2005.4.14 産業廃棄物処分場の建設をめぐり岐阜県と同県御嵩町が対立している問題で、 柳川喜郎町長は、県庁で古田肇県知事と会談し、話し合いを再開することで合意。 柳川町長と知事の公式会談は十年ぶり。 町側が産業廃棄物処分場の建設計画にストップをかけ県側と激しく対立し、トップ同士の対話も途絶えていた。 町側は2005年2月の古田知事就任を機に事態の打開を模索、県側も関係改善を求めて会談が実現。 今後は双方が解決に向け具体策を探るとみられる。 柳川町長は会談後の記者会見で、 「住民投票の結果を尊重するスタンスは変わらない」と、建設に否定的な考えをあらためて強調。 柳川町長が自宅マンションで2人組の男に襲われて一時重体となった事件は、県警が殺人未遂容疑で捜査中。 2003.10.6 岐阜県が今年3月に発行した「岐阜県史」の現代編で、 建設計画をめぐり地元住民の反対が根強い同県御嵩町の産業廃棄物処分場など廃棄物についての記述が 全面削除されていたことが分かった。 県の修正要求に執筆者が応じなかったためで、 県は「客観的でないと判断した点で修正を求めた」としている。 同処分場計画に慎重な同町の柳川喜郎町長、 「(計画推進の立場である県に)都合の良い部分だけ残した事実の抹殺で、検閲としか言いようがない」と批判。 執筆者の伊藤達也・金城学院大教授によると、伊藤教授は戦後から2000年までの岐阜県の廃棄物問題と 環境対策についての執筆依頼を受け、昨年7月に原稿約40ページ分を県に送付。 県史編集室の要望で今年1月、一部の手直しに応じた。 しかし県の廃棄物対策室が3月、町が住民投票を実施した経緯や、住民投票条例を求める運動が起きた直後 に柳川町長が2人組に襲われ重傷を負った事件などの部分を含むさらに約40カ所の修正を求めてきたという。 伊藤教授はこれに納得せず、逆に原稿の全面削除を要求。 このため県は廃棄物問題についての記述を落としたまま県史を発行した。 2002.2.19 定住外国人投票権訴訟控訴審、 名古屋高裁小川克介裁判長は、住民投票側の控訴を棄却。 小川裁判長、 「条例をつくって在日外国人を住民投票に参加させるかどうかは、地方公共団体の立法政策にかかわる事柄で、 外国人の投票資格を否定した住民投票条例の制定に違法性は無い。」 住民側、 「踏み込んだ判断がなく、非常に残念で不満だ」として、上告する方針。 「差別されている在日外国人の痛みを理解し、救済するような判決を期待していたが、主張が認められず残念だ。」 2001.4.16 定住外国人投票権訴訟控訴審、 名古屋高裁小川克介裁判長は、双方に和解を勧告。 和解条項 @合理的理由なく差別されない町政の推進が重要と確認する。 A外国人町民に密接に関連する公共事務に関し、意見を反映させるために協議をする場を設置する。 B和解内容を町の広報誌に掲載する。 など、4項目を提案。 御嵩町内に住む韓国籍の住民6人が、 「住民投票権が与えられなかったのは国籍差別。」として町を相手取り訴訟。 2000.6 梶原岐阜県知事、 県議会で「何年も、放置するのは、不本意。不同意ならそのように処理する。」 1999.5 御嵩町町長選挙、 柳川喜郎氏、産廃反対を前面に掲げて戦い、大差で再選。 得票数8148票、絶対投票率54.19% 1998.6.18 岐阜地裁、 定住外国人投票権訴訟において「住民投票は町の政策に基づくもので、投票資格を認めるか否かは、町の裁量」、 「投票資格の区別には合理性がある」として請求を棄却。 1997.11.16 記念集会、開催。 1997.7 御嵩町内に住む韓国籍の住民9人、 「長年同町に住んでいたが投票できず、精神的苦痛を受けた」として、町に損害賠償と謝罪を求め提訴。 1997.6.22 産廃処分場建設の賛否を問う住民投票、実施。 投票率 87.5% 反対票 79.65% 賛成票 18.75% 全有権者の69.7%が反対を表明。 1997.5 御嵩町議会、 町内在住の外国人も投票できるように住民投票条例の一部改正を求めた直接請求を否決。 1997.5.8 岐阜県、 「調整試案」を御嵩町に提示、町民への「説明会」を開催。 1997.1 御嵩町議会、 住民投票条例を可決。 (投票資格を町の選挙人名簿登録者に限定。) 1996.10.30 産廃処理計画に慎重な態度をとる柳川喜郎町長、襲撃される。