随筆
小説・随筆・日記
【文学散歩・小説・随筆・日記】
倉田百三
私は涙がこぼれて暗い洞穴のなかで泣きました。そとに出ると驟雨の後の洗はれたやうな青い空の底に涼しい星の群が,及びがたきのぞみのやうにきらめいてゐました。
作者25才の夏,1915年(大正4年)8月17日から3日間,帝釈峡で過ごしたときの思いを,8月23日に久保謙への書簡に認めた。魂の遍歴を窺い知る一節。
(くらたひゃくぞう,1891〜1943,広島県庄原市生, 書簡「洞穴のいのり」より)
火野葦平
…舟を桟橋に繋ぎ堰堤に上る。三十尺位の一番狭いところを堰いてゐる。鉄棒につかまり下をのぞくとくらくらと眼まひがした。なんと眼下はるかに渓流があり,潺潺の音が聞こえて来る。流れははるかの下に一本の白い帯のやうだ。…
(実際に訪れたのは1925年昭和10年9月、29才)
(ひのあしへい,1907〜1960,随筆「帝釈峡」より)
井伏鱒二
…宿に着いた。海抜八百メートルの土地だからまだ炬燵があつた。『今朝,霜がおりました。』…
(井伏鱒二,1898〜1993,紀行文「廣島風土記」より)
河東碧悟桐
帝釈の奇勝は古くから耳にしてゐた。…峡谷に出没する諸峰は, 悠揚として君子的な風貌を連亘してゐる。奇を好むいらいらしさがない。…犬瀬付近の街道の左右に聳立する「剣岩」もまたその余波である。
1926年(大正15)9月,三段峡から長門峡,帝釈峡に遊んだ時の印象。
53才の時の随筆である。
(かわひがしへきごとう,1873〜1937,愛媛県松山市生,
随筆「中国の三渓流」より)
平松措大
…夏もよく, 秋もよき帝釈峡であらうが, 人も来ぬ
この木の芽の頃もまた捨て難しと思ふ。…
(ひらまつそだい, 1898〜1986, 岡山県笠岡市生, 遊行記「帝釈峡」より)
牧野富太郎
「雨天トナル…(前略)…本道ニ出デ逆行シテ神石ホテルニ入リ宿ス着時尚暮レズ採品ヲ始末シ了テ附近ノ岩山ニ採集シいわしで,よこぐらのき等ヲ採リ帰宿ス」
(まきのとみたろう,1935年6月24日の日記より)
村松梢風
…帝釈峡は聞きしに勝る景観であった。あの山と水との自然の交錯と調和は, 高い芸術的感激を人に与へずにはおかない。…
(むらまつしょうふう,1889〜1961,随筆「芸備遊記」より)