●●●● マッターホルン ヘルンリ稜 登頂記 ●●●●


2002年7月末、家族旅行のついでにヨーロッパ・アルプスのマッターホルンを登って
きました。“ついで”なので、ガイドを伴っての登山でした。


○登山概要

    山  域: ヨーロッパ・アルプス
    山  名: マッターホルン(標高4478m)
    ルート名: ヘルンリ稜
    山行形態: 岩尾根(一部雪田)/マンツーマンガイド付き山行
    日  程: 2002年7月30日

○行動記録

     3:45 ヘルンリ小屋を出発
     5:45 モズレイ小屋を通過
     6:15 肩の雪田下部にてアイゼン装着
     6:45 登頂
    11:05 ヘルンリ小屋に下山

○日程概要

    7月21日(日):成田→アムステルダム(乗換)→チューリッヒ(1泊)
    7月22日(月):チューリッヒ→グリンデルワルト(5泊)
    7月27日(土):グリンデルワルト→ツェルマット(5泊)

      27日(土)夕方: 登山センターにて調整
      28日(日)午前: リッフェルホルン登攀(トレーニング用登山)
      29日(月)午後: ヘルンリ小屋入り
      30日(火)午前: マッターホルン登山

    8月 1日(木):ツェルマット→チューリッヒ(1泊)
    8月 2日(金):チューリッヒ→アムステルダム(乗換)→(機中泊)
    8月 3日(土):→成田

○メンバー

    登山者氏名: 砂沢敏彦(銀座山の会所属)(本記録作成者)
    山岳ガイド: イボン(ツェルマットの登山センターの手配によるもの)


今後、ガイドを伴ってマッターホルンを登る方のために、本体験を記録し、公開しておき
ます。なお、写真は、ほとんど撮りませんでしたし良いものもありませんでしたので、こ
の報告には掲載していません。写真は、本記録の最後に一覧した他の方の登山記録のペー
ジに多数掲載されていますので、そちらをご参照ください。

なお、私は、恥ずかしながら、英語をほとんど話せないですし、聞きとることもできませ
ん。ただし、中学生レベルの読み書きは可能です。もちろん、英語以外の外国語も分かり
ません。そのような私がツアー会社等に頼ることなく、マッターホルンのガイドを自力で
雇い、ガイドと共にマッターホルンを登ったのですから、基本的な体力と登山技術さえあ
れば、日本で調査をし予約を行って行けば、大抵の方は語学力のことを心配しなくても、
比較的安い費用で、天候が許せば、マッターホルンの登頂が可能だと思います。なお、英
語が使えれば、マッターホルン登山に関係するほとんどの領域において通じますので、日
本でガイドを雇って槍ヶ岳を登山する程度の気楽さで準備と登山ができるでしょう。

ただし、現地のルール等は時と共に変りますので、この記録の鮮度が古くなっている場合
は、その旨勘案し、他の資料と併せてご活用ください。本報告の最後に、準備するにあた
って参考にさせていただいた他の方の登山記録のWebページを一覧しましたが、すでに
今夏とは状況の異なることもありました。

この報告が参考になる事があれば、幸いに思います。


●マッターホルン登山を行うことになった経緯

2002年5月半ば、今年の夏の家族旅行は、大奮発して、“スイスのグリンデルワルト
に10泊”が決まった。しばらくして、グリンデルワルトの近くに、マッターホルンとい
う私に“登ってもいいな”と思わせる山があることに気が付いた。調べてみると、マッタ
ーホルンの最寄の町はツェルマットで、グリンデルワルトから電車で4時間ほどの距離だ
った。

妻に、“グリンデルワルト10泊”を“グリンデルワルト5泊+ツェルマット5泊”に変
更し、かつ、ツェルマット滞在中の数日間、(家族を置いて)私一人がマッターホルンを
登りに行く計画を相談したところ、快く承諾してくれた。

それに伴い、新たな計画で調整を開始し、家族旅行の準備と並行して私のマッターホルン
登山の準備が開始された。

マッターホルン登山をガイド付きの登山にすることは、この計画の最初から決めたことだ
った。家族旅行中の登山なので、家族に無用な心配をさせるわけには行かないし、家族旅
行の調整(日本では私が旅行会社のプランナー役、スイスでは私が旅行の添乗員役)のた
めに精神的な集中度も欠くだろうと思ってのことである。


●出発前の準備開始

5月下旬、マッターホルン登山の経験がある所属山岳会の会員数人に、マッターホルン登
山とツェルマットの宿泊等に関した情報が欲しい旨、メールを打つ。すぐに基本的情報の
提供があり、これから詳細を調査するために必要な基礎知識を身に付けた。

同時に、インターネット上の記録を検索し、以降、出発までに、本報告の最後に一覧した
ような登山記録の調査を継続し、必要な情報を入手した。

所属山岳会の会員からマッターホルンを登るためのガイドの予約はなるべく早く行ってお
くように、というアドバイスを貰っていたが、航空券の都合で出発ギリギリまで本当にマ
ッターホルン登山を行えるかどうか分からず(理由は後述)、本当に登るんだと決めてガ
イドの予約手続きを開始したのは、出国の5日前、登山希望日の13日前だった。


●出発前のガイドの予約

7月16日(火)の夜、ツェルマットの登山センターに、7月29日(月)にマッターホ
ルンを登るためのガイドの予約を依頼する文書を、メールとFAXの両方で送った。送り
先などは、後述の登山センターのWebサイトのアドレスに記載されている。

7月17日(水)の夕、登山センターから、「マッターホルン登山」という日本語の文書
が自宅のFAXに届いた。内容は、
http://www.zermattonline.ch/alpincenter/e/Download_E.htm
のページに保管されている
   Matterhorn         The ascent of the Matterhorn (Details) 
の邦訳文だった。もちろん、登山センターのWeb記載内容とその資料は調査済みであり、
この文書がなぜFAXされてきたのか、そのときは意味が分からなかった。

7月17日(水)の夜、登山センターからメールが届いた。内容は、マッターホルンの登
山ガイドを予約するためには必ずトレーニング用登山が必要なのでFAXで送った文書に
記載されている4つのトレーニング用登山の内のいずれかの予約を申し込むように、とい
うものだった。

文書「The ascent of the Matterhorn(マッターホルン登山)」の重要部分が以下である。

(英文)
  In order for us to consider your request to climb the Matterhorn, you must be 
  able to prove participation in a compulsory training climb with one of our 
  mountain guides. This serves as a final preparation and test for climbing the 
  Matterhorn, depending on your existing ability and condition.

(FAXされてきた邦文)
  お客様のマッターホルン登頂可否を私達が判断するには、山岳ガイドとトレーニング用
  登山に参加されることが必要になります。これが最終的な準備登山でありマッターホル
  ン登山のテストとなります。

マッターホルンのガイドを雇う場合、登山センターが従来から高所順応などを理由に周辺
の高山をガイドを伴って登山することを勧めていたことは承知していたが、まさか、それ
が英語の文言どおり必須事項になっていたとは知らなかった。

7月17日(水)の深夜、私は、家族旅行中の登山なので家族と離れる時間を短くしたい
こと、登山経験は豊富であること、したがってトレーニング用登山を行わないままマッタ
ーホルンのガイドの予約を希望する、という内容を書いたメールを送った。

7月20日(土)の夕方、登山センターから、それでもトレーニング用登山が必要なので
予約を申し込むように、というメールが届いた。

7月20日(土)の夜、私は、(4つのトレーニング用登山で一番時間が短い)リッフェ
ルホルン登攀を選ぶこと、明日は出国なのでもうメールは読めないこと、7月27日(土)
にツェルマット入りするのでその夕方に登山センターを訪問し相談すること、を書いたメ
ールを送った。


●出国とツェルマット入り

7月21日(日)の早朝、家族4人でスイスに向かって自宅を出発し、成田からアムステ
ルダム経由でチューリッヒ入りした。

翌日(22日)、ルチェルン経由でグリンデルワルト入りし、その間はパノラマ特急ルー
トの車窓の美しさを堪能した。それから5日間、グリンデルワルトに滞在し、ユングフラ
ウ山域の素晴らしい景色が楽しめるハイキングや峠のバスツアーを家族と一緒に楽しんだ。

5日後の27日(土)、青空に映えるアイガー北壁に別れを告げ、グリンデルワルトを出
発した。その日の13時頃、とうとう、マッターホルンのツェルマットに着いた。ツェル
マットの町から見えるマッターホルンは、想像していたよりもずっと大きく、とても驚い
た。本当に、この町を見守っている巨人のように見えた。

ツェルマットに着いたあと、アパートメントに行って部屋を確認したあと、急いで(家族
揃って)COOPに買い物に行く。今日が土曜のため、16時までしか営業しないためだ。
家族旅行あってのマッターホルン登山であり、マッターホルンのことばかりは考えていら
れない。


●ツェルマットでの登山調整:7月27日(土)

16時半、買い物が終わったあと、私一人で、登山センターに行く。登山センターは、ツ
ェルマットの中心通りであるバーンホフ通りのほぼ中央にあり、正面が透明ガラスで覆わ
れたシャレた建物だった。

訪問時間が16時半というのは、営業時間が8時半から12時と16時から19時(曜日
によって異なる)であったからだ。受付は2階にあり、そこには3つの窓口があって、一
番左が登山ガイド用の窓口だった。

窓口で、“I want to reserve the guide of Matterhorn.”と言って、20日に送ったメ
ールのハードコピーを見せた。窓口の女性は英語で私に何か話し掛けてきたが、意味が分
からない。私は両手を広げて「?」のサインを出した。窓口の女性は、その質問を諦めて、
机上のパソコンの予約システムを操作し、その結果で話してきた。内容は、どうも、以下
のようだった。

 貴方の予約は、明日(28日)がリッフェルホルン登攀、30日がマッターホルン登山
 で、登録されているよ。

帰国して分かったことだが、7月20日(土)の深夜、登山センターから、上記で予約を
受け付けておいた旨のメールが届いていた。


●リッフェルホルン登攀の手続き

まず、明日のリッフェルホルン登攀の費用支払いが求められたので、クレジットカードで
支払った。そうすると、窓口の女性は、その予約文書をプリンターから出力し、以下と想
像できる説明を行った。

  この文書に、リッフェルホルン登攀のガイドによる審査結果が書き込まれる欄がありま
  す。その“Ja(Yes)”の欄がガイドによってチェックされた場合、明日の夕方、
  それを持って来てください。そうすれば、30日のマッターホルン登山の予約文書を発
  行できます。明日の集合は、ツェルマットのゴルナークラート行き登山列車駅の外で午
  前7時50分です。リッフェルホルンの最寄駅(ローテンボーデン)までの切符は自分
  持ちですから、自分で切符を買って待っていてください。

ガイド費用は213フラン(約1万8千円)だった。この料金は1人のガイドが2人のお
客をフォローする場合の料金で、お客が1人の場合はその倍額になるらしい。ただし、な
るべくお客が2人になるよう登山センターが調整を行ってくれるらしく、私の場合もその
結果だったんだろう。

必要装備の説明がなかったので受付の女性に“climbing equipment?” と尋ねたら、ハー
ネスと登山靴とのことだった。さっそく、予め調べてあったスポーツ・ショップ:バイヤ
ード(Webサイトのアドレスは後述)にそれらを借りに行く。


●リッフェルホルン登攀の装備のレンタル

バイヤードはツェルマットに6店舗を持っており、私達家族が借りているアパートメント
に近く既に場所を確認済みの駅前の店(station square)に行って “Please Lent 
Crampons, harness, helmet and boots.”と言ったところ、登山靴はここでレンタルして
いないので300メートル程離れた別の店に行ってくれと言われた。地図で教えてもらっ
た場所に行ってみると、なんと、その店(station road)は、登山センターから見て右斜
め向かいにある店だった。

station road 店に行って “Please Lent Crampons, harness, helmet and boots.”と言
うと、女性従業員がにこやかにレンタルは地下だと教えてくれた。地下に降りてみると、
大柄な男性従業員がいた。本来、リッフェルホルン登攀に必要な装備はハーネスと登山靴
のみだが、何度も借り直すのは面倒なので、マッターホルン登山で必要と言われるハーネ
ス、登山靴、アイゼン、ヘルメットを借りようと思い、そこでも“Please Lent Crampons, 
harness, helmet and boots.”と言ったら、従業員の男性から、お前はどこに行くのかと
問われ、うまく説明できないのでリッフェルホルン登攀の予約文書を見せたら、そこなら
ハーネスと登山靴だけでいい筈だと言われ、やはりうまく説明できないので、その2つを
1日だけ借りることになってしまった。ハーネスと登山靴の1日分で30フラン(約25
00円)を支払った。


●リッフェルホルン登攀:7月28日(日):晴れ

午前7時50分、ツェルマットのゴルナークラート行き登山列車駅の外で待っていると、
トーマスというガイドともう一人のお客のドイツ人が現れた。ガイドによるリッフェルホ
ルン登攀は、本日はこの1組のみだった。

私は、リッフェルホルンがどういうところか知らなかったが(出国前日に決めたので調べ
る余裕がなかった)行ってみて驚いた。マッターホルン地域で最も美しい景色といわれる
リッフェル・ゼー(湖)のそばの岩峰が、今回の登攀対象のリフェルホルンだったのだ。

駅の前で簡単な挨拶の後、さっそく午前8時5分発のゴルナークラ−ト行き登山鉄道に乗
り込む。出発後、車窓は素晴らしい景色だが、感動を(日本語で)伝えられる相手がいな
いので、静かに外の景色を楽しむ。ガイドとドイツ人はドイツ語で色々と雑談をしていた
が、内容はよく分からない。

約40分後にローテンボーデン駅に到着し、そこで降りる。ローテンボーデン駅からリッ
フェルホルンには、下り気味に10分ほどで着く。さらに、ガイドに連れられてリッフェ
ルホルンの南側に回り込む。そこには、北側の緩やかなドーム状とは異なる(高距300
メートルはありそうな)垂直の南壁が待っていた。

南壁の中央に近い部分までトラバースして取付に着いた。取付には“TERMO”とペン
キで書いてあった。全7ピッチのルートで、ガイドによると、第1ピッチがレベル4、最
終ピッチがレベル5のグレードということだった。登った感触では、それぞれ、日本の3
級プラス、4級プラスという程度のグレードだった。

帰国して調べて気が付いたのだが、
http://www.zermattonline.ch/alpincenter/e/Download_E.htm
のページに保管されている
   Riffelhorn         Climbing guide Riffelhorn South 
にリッフェルホルン南壁の写真とルート図が公開されている。登ったルートは、この図に
示されるFルートだった。ルート名は Z'schreg Band らしい。

リッフェルホルン南壁、このルート、最高に素晴らしかった。登攀中に、モンテローザ、
リスカム、ブライトホルン、マッターホルン等を目前に眺められ、足元にはモンテローザ
の左右から続くゴルナー氷河が流れるというシチュエーションである。かつ、今日は雲が
ほとんどない青空だった。もちろん、浮石はほとんどない。本当に、まったく、美しく、
快適な、クライミングであった。

登攀は、11ミリ×20メートルぐらいのロープを1本使い、私を8の字結びで末端に結
び、私から4メートルぐらいの位置にドイツ人を結ぶスタイルで行われた。アプローチで
の足さばきで2人の順序を考え、足さばきが優れた私が末端にされたようだ。また、ガイ
ドがリードしている最中は下で確保を行うが、その担当は常にドイツ人が選ばれた。言葉
が通じるからだろう。

登攀自体は約3時間で終了した。その後、終了点付近にて、ガイドがマッターホルン登山
で用いる手法(確保やラッペル)を、実際に設置してあるフィックスロープ等を使ってト
レーニングした。トレーニング登山は、予定どおり約4時間で終了した。

最後に、リッフェルホルン予約文書の“Ja(Yes)”欄に、マッターホルンに登らせ
てもよいことを示すチェックとサインをガイドから貰い、13時、現地解散した。

マッターホルンのヘルンリ稜は一部に3級程度を含む大半が2級以下の岩場の登下降であ
り、リッフェルホルン登攀で辿ったようなレベル4やレベル5のグレードとは無縁である。
一緒に登ったドイツ人はレベル4やレベル5のピッチで難渋していたが、彼も問題なく
“Ja(Yes)”欄にチェックとサインを貰った。基本的な体力と基本的な岩登り技術
さえあれば、この審査は通過できるのだろう。


●マッターホルン登山の手続き

その日の夕方、登山センターに行って、“Ja(Yes)”欄がチェックされたリッフェ
ルホルン予約文書を提出し、マッターホルンの予約文書を発行してもらった。

費用は1070フラン(約8万円)で、費用には、山岳ガイド料、手配手数料、ヘルンリ
小屋宿泊料(本人とガイドの2人分/夕食と朝食を含む)、登山に持参するお茶代、登頂
に成功した際に渡される登頂証明書とバッチが含まれる。費用はクレジットカードで支払
った。

受付の女性が明後日のマッターホルンの予約文書をプリントし、以下と思われる説明をし
てくれた。

 ヘルンリ小屋で18時半からミーティングがあります。それまでにヘルンリ小屋に行っ
 てください。ヘルンリ小屋まで行くのに必要な交通費は自分持ちです。

必要装備の説明がなかったので受付の女性に装備は何が必要か尋ねたら、ハーネス、登山
靴、アイゼン、ヘルメットとのことだった。さっそく、登山センターの斜め向かいにある
スポーツ・ショップ:バイヤードに向かう。


●マッターホルン登山の装備のレンタル

バイヤードの地下に下り、マッターホルン予約文書を示し、ハーネスは継続使用、登山靴
は1サイズ大きいものに代えて欲しいこと。そして、ヘルメットとアイゼンの新規レンタ
ルを申し込んだ。

その結果、ハーネスと登山靴は合わせて3日のレンタル、ヘルメットとアイゼンは(どう
いう理由か分からないが)1日分のレンタルが請求され、合わせて90フラン(約750
0円)になり、昨日払った30フランを差し引いて、60フラン(約5000円)を支払
った。


●マッターホルン登山の前日:7月29日(月):晴れ

午前中は家族でハイキングを楽しみ、午後、リッフェル・ゼーで家族と別れ、私一人でヘ
ルンリ小屋へ向かう。登山電車で一旦ツェルマットに下り、フーリ経由でシュバルツ・ゼ
ー駅に到着した。

シュバルツ・ゼー駅はマッターホルンに一番近い駅であり、シュバルツ・ゼーで見上げる
マッターホルンの大きさに感激した。

シュバルツ・ゼー駅からは登山道をヘルンリ小屋に向かう。シュバルツ・ゼーからちょう
ど2時間かかってヘルンリ小屋に着いた。シュバルツ・ゼーから先はマッターホルンの登
山者以外が往来しないため空いているのではないかと思っていたが、(日本人はほとんど
見かけなかったが)欧米人が多数、家族連れで行き来しているのに驚いた。


●ヘルンリ小屋(標高3285m)に到着

シュバルツ・ゼー付近から見るマッターホルンも凄いが、ヘルンリ小屋から見るマッター
ホルンはさらに凄い。東壁の三角の壁が、あまりに巨大だ。

ヘルンリ小屋の近くのキャンプ場には、テントが5張ぐらい設置されているのが見えた。
今度来ることがあれば、あのキャンプ場にテントを張り、東壁に直に接して眠りたいと思
った。

“ヘルンリ”とはドイツ語でホルン(山)の小さいのを言うそうで、“ヘルンリ尾根”は
日本でいう“鋸尾根”に相当する名前らしい。ヘルンリ尾根の稜上にはいくつも小さいピ
ークがあるが、実際の登高路はほとんどが東壁側のため、ほとんど気がつかないそうだ。
私も、翌日登っていて、ほとんど気がつくことがなかった。

小屋の中に入り、受付にマッターホルンの予約文書を出すと、受付の女性から、たぶん以
下が告げられた。(重要な点は紙に書いてくれた)

 18時半に受付前のスペースでミーティングがあります。あなたのガイドの名前はイボ
 ン(IVON)です。19時から夕食で、これが食事券です(ピンクの小さな紙を渡さ
 れた)。あなたのベッドは2階の2号室の4番ベッドです。

受付の左の通路を通って、2階に上がり、2号室に行ってみる。部屋は、日本の山小屋の
造りとほとんど変わらない。入口に近い位置(1メール程の奥行き)が靴で歩いてよい部
分で、入口に遠い方(窓側)が板敷きの寝室部分(2メートル程の奥行き)になっている。
寝室部分には2階があり、一種の二段ベッドである。寝室部分の板の上には、約60セン
チごとに番号が張ってあり、それがベッド番号であった。その番号札を中心にして板場に
向こうの端まで毛布が1枚細長くきれいにひかれている。左右には、わずかな隙間を空け
て、隣のベッドの毛布がひかれている。番号札側には、枕ともう1枚の毛布が畳まれて置
いてあった。

廊下に靴箱があり、他の人たちは、そこに登山靴を置き、靴箱においてあるゴムか木の靴
に履き替えて、小屋の内外で休んでいた。私は、スニーカーを履いて行ったので(登山靴
はザックの中)、履物はそのままで通した。登山靴以外の履物で登って来ている人は私以
外に見かけなかった。

装備の整理のため、1階の受付のそばの棚においてあったプラスチックのカゴ2個を部屋
に持って行き、その中にザック内の品物を整理し、部屋の中の棚に保管した。

18時半のミーティングまで時間があり、外のテラスに設置されている長椅子に寝そべっ
て東壁を眺めながらウツラウツラした。18時を過ぎると、寒くなってきた。


●ガイドとの出合い

18時半直前に受付前のスペースに行く、既にお客らしい数人が集まっていて、軽い挨拶
をする。直ぐにガイドの一団が現れ、飲み物(ワインとオレンジジュース)とお菓子が振
る舞われた。リーダーらしい一人のガイドが、担当のガイドを一人ひとりお客に紹介する。
そのとき、私の担当であるイボンに初めて会った。若く、身長が185センチ程度あり、
がっしりし、力強そうだった。彼なら、(身長が165センチの)私が転倒しても、止め
られるかもしれないと思った。

ツェルマットの登山センターが対応しているマッターホルン登山の明朝のお客は、私を含
めて9人だった。ツェルマットの登山センターでは、マッターホルン登山はマンツーマン
でしかガイドを行わない。したがって、9人のガイドが紹介された。ちなみに、9人のお
客のうち、東洋人は私のみだった。また、9人のお客のうち、2人が女性だった。

リーダーらしいガイドは、その後、今夜と翌朝のことに関して概要をドイツ語と英語でオ
リエンテ−ションしたが、何を言っているのかまったく分からなかった。ただし、今夜と
明朝の段取りは事前の調査で大体把握しているので、特に心配はなかった。

リーダーらしいガイドによるオリエンテ−ションの後(18時45分頃)、担当のガイド
とお客との個別コミュニケーションの時間になった。

 イボン: Can you speak english?
 わたし: I can speek english very very very very a little.
      I can understand, right, left, stright, wait, stop, go, ok, ---- only.
 イボン: OK! OK! No problem!
 わたし: Can you speak japanese?
 イボン: Oh! No!(笑い)
 わたし: Oh! Shock!(笑い)

イボンは、以下を説明した。

 食後にガイドによる装備点検を行うので、食後もここで待つこと。明朝の起床は3時半
 までに行うこと。朝食は3時半開始なので、装備点検時に確認した装備を着用して朝食
 をとること

それ以外にも少し世間話をしたが、英語によるコミュニケーションがまともに成立しない
ため、時間をもて余してしまった。私の組以外はみんな楽しそうに話しており(英語・ド
イツ語・フランス語・イタリア語など多様)、他の組を羨ましく思った。

19時直前、ガイドたちはその場所から引き取った。

近くにおいてある大きなカゴに水筒を入れる人がいたので、“What is this?” と尋ねた
ところ、どうも、そのカゴに水筒を入れておくことで、小屋の人が翌朝までにお茶を入れ
ておいてくれるらしい。さっそく、私も、水筒代わりに持ってきた1.5リットルのミネ
ラルウォーターのPETボトルを自分の部屋から持ってきて、そのカゴに入れておいた。


●ヘルンリ小屋の夕食

19時になると、1階の入口の部屋のテーブルに、小屋に泊まっている全員と思われる人
間が着席した。テーブルは満席に近く、約60人が座っていた。

私たちお客は、ミーティングを行ったテーブルにそのまま座っていたところ、そこに夕食
が運ばれてきた。まずは、小ぶりのどんぶりのような皿に入れられた薄いポタージュ・ス
ープだ。おいしくいただいた。全員にスープが配膳された後、先に配られたテーブルから
スープ皿が手際よく回収されていった。並行してメイン・ディッシュの皿の配膳が開始さ
れ、それにはハムカツ(?)とポテトフライと野菜の煮付けが乗っていた。これも、おい
しくいただいた。その皿が回収された後には、フルーツポンチがデザートとして出された。
これも、全て、おいしく頂いた。

食事には飲み物がつかないので、自分でミネラルウォーターやワインを用意し、テーブル
に持ってきている人が多かった。レストランと違い、ここは山小屋なので、夕食に飲み物
の持ち込みがOKのようだ。

食後、喉が渇いたので、受付でミネラルウォーターを買って飲んだが、1.5リットルで
7フラン(約600円)もした。


●ガイドによる装備点検

食後、しばらくすると、9人のガイドがやってきた。ガイドによる装備点検ということで、
ガイドとお客の18人が一緒にお客の部屋に行った。私の部屋の近所の宿泊者は、全員お
客だった。たぶん、登山センターのお客は同じ部屋に集めているのだろう。

イボンが装備を見せろというので、まずマッターホルン登山に必須とされたヘルメット、
ハーネス、登山靴、アイゼンを見せた。イボンはそれを一つひとつ手にとって確認し、ア
イゼンは登山靴に合わせて確認した。アイゼンの設定が少々きつかったので、イボンが最
適な状態に調整してくれた。その後、衣類等も確認し、衣類と履物/装着物/携行物とし
て、以下が指示された。

・衣類と履物
 ・上衣は、下着と上着(各1枚/両方長袖)
 ・下衣は、下着(パンツ)とズボン(各1枚)
 ・靴下と登山靴
 
・身に装着する物
 ・ヘルメット
 ・ヘッドランプ
 ・ハーネス

・ザックの中に携行する物
 ・ヤッケとオーバーズボン(各1組)
 ・手袋とオーバーミトン(各1組)
 ・アイゼン(1組)
 ・水筒(1.5リットルのPETボトル)

オーバーズボンに関して一時、残置の判断が出たが、私のズボンがあまりに薄いため、途
中で携行の判断に変わった。

水筒に関し、明朝、水筒に水かお茶を入れることを忘れるなと、何度も注意喚起された。

小物についての確認はなかったが、私が携行した小物は以下のとおりである。

 ・サイフやパスポートなどの貴重品
 ・カメラ(軽い使いきりカメラ)
 ・計画書/資料
 ・手帳/筆記具
 ・ティッシュペーパー
 ・ホイッスル/ナイフ
 ・リップクリーム/持病薬

なお、スパッツと予備手袋、防寒用の衣類は、装着や携行を否定され、小屋に残置した。

ちなみに、上記の説明にないピッケルやカラビナ等の装備は持ち込んでおらず、したがっ
てガイドと携行/残置の議論もしていない。持ち込んでいれば、いずれも残置の指示が出
ただろう。

もちろん、カメラなどの個人の嗜好的なものは本人の希望しだいであった。

最後に、イボンが「行動食はどうした」と言った。私はそれを持ってくるのを忘れていた。
私は「明日、12時までに降りてくるからいらない」と言った。イボンは他のガイドにそ
のことを話し、みんなで笑った。イボンは「そうは言ってもチョコレートの1枚や2枚は
持っていた方がいいんだがな〜」というようなことを言っていたが・・・。

ガイドによる装備の点検は20時頃終了した。


●装備の準備と就寝

明朝のため、着用する衣類/装備、携行する装備、残置する装備を2つのカゴとザックに
整理し、棚に保管した。

その後、まだ明るいので外をブラブラしたりするが、話相手もいないので、ベッドに入っ
た。毛布が猛烈に重く感じてしばらく寝付かれなかったが、なんとか30分程度で寝入る
ことができた。就寝は21時頃だったろうか。


●マッターホルン登山の当日:7月30日(火):晴れ

午前2時頃、目が覚めた。5時間ほども熟睡できたことを確認し、本日の登高で睡眠不足
による問題が発生しないことを喜ぶ。ウトウトしながら午前3時を迎えたら、隣近所の人
たちが一斉に起き、身支度を整え始めた。私も起き、身支度を整え始める。

全く欲求はなかったが、行動中にキジを撃ちたくなるとまずいので事前にしておこうと思
ってトイレに行くと、もう既にたくさんの人が並んでいた。10分ほど待って便器に座れ
たが、やはり小キジしか出なかった。

予定の衣類を着て、登山靴を履き、ハーネス、ヘルメット、ヘッドランプを装着し、ザッ
クを背負い、残置する装備を入れたカゴを持って1階に下りた。テーブルには、(たぶん)
昨夜のうちに準備さた朝食用のパンやカップが並んでいた。

朝までにお茶が用意されるという大きなカゴを確認すると、自分のPETボトルに、生温
い温度の薄い色がついた液体が入れてあった。味を確かめ、飲めるものであることを確認
し(ごく薄いお茶のようだった)、それをザックに入れた。温度から考えると、昨夜遅く
に入れられたもののようだ。

残置装備を入れたカゴを棚に保管し、ザックをその近くの棚にぶら下げ、外に出る。あま
り寒くない。マッターホルンは、3500メートル以上ぐらいからガスがかかっており、
本日の天候を心配する。

3時半になると、突然、小屋の自家発電設備がうなり始め、小屋内の照明が点灯された。
小屋の中に戻り、勝手なテーブルに着き、パンにバターやジャムを塗って食べながら、コ
ーヒーポットが配膳されるのを待つ。すぐにコーヒーポットが配膳され、コーヒーとパン
をおいしくいただいた。

食後、歯を磨いていたら、ガイドたちがやってきた。小屋内で、ガイドとお客の組が、そ
れぞれアンザイレンする。イボンは、自分のロープ(11ミリ×20メートルぐらい)を
私のハーネスに8の字結びで結んだ。ガイドとお客の計18人のアンザイレンが全員完了
するのを待ち、午前3時45分、ヘッドランプを点灯させ、出発した。


●午前3時45分、ヘルンリ小屋(標高3285m)を出発

当日の登山者は、たぶん、20〜30パーティ、50〜70人に及ぶと思う。私は、9人
のお客のうちの8番目ぐらいの出発になり、全体では20パーティ目ぐらいの出発であっ
たと思う。

登山者は、1)我々のようなツェルマットの登山センターが対応しているガイド付き登山
者、2)それ以外のガイド付き登山者、3)ガイドレス登山者、に分類される。その内訳
は、1)が9パーティ、2)と3)が残りを同じ割合で分ける程度と推測された。2)は
ツェルマット以外(たとえばシャモニーや日本の)のガイドが行うもので、その中には客
として日本人2人が含まれていた。

下山後に聞いた話だが、本日、シャモニーのガイドを伴ったお客の1人は65歳の女性で、
私が7時間ちょっとでようやく登下降したヘルンリ尾根を、その女性は、なんと、8時間
で登下降したそうである。

登山中、ガイドとお客はロープを結びっぱなしであり、ほとんどの個所をコンティニュア
スで行動する。ガイドは、登高中は前でリードし、下降中は後ろでフォローする。

小屋から5分ぐらい歩くと取付に達する。取付は2級プラス程度の小さな岩場で、そこを
左上するような形で東壁に入る。そこを含め、それ以上のグレードの所にはすべてフィッ
クスロープが張られており、そのような場所では、積極的にフィックスロープを握って登
るようガイドから指示される。

以降は、肩(東壁最上部の急傾斜三角岩壁の右下頂点から少し下がったリッジ部分)に出
るまで、リッジからあまり離れない距離で東壁側斜面を登って行く。

中間点と言われるソルベイ小屋までは、ソルベイ小屋直下の20メートル位の3級ぐらい
の壁(ウンター・モズレイ・スラブ)と、その少し下にあった3級マイナス程度の小さな
岩場以外は、ガラ場のような場所、登山道的な場所、岩登りルートのアプローチ的な雰囲
気の場所などの、ほとんどが2級以下のルートである。

3級ぐらいの壁では、イボンは、私に壁の下で「WAIT!」と言い、壁の下にある豚の
シッポの形をした太い鉄棒にロープをFIXさせ、一人で登っていく。FIXと言っても
ロープを2重に巻かせるだけである。ただし、鉄棒が豚のシッポのような形になっている
ため、ロープがすっぽ抜ける可能性が少ない仕組みになっている。イボンは、登ったあと、
壁の上に設置されている同様な鉄棒に(半マスト結びなどで)ロープを掛け、「SUNA 
OK!」と言う。私も「SUNA OK!」などと声をかけ、登っていく。岩登り的には、
私にとって、問題となる個所は一切なかった。

登り始めて1時間ぐらいはヘッドランプの明かりのみを頼りにした登高なので、イボンも
ルートを誤って後戻りしたことが1、2度あった。真っ暗な中を多数のパーティが進むの
で、どこかのパーティがルートを間違えると、後続しているいくつかのパーティも一緒に
迷い込んでしまうようだ。

ほとんどの場所のグレードは2級以下で、ほとんどはどこでも登れてしまう。つまり、容
易にルートを外してしまえるわけだ。ルートを外すと、そこには高いグレードの個所が待
ち受けている。そのような場所でのヘッドランプの明かりを頼りにしたルート・ファイン
ディングは、ガイドレスで登る場合、少なくとも下見をしておかなければ非常に困難だろ
うと思った。

登り始めて10分ぐらいで全身が暑くなり、汗をかき始める。しかし、湿度が低いせいか、
汗がダラダラ出るということはない。以降、肩の雪田の下部でアイゼンを付けるまで、両
手の袖をたくし上げて半袖状態で登った。

登り始めてしばらくすると、ツェルマットの町の明かりが見えてきた。とても美しい。起
床時、3500メートル以上に見えたガスは、晴れてきたようだ。天候的要素による登頂
失敗の怖れが少なくなったようで、嬉しく思った。

途中、先行パーティがモタついていると、イボンは先行者の左右にルートをとり、かなり
強引に追い抜いていく。それが同じガイド仲間のパーティであっても同じだ。ルート間違
いを起こしたときに抜かれたことがあったかもしれないことを除けば、我々は、頂上まで、
1パーティも抜かれなかった。

このペースは私にとってとても速いもので、もう10年以上も、こんな早いペースで山を
登ったことがなかった。誉められたことではないが、今年は5月連休の「滝谷出合から四
尾根登攀」以降、山にも行っていないし、マッターホルンのための特別なトレーニングも
して来なかった。なにしろ、家族旅行の“ついで”だったので・・・。しかし、イボンに
ペースを落としてくれというのは、日本男児として(?)不愉快である。また、ペースが
落ちるとグイグイ引っ張られるという情報を得ているので、引っ張りあげられるのはさら
に不愉快である。かなり辛いが、イボンのハイ・ペースに合わせて頑張る。もうしばらく
すればソルベイ小屋で休める筈だし・・・。

さらに登ると、空が明るくなってきて、ヘッドランプの明かりが不要になった。東壁を染
めるモルゲンローテが美しい。

途中、イボンは何度も「SUNA OK?」と問いかけ、私は辛くても必ず「OK!」と
答えた。


●午前5時45分、ソルベイ小屋(標高4003m)を通過

ソルベイ小屋は無人の小さな避難小屋で、中には長椅子・小さなベッド・毛布・非常用無
線などが置いてあるそうだ。

ソルベイ小屋に着いたら、イボンが「…○△□… BREAK …●▲■… OK?」と
いうので、私は勝手に「ソルベイ小屋に着いたから休もう」と言っているんだと思い「O
K!」と答えた。それなのに、イボンは「OK! OK!」と言ってソルベイ小屋で休み
をとらず、そのまま進んで行ってしまう。どうも、イボンは、「体調よさそうだね! 休
んでもいいが、OKならこのまま休まずに行こうか」とでも言っていたようだ。

こうなれば、弱音を吐かず最後まで頑張りきることを最大の目標にすることにする。とい
うことで、マッターホルン登頂は第2の目的になり、それは副次的な結果で達成されるこ
とになってしまった。

ソルベイ小屋のすぐ上には20m位の3級ぐらいの壁(ユバー・モズレイ・スラブ)があ
るが、特別、問題なく越えた。

ソルベイ小屋から少し登ったところで、朝日を浴びる。とても眩しい。

ソルベイ小屋から30分ぐらい登ったあたりから、積雪とその融水の凍結氷が急に現れ始
めた。同時に、岩に触る手が、凍りつきそうな程、急に冷たさを感じるようになった。

イボンからアイゼンと手袋の装着支持が出た。やっと休めると思うと、張り詰めた神経が
フッと緩みそうになるが、テキパキと両足にアイゼンを装着した後、始めてPETボトル
の水を飲む。とても水がおいしくて、500CCほども一気に飲んでしまった。

冷えてきたので、たくし上げていた袖を伸ばすが、ヤッケやオーバーズボンを着込むほど
ではない。イボンは私のアイゼン装着状態を確認し、OKのサインを出す。数分休憩した
のち、登高を再開した。

そこは、肩の雪田の下部だった。しかし、積雪量は非常に少ない。ここ数日間好天が続い
て融雪が進んでいるためなのだろう。おかげで、頂上雪田までは岩と雪氷のミックス状態
で、歩きにくいこと、この上ない。

しばらく、雪が疎らな、肩の雪田と呼ばれている地域を登高してリッジに出た。そこから
は1000メートルほど切れ落ちている北壁が一望できる。その位置は、全体から見ると、
東壁最上部の急傾斜三角岩壁の右下頂点から少し下がった位置のリッジ部分になる。

リッジに出ると、リッジが上に向かう方向は左方向にあり、リッジどおしにしばらく登高
すると、東壁最上部の急傾斜三角岩壁の右下頂点に達し、そこから急傾斜のリッジを登る
ことになる。ここは、太いフィックスロープが100メートル程度張られている個所で、
フィクスロープを掴んでの強引なゴボウ登りをさせられる場所である。

ここは、事前に得た情報では、あまりフィックスロープに頼りすぎると手がパンプするそ
うなので、意識的に手に頼りすぎないよう登っていった。

フィックスロープ帯を過ぎると、しばらくリッジを登ったあと、頂上雪田に到達した。こ
こで、本日の最初の下山パーティ(たぶん最初の登頂パーティ)とすれ違った。そこから
頂上までに合わせて4パーティとすれ違った。

頂上雪田に入り、雪上の踏跡を辿ってジグザグに登っていく頃、私のパワーは限界に近い
ことを感じた。心臓は激しく鼓動し、息が激しく上がっている。標高が4300メートル
を越えて空気が薄くなっているせいか、パワーの維持のために呼吸をさらに激しく大きく
する必要を感じ、意識的に声を出すような感じで“ゼーゼー・ハーハー”の喘ぎ声を繰り
返した。そうしないと、今にも足が止まってしまいそうに思えた。

頂上雪田を登って行くと、とうとう頂上直下に据え付けられている銅像が見えてきた。そ
のちょっと上がスイス側の頂上である。

銅像の近くに来たあたりから急に涙が溢れてきた。同時に“ゼーゼー・ハーハー”の喘ぎ
声に泣き声が混ざり、“ヒィーー・ヒィーー”というスゴイ声に変った。もうすぐそこに
4478メートルの頂上がある。マッターホルンに登れたという嬉しさもあるが、涙が出
たのは、この3時間、イボンのハイ・ペースについて行けた自分に対し“よく頑張れた”
と自分に対して感動しているためだった。こんなに頑張ったこと/頑張れたことは、もう
10年以上ぶりであり、オレも「まだやれるんだ!」と心から思え、とても嬉しかったの
である。そして、山を走り抜けるように登りまくっていた30代前半の頃を懐かしく思い
浮かべた。

イボンが、私が嗚咽していることに気が付いた。イボンが振り返り、「Very Tir
ed?」と尋ねる。私は嗚咽しているので言葉を発することができず、顔を左右に振りな
がら自分の目元を指差して涙が流れていることを示す。イボンが「Happy?」と尋ね
る。「マッタ−ホルンが登れて嬉しくて泣いているのか?」という意味の質問の筈で、か
なり本当の理由と違うと思ったが、説明の言葉を知らないし、嗚咽で言葉が出ないので、
顔を縦に振ったら、イボンはニッコリ笑ってくれた。

イボンは前を向き、最後の登高を再開した。斜度がさらに緩くなってきたのと、私の興奮
も収まってきたため、“ヒィーー・ヒィーー”も“ゼーゼー・ハーハー”も、急速に収ま
ってきた。


●午前6時45分、登頂(標高4478m)

頂上は細長い稜線で、たくさんの人が休める場所ではない。細長い稜線の向こうにイタリ
ア側の頂上とされる黒い十字架が見えた。イタリア側には牧歌的風景が広がっている。

イボンは私の登頂を祝福してくれ、私は握手をしながら礼を言う。イボンに私の写真を1
枚とってもらって、すぐ50メートルぐらい下の少し尾根が広がった場所に下降し、そこ
で休憩をとる。そこには一緒に出発した9人のお客の内の先に登頂した2人が既に休憩を
しており、そこで他の客のガイドに、肩を組む私とイボンの写真をとってもらった。

出発では20パーティ目ぐらいだったが、登頂は5パーティ目ぐらいだったようだ。


●午前6時55分、下山開始

下降では、イボンが後ろになって私をフォローする。

私は、疲労度が高く、若干、足のふらつきを感じた。危険回避のため、悔しいが、イボン
に“IVON, I am tired. I get down slowly.”と、私が疲れていることを告げ、下降のペ
ースを落とす。

ガイドに登り優先なんていう言葉はない。フィックスロープ帯では、悪い個所で登ってく
る人がいても、イボンが「SUNA GO!」と言い、私をどんどん降ろす。

悪い個所の降ろし方は、そういう場所にある鉄棒にロープを二重に巻くか半マストで結び、
お客をロワーダウンさせ(イボンはそれをラッペルと呼んでいた)、お客が下の鉄棒に2
重に巻くことによるFIXを行ったあと、ガイドがクライムダウンする、という方法だっ
た。

肩の雪田下でアイゼンと手袋を外すときに少し休んだので、ソルベイ小屋は通過した。そ
のしばらく下で、頂上直下で一緒に休憩した2組のパーティに追いつき、その後は我々を
含めた3パーティで一緒にヘルンリ小屋まで下降した。彼らと一緒になった時点で下降ス
ピードを前のパーティのお客の遅いスピードに合わせた。


●午前11時05分、ヘルンリ小屋(標高3285m)に到着

ヘルンリ小屋に到着し、アンザイレンを解き、イボンや他のガイドに祝福の言葉を受けた。

イボンは、小屋の受付前のテーブルで少し待つように言い、小屋の奥に消えた。

私は、その間に、登山靴を脱ぎ、カゴに残置していたスニーカーに履き替え、衣類もカゴ
に残置していた普段着に着替えた。

数分経つと、イボンは、登頂証明書と登頂バッチが入った封筒を持って帰ってきた。イボ
ンは登頂証明書を取り出し、ガイドの欄に自分のサインを書く。イボンは、自分のサイン
を書いたあと、登頂者の欄に私の名前を書くことを求める。私は自分の名前を書いた。イ
ボンは登頂証明書と登頂バッチを「おめでとう」と言って私にくれた。

私は、ザックを整え、チップの20フラン札(約1600円)を手に忍ばせて、イボンに
“Thank you. I'm very happy. I'm going to my family place in zermatt. Good bye!”
と言い、お別れの握手を求めた。力強く握り合い、笑顔を交わし、私は小屋の外に出た。

これで、ガイドのイボンとお客の私のマッターホルン登山は終わった。

私は、シュバルツ・ゼーのロープウェー駅を経て、家族が待つツェルマットのアパートメ
ントに向かった。

アパートメントに着いて、家族は私が登頂できたことを喜んでくれた。ただし、私が登頂
した時刻には、我が妻も娘も息子も、夢の中だったようだ・・・。


●最後のハイキング:7月31日(水):晴れのち雨

翌日(7月31日)は、ツェルマットでハイキングを楽しめる最後の日であり、マッターホ
ルンに一番近いところまでロープウェイで登れるシュバルツ・ゼーに家族4人で行った。

ツェルマットにいるときはマッターホルンの全体が眺められたのに、シュバルツ・ゼーに
着いた頃には、マッターホルンはガスに包まれ、残念ながら、ほとんど見えなくなってし
まった。父さんが登ってきたマッターホルンを近くで子供達に説明しようと思って来たの
に・・・。

途中、小雨も降ったりする中、ツェルマットの町を見下ろしつつ、シュバルツ・ゼーから
ツェルマットまで、名残惜しむように、ゆっくりとハイキングを楽しんだ。

午後は小雨模様。


●帰国

8月1日(木)、朝起きると、アパートメントの窓の外には、もう見えないと思っていた
マッターホルンが、青空をバックにしてそびえていた。チューリッヒに向かう列車からも
窓から身を乗り出して眺め、それがマッターホルンとの別れになった。ほんとうに、つく
づく、巨人いう言葉が似合う山だと思った。

8月2日(金)、チューリッヒを出発し、アムステルダム経由で成田へ旅立つ。

8月3日(土)、家族ともども、14日間のバカンスを最大限楽しみ、無事、成田に到着
した。


●マッターホルン登山を終えて

マッターホルンに登れたことは嬉しい。しかし、私にとってこれが生涯の思い出と言える
ほどのものだったかと言うと、そうでもないような気がする。

理由は、1)ガイドに連れられて登ったために自分で苦労して登った時のような喜びがな
かったこと、2)速攻登山すぎて体にその感触が染み込んでこなかったこと、3)家族旅
行の“ついで”ということで気持ちがマッターホルンに集中していなかったこと(家族内
添乗員は計画中も現地も多忙だった)、の3点を挙げたい。

もちろん、誰でもがそう思うわけではなく、自分の力量や環境によって、感じるものは大
きく異なるものと思う。その前提が揃えば、ガイドを伴なったマッターホルン登山が、素
晴らしい結果をもたらしてくれるだろう。

私としては、機会があれば、再度、ツェルマットを訪問し、ガイドレス登山を行いたい。
さらに、北壁を登攀できれば、最高の充実度が得られると思う。


●マッターホルン登山の参考情報


○衣類や装備について

日本で作成した山行計画書の装備欄記載内容を以下に引用する

|    ロープおよびガイドが判断する必要物  ガイド
| 
|    ヘルメット           砂沢(現地でレンタル)
|    ハーネス(ビナ付き)      砂沢(現地でレンタル)

レンタル品はカラビナがついていないフル・ハーネスだった。そのため、私はカラビナを
1個も携行しなかった。

|    アイゼン(バンド付き)     砂沢(現地でレンタル)
|    靴(雪山用)          砂沢(現地でレンタル又は購入)

登山靴のレンタルは、出発時は若干の不安があったが、全く問題なくレンタルできた。

|
|    ヤッケ/オーバーズボン(雨具) 砂沢(日本から携行/以下同)
|    スパッツ/オーバーミトン    砂沢
|    手袋/靴下           砂沢
|    防寒具             砂沢
|    上下衣類            砂沢
|
|    ザック             砂沢
|    水筒              砂沢
|    懐中電灯(替電池/替電球含む) 砂沢
|    使い捨てカメラ         砂沢
|
|    計画書/資料          砂沢
|    手帳/筆記具          砂沢
|
|    ティッシュペーパー       砂沢
|    ホイッスル/ナイフ       砂沢
|    行動食             砂沢
|
|    リップクリーム/鼻炎薬     砂沢

日本から持って行ったものは衣類を中心とするものだけなので、2K程度の重量と思う。

重くて嵩張る4点(ヘルメット、ハーネス、登山靴、アイゼン)は、ツェルマットのスポ
ーツ・ショップでレンタルできる。今回はバイヤードという店でレンタルしたが、他にも
レンタルしてくれる店は多いようだ。ただし、登山靴をレンタルしてくれる店は多くない
ように思える。

バイヤードおよび他のツェルマットのスポーツ・ショップを一覧するWebサイトのアド
レスは、後述してある。

また、バイヤードでレンタルした費用の明細は以下であり、その詳細なレンタル料を示す
ページがバイヤードのWebサイトにある。

 アイゼン  1日 14フラン
 ヘルメット 1日  8フラン
 ハーネス  3日 25フラン
 登山靴   3日 43フラン
 (合計)     90フラン(約7500円)

ガイドが指示する装備は、当日のマッターホルンの状態で変化する。マッターホルンの状
態、特に肩の雪田より上の状態は、後述する他の方の記録を読めば分かるが、同時期であ
っても、かなり状況を異にする。ガイドは、寒冷であったり、天候に不安があったりした
場合、出発時点でヤッケ、オーバーズボン、スパッツ等を装着するよう指示を行う。

したがって、現地で残置の指示が出るかもしれないが、それらは必ずヘルンリ小屋まで持
って行き、ガイドの指示を仰ぐことが必要と思う。


○ガイドの予約とトレーニング用登山の審査ついて

マッターホルンのガイドを雇う場合、登山センターが従来から高所順応などを理由に周辺
の高山をガイドを伴って登山することを勧めていたことは承知していたが、過去の登山記
録には、それが必須になったことを記述したものはなかった。

今回は、それが必須事項として強制された。たぶん、今後も継続するのだろう。

FAXで送られてきた邦訳文によると、トレーニング用登山として以下の4箇所が用意さ
れている。

|以下の中から準備登山をお選びください。:
|
| ・    Pollux 4091m 標高 (日帰り)                                   CHF 263.-
|       岩と氷のルート、登山者の注意力が必要となります。
|       クラインマッターホルンから5−6時間
| 
| ・    Breithorn ハーフトラバース 4165m 標高 (日帰り)               CHF 280.-
|       急斜面を見下ろすことができる人は岩登りの楽しさと刺激的な景色を
|       見ることができるでしょう。クラインマッターホルンから4−5時間
| 
| ・    Rimpfischhorn 4199m 標高 (フルアルプ小屋に1泊)              CHF 358.-
|       岩と氷のコンビネーションルート。6時間の登頂
| 
| ・    Riffelhorn 2928m 標高 (日帰り)                               CHF 213.-
|       マッターホルントレーニングのロッククライミングルート。
|       ローテンボーデンから約4時間
| 
| 料金にはガイド料、手配手数料などお一人様のグループ参加料金となります。

原文は
http://www.zermattonline.ch/alpincenter/e/Download_E.htm
のページに保管されている
   Matterhorn         The ascent of the Matterhorn (Details) 
である。

出発間際の話だったので、最後の Riffelhorn が4時間で一番短かったので、よく読まず
にそれを選んだら、それが雪氷を含まない純粋な岩登りだった。いずれのトレーニング用
登山を選んでも、基本的な体力、基本的な雪氷技術、基本的な岩登り技術があれば、この
審査は通過できると思う。マッターホルンのヘルンリ稜は一部に3級程度を含む大半が2
級以下の岩場の登下降であり、リッフェルホルン登攀で辿ったようなレベル4やレベル5
のグレードとは無縁である。

予約は、後述する登山センターのWebサイトに記載されるメールアドレスかFAX番号
に、英語で以下を記入して送付すれば、何らかの返信が返ってくる。返信内容に応じて適
切に対応すれば、予約が完了し、あとは現地で調整すればよい。

・“マッターホルンのガイドを予約したい。”という主旨のヘッダー文(I want to 
reserve the guide for gaining the summit in MATTERHORN. 等)

・トレーニング登山の希望日と種類(4種の内の1種)
・マッターホルン登山の希望日

・ツェルマット滞在予定期間
・ツェルマット滞在予定ホテル/アパートメント等の名前、電話

・自分の氏名
・国名と住所
・連絡先FAX、電話、MAIL

なお、ツェルマットの登山センターのガイドはマンツーマン・ガイドしか行わないので、
複数人数でガイド付き登山を行う場合、個人ごとに予約を行うか、人数を指定して予約を
行う必要がある。


○朝食時間と出発時間について

出発時間は、時期により、3時から5時にかけて変動するようだ。それは、明るくなる1
時間ぐらい前を目安に出発するためと思う。

今回は7月30日の登山だったが、朝食が3時半、出発が3時45分だった。最も早いパ
ーティが3時35分頃出発し、3時40分頃には雪崩を打つ感じで多数が出発した。我々
が3時45分に出発し、残る人たちも3時50分頃にはほとんど出発したものと思う。

出発時間は、想像だが、朝食時間以前の出発禁止ということで調整されているように思う。
あまり早い時間に出発されるとうるさくて他の登山者が眠れなくて困るからだ。今回でも、
朝食開始前に出発するパーティは見受けられなかった。

朝食時間は、日の出時間との関係を考えて決定されているものと思う。


○ガイドによる登り方、下り方について

ガイドはハイ・スピード=安全という観点で行動する。そのためにお客を徹底して軽量化
させ、また、お客と自分の安全のためには登り優先というようなルールは無視する。悪い
個所で登ってくる人がいても、ガイドはお客にどんどん降りろと指示を出す。また、フィ
ックスロープはどんどん握ってゴボウ登りすることが指示される。

登山中、ガイドとお客はロープを結びっぱなしであり、ほとんどの個所をコンティニュア
スで行動する。ガイドは、登高中は前でリードし、下降中は後ろでフォローする。

登っているときにお客が遅くなるとグイグイと引っ張り上げるそうだ。私もときどき引っ
張られ、その力強さに驚いた。ガイドは、それだけのパワーを持っている。

3級ぐらいの壁では、ガイドは、お客を壁の下で待たせ、壁の下にある豚のシッポの形を
した太い鉄棒にロープをFIXさせ、一人で登っていく。FIXと言ってもロープを2重
に巻かせるだけである。ガイドは、登ったあと、壁の上に設置されている同様な鉄棒に
(半マストなどで)ロープを掛け、お客に登って来いと言う。

悪い個所の降ろし方は、そういう場所にある鉄棒にロープを二重に巻くか半マストで結び、
お客をロワーダウンさせ(イボンはそれをラッペルと呼んでいた)、お客が下の鉄棒に2
重に巻くことによるFIXを行ったあと、ガイドがクライムダウンする。


○ツェルマット滞在期間について

今回は天候が良かったが、天候が悪くなると何日も登山ができないことがあるようだ。

マッターホルンを高い確率で登り切るためには、一般には10日程度のツェルマット滞在
計画を立てることが薦められているようだ。


○ツェルマットで使用したアパートメントとアパートメント事情

以下が今回使用したアパートメントである。

フェルゼンハイム
http://www.holidaynet.ch/felsenheim/

駅に近く(ツェルマット鉄道駅とゴルナートクラート行き登山鉄道駅から約5分、スネガ
行き地下ケーブル駅から2分)、買い物先も近く(COOPまで約5分)、窓からマッタ
ーホルンが眺められ、4つの快適なベッドがあり、使いやすいキッチンがあって、1日約
1万円だった。とても快適で満足した。

友人からは以下のアパートメントが良かった所として紹介されたが、希望日が満室で、残
念ながら利用できなかった。

Matterhorngruss 
http://www.rhone.ch/perren-reinhold/matter_1.htm

スイスのアパートメントは、以前は、土曜から始まる1週間単位でしか借りられないこと
が多かったらしい。しかし、最近は、それ以外の単位でも貸してくれるところが多くなっ
たようである。私達は5日間のレンタルを行った。


○ツェルマットの登山センターについて

Webサイトのアドレスは後述する。

登山センターはツェルマットの中心通りであるバーンホフ通りのほぼ中央にあり、正面が
透明ガラスで覆われたシャレた建物である。

登山センターでは、山岳ガイドの予約に(たぶんそれ以外の予約にも)、なんと、コンピ
ューター予約システムを使用していた。

登山センターには、3つの窓口があり、1つが山岳ガイド用窓口で、行く都度、どの窓口
も人がたくさん並んでいて、忙しそうな状態だった。

今回、エアー・ツェルマット(ヘリによる救助保険)の申込を忘れ、その契約を行わない
ままマッターホルン登山を行ってしまった。降りてきて調べたら、登山センターの窓口の
一つでそれを扱っていたので、登山前には是非、加入して行きたいものである。エアー・
ツェルマットの詳細は、
http://www.zermattonline.ch/alpincenter/e/Download_E.htm
のページに保管されている
   Matterhorn         The ascent of the Matterhorn (Details) 
に記載されている。


○日本と現地とのメール文について

登山センターのガイドの予約(や宿泊先の予約等)を行うためのメールは、(試していな
いが)たぶん日本語ではダメで、英語(かドイツ語等)で行う必要がある。

私は、日本語から英語の翻訳、その逆の翻訳をExciteの翻訳機能を使って行った。
http://www.excite.co.jp/world/text/
翻訳結果は稚拙だが、自分の英語力よりマシなので、十分、役に立った。


○フランの交換レートについて

本報告でスイスフランを円換算する際に用いた交換レートは、1フラン=84円である。


○出発前に参照したマッターホルン登山記録

モルゲダール倶楽部
http://www.morgedal-club.co.jp/compass.html
・01(?)年8月14日の記録(ガイド付き登山) − 藤田豊さん
http://www.morgedal-club.co.jp/compass/matterhorn.PDF

杉さんのログハウス
http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/2047/sugi/sugi.html
・01年8月14日の記録(ガイド付き登山) − 杉さん
http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/2047/sugi/2001second.html#0809
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/5461/europsugi/alpsugi.html

瀬川さんのコックピット
http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/2047/segawa/segawa.html
・01年8月5日の記録(ガイドレス登山) − 瀬川さん
http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/2047/segawa/segawaeurop/europ.html

大和山楽会
http://www1.kcn.ne.jp/~akio/sangaku/
・01年7月30日の記録(ガイドレス登山) − 山本正男さん
http://www1.kcn.ne.jp/~akio/sangaku/k20/p26-31.html

哲ちゃんの山登り
http://www.asahi-net.or.jp/~NW8T-INB/
・00年8月21日の記録(ガイド付き登山) − Nさん
http://www.asahi-net.or.jp/~NW8T-INB/mattarho.htm

アルパインクライミングホームページ
http://www.big.or.jp/~arimochi/
・00年8月13日の記録(ガイド付き登山) − ARIアルパインクラブ 小林竜夫さん
http://www.big.or.jp/~arimochi/kiroku.00.08.28.02.html

大阪府勤労者山岳連盟のホームページ
http://www.geocities.co.jp/Athlete/3063/index_j.htm
・98年8月11日の記録(ガイドレス登山) − 阪上和子さん
http://www.geocities.co.jp/Athlete/3063/wakoerik.htm

アルパインクライミングホームページ
http://www.big.or.jp/~arimochi/
・95年8月10日の記録(ガイドレス登山) − 大阪ぽっぽ会 大見さん
http://www.big.or.jp/~arimochi/euro.html

Ulsan's Home Page
http://www.chichibu.ne.jp/~oda/
・94年8月15日の記録(ガイド付き登山) − うるさん
http://www.chichibu.ne.jp/~oda/record/alps/alps.htm

我が家のお出かけ日記
http://www.geocities.co.jp/Colosseum-Acropolis/8343/index.html
・93年8月4日の記録(ガイド付き登山) − Kazuさん
http://www.geocities.co.jp/Colosseum-Acropolis/8343/mattrhrn.htm

僕たちの蒼い空 − 中津川勤労者山岳会活動記録(岐阜県勤労者山岳連盟所属)
http://homepage1.nifty.com/hosigami/ourbluesky.htm
・89年夏の記録(ガイドレス登山)
http://homepage1.nifty.com/hosigami/matterho.htm

山岳図鑑
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hkusachi/
・89年7月18日の記録(ガイド付き登山+ガイドレス登山) − H.Kusachiさん
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hkusachi/sanko/swiss/index.htm

長岡健一さんのホームぺージ
http://www2.wind.ne.jp/kenny/index.htm
・Matterhorn's Gallery(ヘルンリ尾根の写真)
http://www2.wind.ne.jp/kenny/mh/mh.htm


○出発前に参照したツェルマットのWebサイト

ツェルマット・ツーリスム(Zermatt Tourism)(英文)
http://www.zermatt.ch/index.e.html

ツェルマット登山センター(Zermatt Alpin Center)(英文)
http://www.zermattonline.ch/alpincenter/e/Home_E.htm

ツェルマットのスポーツ・ショップ一覧(英文)
http://www.zermatt.ch/e/trade/26.html

ツェルマットのスポーツ・ショップ:バイヤード(Bayard)(英文)
http://www.bayardzermatt.ch/e/fs_shops.htm

ツェルマットのホテル(英文)
http://www.zermatt.ch/e/hotels/

ツェルマットのアパートメント(英文)
http://www.zermatt.ch/e/accommodation/apartments.html


●航空券の都合で出発ギリギリまで本当にマッターホルン登山を行うのかどうか決められ
なかった状況(参考)

7月20日から23日にかけての出発便において、(家族旅行向きでない)時間がかかる
南廻りや乗り継ぎが非常に悪い航空会社を除くと、今年は、1番安いのがKAL(大韓航
空:約13万円)、2番目がKLM(オランダ航空:約17万円)だった。(料金は日本
からヨーロッパの1人あたり往復料金/大人も子供も同一金額)

私達の最大の希望日程は、子供たちの夏休みが始まる7月20日(土)から、家族に別の
予定がある前日の8月4日(日)までの16日間であった。しかし、KALは全便キャン
セル待ち状態で、KLMは往路が7月21日(土)のみ/復路が7月31日(水)のみ予
約が入る状態だった。

無用な費用は使いたくないため、最大希望日程と比較的安い航空券が入手可能な日程とを
トレードオフし実際の日程と航空券を決めていくのが、私の旅行準備の進め方である。

他の旅行会社も何箇所か確認の上、結局HISで上記日程の航空券の予約を入れ、同時に、
費用低減/滞在期間延長を目的に、以下のキャンセル待ちを入れた。

・往路:KALの7月20日、23日、25日、KLMの7月20日
・復路:KALの7月30日、8月1日、3日、KLMの8月1日、2日、3日

したがって、6月初旬に確実に確保できた日程は以下になってしまった。

 7月21日(日):成田→アムステルダム(乗換)→チューリッヒ(1泊)
 7月22日(月):チューリッヒ→→グリンデルワルト(5泊)
 7月27日(土):グリンデルワルト→ツェルマット(3泊)
 7月30日(火):ツェルマット→チューリッヒ(1泊)
 7月31日(水):チューリッヒ→アムステルダム(乗換)→(機中泊)
 8月 1日(木):→成田

宿は、インターネットを使用して、グリンデルワルトではアイガービューのホテル、ツェ
ルマットではマッターホルンビューのアパートメントを探し、期間として、グリンデルワ
ルトで5泊分(22日〜27日)、ツェルマットで5泊分(27日〜1日)、予約を入れ
た。航空券のキャンセル待ちの可否によって宿の予約日数が足りなくなったり多くなった
りするが、その場合はそのことが確定した後に考えることにして、とりあえず6月中旬に
上記日程で予約を完了させた。

しかし、航空券に関しては、6月初旬に予約したままではツェルマットの滞在が中2日し
かなく、これではマッターホルンの登山は非常に困難である。もしできたとしても、それ
ではツェルマットにおいて私が家族を全くフォローできなくなるので、そこまでして登る
わけにも行かない、という状況であった。

しばらく待てばKALかKLMのキャンセル待ちが成立しツェルマットの滞在を延ばせる
だろうと安易に考えていたが、出発10日前の7月11日(木)になってもキャンセル待
ちが成立せず、一時は完全にマッターホルン登山を放棄した時期もあった。

出発10日前の7月11日(木)、HISに以下を通知/依頼した。

・航空会社はKLMに確定する(=KALのキャンセル待ち解除)
・往路は7月21日に確定する(=KLMの往路のキャンセル待ち解除)
・復路はまだ確定させず、KLMの8月1日、2日、3日のキャンセル待ちを可能な限り
 継続する
・7月21日(スイス入国日)のチューリッヒのホテルの予約を依頼する(チューリッヒ
 中央駅から近くて安ければどこでもいい:1晩寝るだけだから)
・スイスカード+ファミリーファード(※)の発行を依頼する
・海外旅行障害保険の締結を依頼する

※スイスカード+ファミリーカード:スイス入国時/出国時の各1日のスイス国内の国
 鉄/登山電車類の料金が無料、その間の国鉄/登山電車類の料金が半額、子供(16歳
 以下)はすべて無料、という国外旅行者向け鉄道/登山電車類用のパス

HISからは、以下を言ってきた。

・復路は、発券の都合上(?)、なるべくすぐ確定させて欲しい。
・スイスカードは、復路の日程も確定しないと発行できない。
・ホテルもスイスカードも、HISの口座に入金が確認されないと手配できない。
・海外旅行保険は、キャッシュでいつでも締結可能である。

交渉の結果、以下となった。

・復路の確定は、14日(日)の夕方6時とする。
・それまで、復路のキャンセル待ちを継続する。
・HISは、航空券、ホテル(入/出のチューリッヒの2泊分)、スイスカードの費用を
 合わせた請求書を14日中に砂沢家にFAXする。
・砂沢は、15日中に請求額を指定口座に入金する。
・HISは、出発の前日までに、航空券発券、ホテルの予約/バウチャー発行、スイスカ
 ード発行、海外旅行障害保険の締結を行う。

12日(金)の午後、HISから「復路の8月1日のキャンセル待ちが成立した」旨の連
絡が入った。ツェルマット滞在が中2日から中3日に延長されたが、これではまだマッタ
ーホルン登山の困難性が高いので、約束の14日(日)の夕方6時まで、以下を依頼した。

・8月1日の復路便を確保した上で、8月2日、3日のキャンセル待ちを継続すること

14日(日)の昼、HISから「復路の8月2日のキャンセル待ちが成立した」旨の連絡
が入った。ツェルマット滞在が中3日から中4日に延長され、マッターホルン登山の可能
性をそれなりに高められたので、以下を通知/依頼した。

・復路を8月2日便に確定する(=キャンセル待ちを解除)
・7月21日(スイス入国日)と同時に、8月1日(スイス出国の前日)のチューリッヒ
 のホテルの予約を依頼する(チューリッヒ中央駅から近くて安ければどこでもいい)
・7月21日入国/8月2日出国の条件でスイスカードの発行を依頼する

17日(水)の昼、HISからすべての手配が完了した旨、連絡があった

18日(木)の夕方、HISを訪問して全ての手続きを行った。

これで、以下の旅程が成立し、ツェルマットに滞在する中4日を使用してマッターホルン
登山をチャレンジしてみることになった。

 7月21日(日):成田→アムステルダム(乗換)→チューリッヒ(1泊)
 7月22日(月):チューリッヒ→→グリンデルワルト(5泊)
 7月27日(土):グリンデルワルト→ツェルマット(5泊)
 8月 1日(木):ツェルマット→チューリッヒ(1泊)
 8月 2日(金):チューリッヒ→アムステルダム(乗換)→(機中泊)
 8月 3日(土):→成田

それに伴い、マッターホルンを登るためのガイドの予約手続きを、7月16日(火)の
夜、開始した。


以上