Verlag, Frankfurt am Main, 280-283, 1983.

スキタイ人は確かに黒海沿岸のギリシャ植民市と接触があったのですが、何もそんな 遠くからもらって来なくても、アテネからならイズミル(スミルナ)のほうがずっと 近いではないか?と、これまたリコリス自体がスキタイからギリシャへ伝わったという話に 疑念が湧きます。リコリスの別の使い方は前からあったが、喉の渇きに効くという話に、 スキタイ人が荒野を水分ナシで横切る話が出てくるだけなのかも知れないなどと疑って しまいます。これも未解決の問題です。

このほか、アラブでは、月経困難症、喉の渇きを抑えるのに使うとあります。


Tanyaさん、簡明なまとめをありがとうございました。ううむ、やはり中国やメソポタミア でも使われていたようですね。テオプラストスよりはるか以前にまで リコリスの世界が広がりました。

また、「リコリス、治療」ぐらいのキーワードで検索してみると、 今日、リコリスには実にさまざまな効能があるのではないかと 言われていることがわかります。今後の研究成果が楽しみですね。




ブルージュのリコリス

リコリスの主成分であるグリチルリチンは、砂糖の50倍もの甘みがあるそうです。 古代から、甘味料としてはとてもありがたいものだったのでしょうね。

さて、左の写真は、ブルージュのホテルの受付で「ご自由にお取り下さい」として 置いてあった「リコリス」です。包装紙には、各国の言葉で「リコリス」と 書いてあります。

ドロッピェとはまるで異なり(色は同じく黒だが)、こちらは非常に甘ったるい ヌガーとなっております。風味もなにも、わたしにはひたすら甘いお菓子に思えました。






ドロッピェにはじまる旅の終わり
そして終わりは始まり……

オランダ名物のドロッピェ、ブルージュで手に入れたリコリス、そして八角^^;、 アニスシード、フェンネルシード……さまざまな味と香りを経験し、地中海世界 やユダヤ世界、そして古代中国やメソポタミアまで、思いもよらないハーブと歴史の 旅となりました。さまざまな疑問や、まだわからない点もたくさん生まれ、広い 世界に窓が開かれたような気がします。

貴重なお話を聞かせてくださったみなさん、情報を寄せてくださったみなさん、 ほんとうにありがとうございました。



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