自由民主党 福岡県第一選挙区支部
前衆議院議員 遠藤のぶひこ
私の履歴書と人生のヤマとタニ~そのとき何を感じたか
私自身他人のホームページを見るとき、2つの点に注目します。一つはその活動内容がきちんと報告されているか。もう一つは、その人物がどういう人かわかるものであるか。前者は時に、いかにも政治家というわざとらしい写真を羅列して、政治活動の報告がきちんとなされていないものが多いと思います。最悪のものがブログ。発信さえすればよいというものではありません。有権者に親しみを持ってもらおうと、今日食べたものを書いたり、永田町での裏話を得意げに書いたりするに至っては、政治家の質をおとしめるだけのものであろうと思います。本当に政治家の活動に注目する人は、国会の議事録までアクセスするでしょうから、ネットサーフの対象になるような浮ついたものは作るべきではないと考えています。。二番目のどういう人物かは、自身の評価であるから余計難しいかもしれません。好きな食べ物や好きな色などはどうでもよい。そこで今回は、思いつくままに自分の「人生のヤマとタニ」を記してみようと思います。
政治家の言葉が軽くなったとよく聞きます。マスコミ報道をなぞるだけのような、上っ面の気持ちのこもった言葉が聞こえないと言われます。私自身がこれまで思っていたことは、「この人の政治行動や政治理念はどういう経験から生じているのだろう」ということでした。言葉に魂がこもるかどうか、聞く人の共感を得られるかどうかは、どのような経験に裏付けられているかに大きく影響されます。政治家の言葉には裏付けが欲しいと思います。自分自身を顧みて、自分の経験が現在どのような影響をもたらしているのか、謙虚に点検してみたいと思います。
世襲批判があるように、「政治家は自分たちとは違う人たちだ。自分たちの悩みや苦しみなどわからない」と感じる人が増えてきました。とりわけ20代。30代のロストジェネレーションという世代は、その上の世代が感じたことのない大きな不安を持っています。一部の政治家を除いて、すべての政治家が順風満帆な人生を送ってきたわけではありませんが、その政治姿勢から人生経験が見えてこないことが多い。耳を傾けようと言う気持ちにならないのも当然だといえます。政治家が自分の人生を余りオープンにしないというのは、自分の弱みを見せたくないと考えているからかもしれませんが、私自身は公人たる、あるいは公人たろうとする者は自身の政治活動の「原点」を明らかにし、多くの有権者と何を共有できるかある部分を見せなければならないと思います。とりわけこれから長い道のりを歩いていかなければならない世代は政治家を冷静に見て、この人は「自分たちの人生にヒントを与える人なのか」と考えています。私は40代でありますが、世の中でよく言われるように、「人生山あり谷あり」という言葉が少しは心に響くようになりました。また「あの鐘を鳴らすのはあなた」という曲の「人は皆、悩みの中」ということばも響くようになりました。無味乾燥な経歴の中に、どういうヤマとタニがあったか、そしてそれがどのような政治理念に結びついているかいただければと思います。以下はかなりの思いつくままに記す「駄文」になります。人の人生など聞きたくないという方はとばして下さい。あえて恥をさらけ出していますので。興味あるかたのみご覧下さい。内容は、私が政治の世界に入る以前の話を記してあります。政治の世界の話は他に様々な形で記してありますのでそちらをご覧下さい。
単純に記すと以下のような経歴となりますが、そこで何を感じてどうなったかは伺えないと思います。
政治の世界ににはいるまで、自分なりに何を感じ、何を学び、何を後悔したのかなどを記します。
| 遠藤 宣彦(えんどう のぶひこ)経歴 福岡1区 | |
|---|---|
| 昭和38年 | 東京生まれ 私立麻布高校卒 |
| 昭和63年 | 東京大学法学部卒後郵政省入省 電気通信局総務課総括係 国会担当・日米交渉担当 |
| 平成元年 | 大臣官房人事部能力開発課 新人採用・研修・留学担当 |
| 平成2年 | 豪州大学院留学 国際関係論専攻 |
| 平成3年 | 通信政策局政策課政策係長 情報通信政策全体の取りまとめと政策立案 |
| 平成4年 | 通信政策局宇宙通信政策課政策係長 宇宙通信・衛星政策等の政策立案 |
| 平成5年 | 長野県佐久市野沢郵便局長 |
| 平成6年 | 大臣官房総務課課長補佐 各種政策研究会立ち上げ(時事問題懇談会・現代政治懇談会・メディア懇談会・平成梁山泊・異業種交流会・郵政事業問題懇話会) 出向 横浜市企画局企画調整部調整第二課担当課長 ゆめはまプラン都市計画の取りまとめ |
| 平成7年 | 出向 横浜市企画局高度情報化推進担当課長(初代)自治体のマルチメディア政策推進 |
| 平成8年 | 大臣官房企画課課長補佐 郵政研究所主席研究官付主任研究官 特定郵便局等の存立意義等の理論化 |
| 平成9年 | 郵政研究所情報システム研究室主任研究官 豪州との共同研究 インターネットの規制問題 大臣官房財務部情報システム課課長補佐 |
| 平成10年 | 在職中 自民党と連立に向かっていた旧自由党の国会議員コンテストに合格 |
| 平成11年 | 連立相手の自民党と合流に向かう自由党から熱心な誘い |
| 平成12年 | 2月郵政省退官 4月に連立解消・自由党分裂 6月総選挙 健闘するも落選 |
| 平成13年 | 参議院東京地方区自由党より出馬 7ヶ月で7000回の演説 約40万票 次点落選 |
| 平成15年 | 突然の民主党と自由党との合併 保守・反民主の立場から比例一位の条件を断り合流拒否 負けを覚悟で保守系無所属出馬 健闘するも落選 |
| 平成17年 | 郵政解散で総理・幹事長・総務局長の指名で公認決定 公示5日前に福岡1区(博多区・東区)に 惜敗率93%で比例復活当選 |
Copyright © 2009 Endo Nobuhiko Official Website.