大仏参拝の基礎知識

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大仏JAPAN」なる新サイトを立ち上げました。現在ご覧頂いているこのページは更新を停止し、今後は「大仏JAPAN」にて更新を行っていきます。このページと同様のページも、すでに移設して更新を行っていっています。
 今後は、「大仏JAPAN」にて大仏・大観音・巨像関連コンテンツを扱っていきますので、よろしくお願いいたします。リンクのほうも、必要に応じて差し替えて頂ければと思います。

大仏JAPAN


大仏・大観音やいわゆる珍寺を回る際に知っておくとイイかもしんない知識を、ちとメモっときます。同じモノでも宗派によって解釈が違ったりすることとか色々あるとは思いますが、まぁ、そこらへんは臨機応変で…(^^;)。
なお、管理人は宗教的には中立…というか、たんなるバチ当たり野郎ってゆうか、ただの無知なヤツなので、そこらへんは生暖かい目で見守りつつ、間違い等にはツッコミを頂けるとありがたいです。

【 仏の種類 】
どの立場からどのように解釈するかで変わったりもするようですが、いちおう、仏は四つのグループに分けることができます。「如来」「菩薩」「明王」「天」の四つです。


【 如来 】
悟りを開いた者。最高位の仏。髪は螺髪(らほつ)で、いわゆる仏の三十二相を備える。

■釈迦如来(しゃかにょらい)
生まれた途端、「天上天下唯我独尊」と言ったとか言わなかったとかいう実在の人物だったが、仏教の開祖として神格化される。
→主な釈迦如来像:南蔵院涅槃仏(福岡県)

■阿弥陀如来(あみだにょらい)
浄土宗や浄土真宗で重視される。西方の極楽浄土の教主。「南無阿弥陀仏」と唱えれば、阿弥陀如来が極楽浄土にお連れしてくださるってカンジ。

■薬師如来(やくしにょらい)
病気平癒のご利益があるとされる。東方の瑠璃光世界の教主。如来の中で唯一(例外はあるにせよ)、手に物(薬壺など)を持っていることがある。
主な薬師如来像:布袋大仏(愛知)

■毘盧舎那如来(びるしゃなにょらい)
略して、盧舎那仏(るしゃなぶつ)とも呼ばれる。仏教世界の中心にいるとされる如来。
→主な毘盧舎那如来像:奈良大仏(奈良)、愛子大仏(宮城)

■大日如来(だいにちにょらい)
毘盧舎那如来が密教で発展した如来。釈迦如来・明王・菩薩などは、全て大日如来の化身とされる。胎蔵界と金剛界の二つの大日如来がある。胎蔵界の大日如来は世界を包む慈悲を表し、法界定印を結ぶ。金剛界の大日如来は智慧と強さを表し、智拳印を結ぶ。


【 菩薩 】
悟りを求めて修行している者。如来の慈悲を実践し、衆生を救う。

■三十三観音(さんじゅうさんかんのん)
元々は古代インドのリグヴェーダより。仏教で須弥山には三十三の天がいるとされる。それらのハナシが、江戸時代に「法華経」で三十三観音として成立。人々の祈りに応じて観世音菩薩が姿を変えて現れる応現神。

楊柳観音(ようりゅう)、竜頭観音(りゅうず)、持経観音(じきょう)、円光観音(えんこう)、遊戯観音(ゆうぎ)、白衣観音(はくえ)、蓮臥観音(れんが)、滝見観音(たきみ)、施薬観音(せやく)、魚藍観音(ぎょらん)、徳王観音(とくおう)、水月観音(すいてつ)、一葉観音(いちよう)、青頸観音(しょうきょう)、威徳観音(いとく)、延命観音(えんめい)、衆宝観音(しゅうほう)、岩戸観音(いわと)、能静観音(のうじょう)、阿耨観音(あのく)、阿摩提観音(あまだい)、葉衣観音(ようえ)、瑠璃観音(るり)、多羅尊観音(たらそん)、蛤蜊観音(こうり)、六時観音(ろくじ)、普悲観音(ふひ)、馬郎婦観音(めろうふ)、合掌観音(がっしょう)、一如観音(いちにょ)、不二観音(ふに)、持蓮観音(じれん)、灑水観音(しゃすい)


【 マメ知識 】

■神仏分離(しんぶつぶんり)
仏教伝来後、日本では古来の神々と仏教が共存する神仏習合・神仏混淆の状態が続いていた。それを明確に区別分離する動きのこと。後の廃仏毀釈へとつながっていった(神仏分離令)。
ここらへん、あまり突っ込んで書いていくとアレなのですが、あえてちょっと書いておくと、靖国神社や護国神社なんかのように"明治政府が政策として新しく作った神社"なんかとも関わってくるハナシなワケです。被爆クスノキや一本足鳥居で知られる長崎の山王神社や、兵庫県の妙見山の名草神社なんかは、神仏分離のドサクサで生まれたものとも言われています(どちらも、元々あった寺をつぶすことで誕生した明治生まれの神社)。

■廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)
明治政府により行われた政策。神仏混沌とした神社や寺の体制を改め、神社(神道)を中心とした国家統合を進めるために行われた。1868年(明治1)年頃から色々な通達が出され始め、経文・仏具を焼いたり、仏像を壊したり、廃寺しちゃったりというコトが断行された。僧侶は還俗するか神職となるかを選ばされたりもした。鹿児島とかみたいに、政府高官を輩出してるトコだとヒドかったんだとか。さすがに民衆の反対もあり、1871(明治4)年頃には廃仏毀釈は断念された(とはいえ、上述の名草神社の前身である日光院を神社にする通達が出されたのは明治9年のこと)。
二度とこんなことが起こらないよう、まったりしっかりアレしましょう。

■四方仏(しほうぶつ)
東西南北を司る仏。それぞれ、東は現在仏である薬師如来、西は同じく現在仏の阿弥陀如来、南は過去仏の釈迦如来、北は未来仏の弥勒菩薩が治めている。

■珍寺(ちんでら)
「珍寺大道場」でおなじみとなった概念。一風変わったお寺を表現するためなどに用いられるが、対象に対する親近感と畏敬の念を同時に表現できる奥の深いコトバである。みうらじゅん氏らが仏像を「ブツ」と呼んだり、仏師を「アーティスト」と呼ぶのに似ているかもしれない。


【 霊場 】

■四国八十八ヶ所霊場
所在地:香川県・愛媛県・徳島県・高知県
弘法大師が開いた霊場を、弟子がめぐったのが始まりとされる。人間の88の煩悩が、88の霊場をまわることで消えるとされる。「同行二人」と言い、弘法大師と共に歩く旅とされる。88ヶ所で納経し満願した後は、高野山奥の院(弘法大師が入定している)に報告に行く。
全国には「新四国八十八ヶ所霊場」なる霊場が点在している。また、さらにミニ版として、八十八ヶ所の砂などを集め、一箇所で霊場めぐりができるアトラクションもあり、珍寺系に限らず、多くの寺などにもけっこう設置されている。
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■四国別格二十霊場(番外二十番札所)
弘法大師が開いた霊場をめぐるもの。正しくものを見ること(正見)を妨げる「百八煩悩消滅」を主旨とする。各寺で一つずつ授与される「念珠玉」を集めると、「除災招福念珠」を作ることができる。
四国別格二十霊場ガイドブック

■篠栗八十八ヶ所霊場
所在地:福岡県
「小豆島新四国」「知多新四国」と共に、「日本三大新四国」とされる。JR篠栗線篠栗駅・山手駅・城戸南蔵院沿線にある霊場。1835年(天保6)年に尼僧慈忍が四国八十八ヶ所の帰路に立ち寄ったことが起源。城戸南蔵院の40m涅槃仏を筆頭に、巨像も多くあなどれない霊場。
篠栗八十八カ所霊場めぐり改訂版

■西国三十三観音霊場
およそ1300年前、徳道上人によって作られる。西暦988年、熊野権現より観音霊場の再興を伝えられた花山法皇が、霊場の1番を那智山と定め復興する。
西国三十三カ所こころの旅

■七福神霊場
所在地:全国各地
七福神信仰は、江戸幕府を開いた徳川家康が天海僧正の教えを受け、人心安定のために世に広めたとされる。


【 参拝のマナー 】
自分自身への戒めの意味も込めて、いちおう書いておきたいと思います。

■あくまでも紳士に
僕のように神も仏も信じていない人間にとって(この点に関してツッコミ不可^^;)、珍寺・大観音等は、滑稽にしか思えないことが多々あります。そこに注がれた努力・精神の片鱗を見て、少なからぬ感銘を受けることも無いではありませんが、それを勘定に入れても、やはりヘンなモノはヘンだったりもします(汗)。しかし、だからといって、「何コレ、おっかしー(爆笑)」みたいな態度ではしゃぎ回るのは避けたいものです。管理している方がいれば挨拶をし、節度ある参拝を心がけましょう。そこが正式なお寺や神社でなくとも(爆)、あくまでも「参拝」という姿勢で臨むことは必要だと思います。

■対価
入場料・拝観料等は当然支払わねばなりません。お賽銭だとか販売品等の購入は、その施設の運営母体に対する個々人の信条もあるでしょうから、必ずしも必須とはならないでしょう。でも、まぁ、そんなに危険そうでないトコロならば、多少の対価を支払うことも検討したいものです。いわゆる「いやげもの」をゲットすることも出来たりしますし(爆)。

■撮影
「撮影禁止」の場合もありますので、その点は守りましょう。ただ、歴史の闇に葬られそうなマイナーなスポットや像の常として、"資料が残っていない"って現状があります。撮影禁止の場所でも、頼めば何とかなることもあるかもしれませんので、可能な努力は惜しまず、後世に(大げさですが^^;)出来る限り映像を残しておきましょう。
余談ですが、写真撮影の際には、"周りの余計なモノ"を構図に入れて撮影しておくことをオススメします。"良い写真の撮り方"のセオリーは外してしまうワケですが、のちのちの資料としては有用になります(施設の配置や大きさの記録になる)。もちろん、"良い写真"は別にちゃんと撮っておきませう♪

■何事にも先達はあらまほしきものなり
マナーの話から外れますが、スポットを訪れる前の下調べの重要さについても書いておきます。いちおうマナーとからめておくと…下調べをキチンとしておくことで、思いがけない入場料をとられてガッカリしたり、駐車場の場所が分からなくて困ったりといった事態を防ぐことが出来ます。
下調べをせずに珍寺や巨像を訪れた場合、メインの像以外に興味深いモノがあったりしても、それを見逃してしまうことが多々あります。また、訪れた先が広大なスポットだったり、時間が限られている場合、"何を見るか"の優先順位を決めにくくなります。映画や小説なんかと同じで、あらかじめ何があるか知っていると楽しみが半減しちゃうというよ〜という方も多いとは思います。しかし心配しなくても、大抵のスポットは実際に訪れてみると、前評判以上の楽しさを提供してくれますよん(笑)。
下調べをキチンとしておくと、多くのスポットを効率良く回れますし、有名な観光地やグルメ関係も満喫できます。ネット上には数々の強力な先達がいますので、Googleや珍スポ・旅関連のサイトなどで夜襲復讐に励んでください。


【 仏師 】
ここでは、基本的に大仏・大観音の原型を製作された方を紹介させて頂きます。

■高村光雲(たかむらこううん)Koun Takamura
1852(嘉永5)年2月18日生まれ 1934(昭和9)10月10日逝去
出身地:現在東京
彫刻家。仏師高村東雲の弟子。本名中島幸吉。1874年に師に認められ、高村光雲を名乗る。詩人高村光太郎の父。廃仏毀釈で衰退していた伝統の木彫を、西洋美術の写実性を取り入れ、近代彫刻として再生。
主な作品:楠木正成像(皇居前広場)、西郷隆盛像(上野公園)
参考:「佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし」1885年(明治15年)上野佐竹原にて。高さ15m
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■山崎朝雲(やまざきちょううん)Choun Yamazaki
1867(慶応3)年生まれ 1954(昭和29)年逝去
出身地:博多櫛田前町
高村光雲の弟子。多くの優秀な弟子を育てた。
主な作品:亀山上皇像(福岡)、霊山観音(京都)
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■入江爲義
彫刻家。山崎朝雲の弟子。山崎朝雲は高村光雲の弟子。
主な作品:別府大仏(大分)
参考:珍寺大道場/別府大仏

■竹内久一(たけのうちひさかず)Hisakazu Takenouchi (「きゅういち」は通称らしいです)
1857(安政4)年生まれ 1916(大正5)年逝去
彫刻家。高村光雲とならび近代彫刻史上に名を留める。堀内龍仙、川本州楽の弟子となり象牙彫刻を学んだ後、木彫刻の道へ。1888(明治21)年、東京美術学校(現東京芸術大学)に勤め、1891(明治24)年教授となる。
主な作品:旧堺水族館龍神像(→現在の堺の龍女神像はこれを再現したもの)、銅造日蓮聖人立像(福岡)

■長田晴山(ながたせいざん)Seizan Nagata
大正9年生まれ
出身地:兵庫県姫路市
大仏師。昭和56年、総本山仁和寺・総本山金剛華寺(阿含宗)より、「大仏師」の称号を授与される。
主な作品:長崎平和大観音、北海道大観音、名古屋大仏、京都大仏(阿含宗総本山金剛華寺)、鎮西地蔵寺大観音(?)、高岡大観音(?)
参考:晴山・晴鳳オフィシャルサイト
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■長田晴鳳(ながたせいほう)Seihou Nagata
昭和32年生まれ
出身地:兵庫県姫路市
仏師・彫刻家。大仏師長田晴山の息子。父と共に数百の原形製作にたずさわる。将来の"大仏"師かも?
楽天市場には晴山・晴鳳の作品を買えるショップがある→美術仏像プロショップ

■日野金丸王
出身地:現在の岐阜県岐阜市
若年ながら行基に見出され、奈良大仏建立にあたる。奈良の大仏をデザインした。手塚治虫火の鳥」の名編"鳳凰編"の茜丸のモデル? 752年の開眼供養の際、聖武天皇から「金銅獅子唐草文鉢」を賜ったとされる。
参考:奈良の大仏をデザインしたのは岐阜県人!!

■中野双山(中野雙山)(なかのそうざん)Souzan Nakano
高岡工芸学校卒業の高岡市郷土の彫刻家。高岡大仏の原型師。27歳の時に依頼を受け、大仏再建に力を尽くす。
主な作品:高岡大仏(富山)

■高田又四郎
仏師。
主な作品:旧博多大仏
参考:最後の博多仏師-高田又四郎-

■藤島茂
横須賀の彫刻家。昭和40年頃鷹取山に大仏を作る。

■森村酉三
出身地:伊勢崎
彫刻家。
主な作品:高崎白衣大観音(群馬)

■鏡恒夫(かがみつねお)Tsuneo Kagami
松戸市の彫刻家・仏師。
主な作品:久留米慈母大観音(福岡県)、玄武山普濟寺本尊聖観世音菩薩坐像

■飛田朝次郎
彫刻家。
主な作品:宇都宮観音(大谷観音?)

■北村西望(きたむらせいぼう)Seibou Kitamura
明治17年12月16日生まれ。明治45年東京美術学校彫刻科卒業。昭和62年3月4日逝去。享年104才。
出身地:長崎県南高来郡南有馬村
彫刻家。
主な作品:長崎平和記念像(長崎)、平和観世音菩薩像(広島)
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■松本明慶(まつもとみょうけい)Myokei Matsumoto
1945年 京都市生まれ
1962年 京仏師野崎宗慶師に弟子入り
1991年 浄土宗総本山知恩院より「大仏師」の号を受ける
仏師。運慶や快慶の流れを組む「慶派」を継承(?)。
主な作品:最福寺弁財天(鹿児島)、福王寺不動明王(広島)、極楽寺大仏(広島)
参考書籍:慈(ITSUKUSHIMI)―大佛師松本明慶作品集炎の佛師松本明慶

■安藤照
1892(明治25)年生まれ 1945(昭和20)年逝去
出身地:鹿児島
彫刻家。1915年上京、武石弘三郎に塑像を学ぶ。1917年東京美術学校(現東京芸術大学)入学。
主な作品:西郷隆盛像(鹿児島城山)、渋谷ハチ公銅像(初代)。秋田県大館駅前の像も氏の原型を利用

■西村公朝(にしむらこうちょう)Koucho Nisimura
1915年生まれ 2003(平成15)年12月2日逝去
出身地:大阪
京都の愛宕念仏寺の住職かつ大佛師。また、東京芸術大学名誉教授や吹田市立博物館館長も勤めた。
主な作品:兵庫大仏(兵庫)
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■阿部正基
彫刻家
主な作品:生月大魚藍観音(長崎)




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