帝釈峡文学散歩名勝・旧跡案内
上帝釈
賽の河原(さいのかわら)
永明寺(えいみょうじ)
旅館街周辺
白雲洞(はくうんどう)
雄橋(おんばし)
唐門(からもん)
断魚渓(だんぎょけい)
 
☆画像をご覧になる場合は、ここをクリックしてお探しください。

下帝釈
雌橋(めんばし)
矢不立城跡公園(やたたずじょうあとこうえん)
帝釈峡(たいしゃくきょう)
神龍湖(しんりゅうこ)
犬瀬(いぬぜ)
大田岩(おおたいわ)
堰堤(えんてい)
帝釈の谿(たいしゃくのたに)
天川洞(あまごうどう)
花面洞(はなづらどう)
 
 
賽の河原(卒塔婆や累々たる小石がある石雲山下の一洞窟)
倉田百三

私は涙がこぼれて暗い洞穴のなかで泣きました。そとに出ると驟雨の後の洗はれたやうな青い空の底に涼しい星の群が, 及びがたきのぞみのやうにきらめいてゐました。咽びながれる渓流の岸べを歩みつゝ私はふと聖者になりたいと思ひました。

(くらたひゃくぞう,1891〜1943,広島県庄原市生,書簡「洞穴のいのり」より)
 
戻る
 














永明寺(石雲山下にある古刹で帝釈天を祀る)
永明寺周辺
伊藤セ爾

石雲の名負ひ聳ゆる崖下の御堂をおほふ紅葉ま紅し

(いとうてつじ,1899〜1934,神石郡神石町永野生,歌集「帝釈峡」他より) 
 
村上行々子

石も木も皆苔むして峡涼し

(むらかみぎょうぎょうし勉一, 1880〜1949,島根県生,句集「七夕祭」より)
 
永明寺前句碑
一歩,美津穂句碑

谺する白雲洞やほととぎす  一歩
父が馬馳りし山川春惜しむ  美津穂

(いっぽ,みつほ, 牧野敬一郎(父),夫佐子(娘),東城町生,句碑より)

戻る
 







旅館街周辺
井伏鱒二

宿に着いた。海抜八百メートルの土地だからまだ炬燵があつた。「今朝,霜がおりました。」

(いぶせますじ,満寿二,1898〜1993,深安郡加茂町生,紀行文「廣島風土記」)
 
戻る
 















白雲洞(1929年頃より開発された鍾乳洞)

神石町短歌会・山本芳美
原生樹林の木の間を洩るる陽を盗みテリハアザミは花を掲ぐる

(じんせきちょうたんかかい,代表山本芳美選)
 
積山五行

猿と棲み岩滴りの音をきく

(つみやまごぎょう,類助, 1886〜1928,比婆郡帝釈生,句集「白雲洞」)  
 
戻る











雄橋(又,神橋こうのはし,天然の大岩橋で往時は橋上を往来する)
菅晋寶
……渓声轟脚下,雑樹茂生……

(かんしんぽ(晋葆とも),1768〜1800,深安郡神辺町生,「鬼橋記」より)  
 
阪谷朗蘆 
百丈横跨千尋谿,萬古不撓穹隆勢
雲根夭嬌逸蟠魑,上生老樹為欄楯…

(さかたにろうろ,素,1822〜1881,岡山県美星町生,「鬼橋詩」より)
 
蝶夢
雁聞くやここは橋やら山路やら

(ちょうむ, 1732〜1795, 京都府生, 紀行文「出雲紀行」より)


頼杏坪
…就裏神橋尤秀奇,高架両山跨碧渓,
傳道山霊役萬鬼,一夜攅石此搬運…

(らいきょうへい,1756〜1835,広島県竹原市生,「神橋詩」「帝釈廟碑」より)
 
戻る
 





唐門(又,からかど,佇立すれば涼風を感じる岩壁を穿つ大門)
菅晋寶

…有唐門者蓋一石而二洞直起,可五十丈如門上架門…

(かんしんぽ(晋葆とも),1768〜1800,深安郡神辺町生,「橋記」より)  
 
 
頼杏坪

…山石塊奇,皆神工鬼斧…春花秋葉,絢爛奪目…

(らいきょうへい,1756〜1835,広島県竹原市生,「神橋詩」「帝釈廟碑」より)
 
風律

この門の中見てくるか上り鮎

(ふうりつ,1716〜1781,伝広島市塩屋町,「神石郡誌」より)
戻る
 







断魚渓(飛沫が辺りを濡らす渓流の音高き岩角)
平松措大

…夏もよく, 秋もよき帝釈峡であらうが, 人も来ぬこの木の芽の頃もまた捨て難しと思ふ。

(ひらまつそだい, 1898〜1986, 岡山県笠岡市生, 遊行記「帝釈峡」より)
 
戻る
 















雌橋(天然の大岩橋であるが, 堰堤嵩上げ工事の為橋下は水没)
国府犀東

我婦半身沈水中  失雌豈独敢称雄
天然橋本推双璧  従是孤眼涙亦紅

(こくぶさいとう,種徳, 1873〜1950,石川県金沢生, 「神石郡誌」より)  
 
 
戻る
 














帝釈峡(帝釈川の流れに沿う渓谷の呼称)
西村さかえ

渓水は水底までも透きとおり産卵せし魚ら背の燿けり

(にしむらさかえ,1909〜1989,比婆郡西城町生,歌集「帝釈の峡に生きて」)
 
村松梢風

帝釈峡は聞きしに勝る景観であった。あの山と水との自然の交錯と調和は, 高い芸術的感激を人に与へずにはおかない。

(むらまつしょうふう,1889〜1961,静岡県周智郡飯田生,随筆「芸備遊記」)
 
久岡勝子

春くれば春の愛しさ甦る瀬々の流れも河鹿の声も

(ひさおかかつこ,1895〜,甲奴郡上下町階見生,歌集「寂光」,歌碑あり)
 
宮田武義

渓深くいゆきなづむに嶺の猿石まろばして人を驚かす

(みやたたけよし,1891〜1992,広島県比婆郡西城町生,画歌集「比婆山遊記」)
戻る
 





矢不立城跡公園(庄野三郎元近, 次郎の居城と云われる古城跡)
速水太郎

帝釈風光勝書画  更依水力衆民蘇
風酸雪虐五年後  喜見千尋一大湖

(はやみたろう,1862〜1936,三重県伊賀上野生,「速水太郎翁頌徳碑」より)
 
戻る
 















神龍湖(1923年頃以降の貯水湖の別称)
神石町短歌会

うつし世の騒音も雪も吸いこみて山湖遠世の謐けさ見する(山本芳美) 
干天に耐えかね涸れたる神竜湖秋深まれど紅葉なし得ず(三好ハツミ)
神竜湖蒼く素肌を曝し岩も木も真向う冬に凛と立ちおり(田辺政恵)

(じんせきちょうたんかかい,代表山本芳美選)
 
戻る
 














犬瀬(帝釈川と高光川の合流点, 神石郡神石町永野犬瀬)
今井篤三郎

 隧道の暗きをぬけていでし眼にあな晴々し山の湖の青

(いまいとくさぶろう,1896〜1956,岡山県津山市生,歌集「清泉」他より) 
 
河東碧悟桐

帝釈の奇勝は古くから耳にしてゐた。…峡谷に出没する諸峰は, 悠揚として君子的な風貌を連亘してゐる。奇を好むいらいらしさがない。…犬瀬付近の街道の左右に聳立する「剣岩」もまたその余波である。

(かわひがしへきごとう,1873〜1937,愛媛県松山市生,随筆「中国の三渓流」)
 
戻る
 










大田岩(紅葉橋より東南に見える大岩壁)
神石町短歌会他

春寒き湖に截り立つ大田岩,色青みつつ夕べ寂けし(豊田清史)

神石町短歌会(代表山本芳美選,「火幻」主宰の豊田清史―歌碑あり―を含む)
 
戻る
 
















堰堤(1917年山陽中央水力電気株式会社が起工,後嵩上げ工事あり)
火野葦平

…舟を桟橋に繋ぎ堰堤に上る。三十尺位の一番狭いところを堰いてゐる。鉄棒につかまり下をのぞくとくらくらと眼まひがした。なんと眼下はるかに渓流があり,潺潺の音が聞こえて来る。流れははるかの下に一本の白い帯のやうだ。…

(ひのあしへい,1907〜1960,北九州市若松区生,随筆「帝釈峡」より)
 
戻る
 















帝釈の谿(1922年3月7日に名勝「帝釈の谿」として指定)
伊藤セ爾

天つ日の光とどめぬ深き渓の石に座りてこころ静かなり               

(いとうてつじ,1899〜1934,神石郡神石町永野生,歌集「帝釈峡」他より) 
 
戻る
 
















天川洞(永野天川の地にある鍾乳洞)
中町虎杖

洞窟を出て陽の明かし草紅葉

(なかまちこじょう, 国吉, 1875〜1963, 新潟県生, 「神石郡誌」より)
 
山隅衛

洞口にさ霧まよふにたちよれば吹き通る風の冷たかりけり

(やまずみまもる,1894〜1960,広島県廿日市市生,歌集「遍路」他より)
 
戻る
 











花面洞(永野市場より渓谷を下った花面の地にある鍾乳洞)
神石町短歌会

幽邃の気が漲れる渓谷にオカリナの音は岩にしみ入る(宮野滋子)

(じんせきちょうたんかかい,代表山本芳美選)
 
戻る
 
――別記――
師魂の碑
(しこんのひ,桜橋袂にある。1934年粟田小学校学童遭難の碑,歌碑もあり)   
 
――付記――                          
*堰堤には,犬瀬から帝釈国民休暇村を回って行く道と神石町郷土資料館の前を通り永野に通じる道を行く方法があります。
 
*原文の出典は,略歴の項を参照。一部改題あり。又, 漢字,仮名遣い, 地名等は一部直しています。




Copyright(C)2000 jinseki. All rights reserved