私は涙がこぼれて暗い洞穴のなかで泣きました。そとに出ると驟雨の後の洗はれたやうな青い空の底に涼しい星の群が, 及びがたきのぞみのやうにきらめいてゐました。咽びながれる渓流の岸べを歩みつゝ私はふと聖者になりたいと思ひました。
頼杏坪
…山石塊奇,皆神工鬼斧…春花秋葉,絢爛奪目…
(らいきょうへい,1756〜1835,広島県竹原市生,「神橋詩」「帝釈廟碑」より)
風律
この門の中見てくるか上り鮎
(ふうりつ,1716〜1781,伝広島市塩屋町,「神石郡誌」より)
平松措大
…夏もよく, 秋もよき帝釈峡であらうが, 人も来ぬこの木の芽の頃もまた捨て難しと思ふ。
(ひらまつそだい, 1898〜1986, 岡山県笠岡市生, 遊行記「帝釈峡」より)
国府犀東
我婦半身沈水中 失雌豈独敢称雄
天然橋本推双璧 従是孤眼涙亦紅
(こくぶさいとう,種徳, 1873〜1950,石川県金沢生, 「神石郡誌」より)
西村さかえ
渓水は水底までも透きとおり産卵せし魚ら背の燿けり
(にしむらさかえ,1909〜1989,比婆郡西城町生,歌集「帝釈の峡に生きて」)
村松梢風
帝釈峡は聞きしに勝る景観であった。あの山と水との自然の交錯と調和は, 高い芸術的感激を人に与へずにはおかない。
(むらまつしょうふう,1889〜1961,静岡県周智郡飯田生,随筆「芸備遊記」)
久岡勝子
春くれば春の愛しさ甦る瀬々の流れも河鹿の声も
(ひさおかかつこ,1895〜,甲奴郡上下町階見生,歌集「寂光」,歌碑あり)
宮田武義
渓深くいゆきなづむに嶺の猿石まろばして人を驚かす
(みやたたけよし,1891〜1992,広島県比婆郡西城町生,画歌集「比婆山遊記」)
速水太郎
帝釈風光勝書画 更依水力衆民蘇
風酸雪虐五年後 喜見千尋一大湖
(はやみたろう,1862〜1936,三重県伊賀上野生,「速水太郎翁頌徳碑」より)
神石町短歌会
うつし世の騒音も雪も吸いこみて山湖遠世の謐けさ見する(山本芳美)
干天に耐えかね涸れたる神竜湖秋深まれど紅葉なし得ず(三好ハツミ)
神竜湖蒼く素肌を曝し岩も木も真向う冬に凛と立ちおり(田辺政恵)
(じんせきちょうたんかかい,代表山本芳美選)
今井篤三郎
隧道の暗きをぬけていでし眼にあな晴々し山の湖の青
(いまいとくさぶろう,1896〜1956,岡山県津山市生,歌集「清泉」他より)
河東碧悟桐
帝釈の奇勝は古くから耳にしてゐた。…峡谷に出没する諸峰は, 悠揚として君子的な風貌を連亘してゐる。奇を好むいらいらしさがない。…犬瀬付近の街道の左右に聳立する「剣岩」もまたその余波である。
(かわひがしへきごとう,1873〜1937,愛媛県松山市生,随筆「中国の三渓流」)
神石町短歌会他
春寒き湖に截り立つ大田岩,色青みつつ夕べ寂けし(豊田清史)
神石町短歌会(代表山本芳美選,「火幻」主宰の豊田清史―歌碑あり―を含む)
火野葦平
…舟を桟橋に繋ぎ堰堤に上る。三十尺位の一番狭いところを堰いてゐる。鉄棒につかまり下をのぞくとくらくらと眼まひがした。なんと眼下はるかに渓流があり,潺潺の音が聞こえて来る。流れははるかの下に一本の白い帯のやうだ。…
(ひのあしへい,1907〜1960,北九州市若松区生,随筆「帝釈峡」より)
伊藤セ爾
天つ日の光とどめぬ深き渓の石に座りてこころ静かなり
(いとうてつじ,1899〜1934,神石郡神石町永野生,歌集「帝釈峡」他より)
中町虎杖
洞窟を出て陽の明かし草紅葉
(なかまちこじょう, 国吉, 1875〜1963, 新潟県生, 「神石郡誌」より)
山隅衛
洞口にさ霧まよふにたちよれば吹き通る風の冷たかりけり
(やまずみまもる,1894〜1960,広島県廿日市市生,歌集「遍路」他より)
神石町短歌会
幽邃の気が漲れる渓谷にオカリナの音は岩にしみ入る(宮野滋子)
(じんせきちょうたんかかい,代表山本芳美選)
――別記――
師魂の碑
(しこんのひ,桜橋袂にある。1934年粟田小学校学童遭難の碑,歌碑もあり)
――付記――
*堰堤には,犬瀬から帝釈国民休暇村を回って行く道と神石町郷土資料館の前を通り永野に通じる道を行く方法があります。
*原文の出典は,略歴の項を参照。一部改題あり。又, 漢字,仮名遣い, 地名等は一部直しています。
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