B級抹茶の歴史

 このページでは主観的な観点からここ数年のB級抹茶の歴史を振り返ってみたいと思います。当初は抹茶を体系的に考察するページにする予定でしたが、面倒くさくなったので年表というかたちでお茶を濁したいと思います。そのうち各年の発売商品も掲載したいと思います。

1991年

  • 抹茶堂支配人初めて抹茶ミルクという飲み物に出会う。→伊藤園最高伝説の始まり。

1992年

  • 伊藤園「抹茶オレ」発売→個人的には最高だったが120円という高さ(当時の缶ジュースは100円)のせいでえらい不人気。抹茶研究家K上村氏にさえ一度しか目撃されていない。

1994年

  • 伊藤園「抹茶とミルク」発売。→大方の予想通り短命に終わったが、市内一部のコンビニにおいて細々と生き延びていたという情報もある。

1995年

  • ブルボン「春の抹茶祭り」開催→エリーゼなど同社の主力商品に次々と抹茶味を投入。大抹茶ブームの到来を予感させたがやはりそんなものはこなかった。夏にはどの商品も店頭から姿を消していた。なお同社の名誉のためにもブルボンの各商品がかなりいけていたことは特に明記しておく必要があろう。
  • なおこの「ブルボン抹茶祭り」を第2次抹茶ブームととらえる学説も存在している。

1996年

  • この年伊藤園が新しい抹茶ドリンクを発売したという噂が流れた。抹茶研究家K上村氏の数ヶ月に及ぶ捜索にもかかわらず、それはツチノコのように結局発見されることはなかった。抹茶学会では今でもこの問題に関して結論が出されていない。

1997年

  • 森永「ハイソフト抹茶ミルク味」発売。まったく売れている気配はないのだが、なぜか現在でもときどき見かける。→これを指して「ハイソフトの奇跡」という。
  • 明治「きのこの山」にビッグサイズ限定で抹茶味発売。ただでさえ抹茶味などあまり売れないのに高価なビッグサイズが売れるはずもなくあっさり消滅。→「きのこの山の屈辱」という。
  • ダイドー「抹茶オレ」発売。新しい時代の到来を予感させる。
  • 伊藤園「プチ抹茶」(タブレット)発売。激マズ→伊藤園最高伝説のかげり。

1998年

  • サントリーカクテルバーシリーズに「グリーンティー」を追加。今世紀最大の不味さ。これが同社の勘違いによるものか、怖いものみたさの客を狙った確信犯なのかは研究者の間でも意見が割れている。
  • ダイドー「抹茶ウォーター」「冷抹茶」相次いで発売。ダイドー黄金時代の完成かとおもいきや、ふざけんなこの野郎の激マズ。→「ダイドー一族の滅亡」
  • 伊藤園「抹茶みどり」発売→伊藤園の復興(ルネサンス)
  • グリコ「コロン」、明治「アポロ」などに地方限定で抹茶味が登場→地方分権制度の確立
  • ハーゲンダッツ抹茶味がテレビCMになる。抹茶商品が単独でCMになったのはおそらく初めて。この年日本のワールドカップ出場と並んで国民の悲願が達成された。

1999年

  • サンガリア「抹茶ミルク」発売→抹茶ミルクとしては初のペットボトルでの発売。
  • 森永「抹茶ミルクサブレ」発売→抹茶界初のキャラクター商品。ミッキーマウスをデザインしたそれは果たして明日の抹茶ワールドを開くことができるだろうか。