私は何故、制限の多く危険も多い水に潜るのだろう?
私は何故、水中に重い機材を持ちこんで写真を撮るのだろう?
海は色々な表情を見せてくれる。同じ場所に潜っても同じ
生物が居るとは限らないし条件も様々で飽きる事は無い。
それだけにその一瞬を切り取っておきたいのかもしれない。
写真は便利である。百聞は一見にしかずと言う言葉がある
ようにどんな詳しい説明よりも、判りやすく水中の世界を
説明できる。
写真は狩である。
しかも、対象物を直接傷つける事は少ない狩である。
猛獣を撃ち殺したハンターが獲物を剥製にして飾るのと同じ
ように撮った写真を自慢したいのかもしれない。しかも写真
では相手を殺す事は無い。
写真はコレクションもできる。この科の魚を全部そろえたい
と野望を持つものも少なくないであろう
写真は記録である。写真が残っていれば、言葉で伝えるより
よほどの確立で種の同定までできてしまう。学術データにも
使える。
写真は芸術でも有る。美しく切り取った自然の場面は時に人
を癒し、元気の元になってもくれる。
写真は目標でも有る。上手くなりたい、綺麗な写真が撮りたい、
人を感動させたい、こんな魚のこんなシーンが撮りたい。。。
目標があるから上達する、潜る、考える。そして、私はまた海
に向かいたくなるのだ。
ps.写真は暴力にもなりうる。
周囲や環境への配慮が足りないカメラマンの為に荒廃する海を
見たことが有る。写真が写すのは全てではなく一面でしかない。
説明によっては容易に嘘をつくこともできる。
独占欲のあまり被写体を独占する人も居る。視野が狭くなるの
で危険が増す事が有る。珍しい被写体を求めて無謀な冒険を試
みたくなることだってある。
これらの事を忘れずに、心にとめておこうと思う
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