昔のブログで書いたRAINBOW特集のまとめサイトで、RAINBOWの歴史と音源を考察するというコンテンツです。
Straight Between The Eyes(闇からの一撃)
1.Death
Alley Driver 2.Stone Cold 3.Bring On The Night 4.Tite Squeeze 5.Tearin' Out
My Heart 6.Power 7.Miss Mistreated 8.Rock Fever 9.Eyes Of Fire
1982年の4月(日本では5月)に発表。アメリカではこのアルバムが最高チャート30位まで上がった。「Stone Cold」のシングルも40位まで行くなどチャート上では健闘した。
この作品での画期的な出来事は、やはり、リッチーとジョーの共作であろう。前作は、ジョーはすべてのバッキング・トラックが完成してからの加入だったが今回は最初からジョーがいた。
定例の人事異動では、ドン・エイリーがバンドを去り、当時21才だったデイヴ・ローゼンサルが加入したことであった。
どうもこの作品は、リッチーフリークの間では評判が良くない。たしかに、前作や次作が名盤であった(当時はかなりブーイングがあったが)のもあるが、
「アメリカナイズされた」
「ダイナミズムや気高さに欠ける」
など、あまり評判は良くない。
「Death Alley Driver」や「Stone Cold」のインパクトに比べ、それ以降の曲は地味ではあるが、個人的には前作よりもジョーの音域にあわせて歌メロを聞かせることに重点を置いたとも言えよう。Aマイナー、Eマイナーのメロが多いのも特徴だ。
また、コードカッティングのキレの良さが「Power」に出ているなどの点も見られる。
いずれにせよ、過渡期的な作品ではあるが、凡百のメロハーに比べればレベルは高いともいえよう。「Bring On The Night」、「Miss Mistreated」は個人的に好きである。
ただ、前作や次作ほど聞く機会が少ないだけで失敗作でも駄作でもないし、DEEP PURPLEの「Who Do We Think We Are」より数段出来はいい、と思う。
5月よりSCORPIONSやIRON MAIDENと米国を回り、10月に来日公演、11月からヨーロッパツアーを回った。
この頃のステージは「元気いっぱい」なのだが、コンパクトなセットに輪をかけたり、リッチーのギターサウンドやソロでの切れに欠けるステージも少なくなかったようだ。手の怪我説もあるそうだ。
1980年、とんでもない事件がアメリカで起きていた。
なんと1期のヴォーカリストだったロッド・エヴァンスが、突如寄せ集めのメンバーにディープ・パープルの名前を付けてライブ活動を行ったのだ。
しかも、演奏していた曲が2期の代表曲ばかりであった……。これが発覚した後、他のメンバーが激怒。
事態は裁判に発展した。ロッドは敗れ、パープル時代の印税の権利まで失う。その後はアメリカで病院務めをしているそうだ。
しかし、この事件は元2期パープルのメンバー達を否が応でも再び引き合わせ、交流させるきっかけになった。
パープル時代のようなアメリカで反響が得られなかったリッチーの心がその頃から「あの2期のメンバーとならまたやってもいい……」と傾いていったのではなかろうか。
全米制覇への野望とかつてのインプロヴィゼーションの味を知るメンバーたちとやってみたいとの男のロマンがその後、意外な結末を生む。
その頃の第2期DPメンバーの状況を見ると、RAINBOWのツアーは盛り上がりはしたものの、全米で大成功というにはほど遠かった。そこにどこから降って湧いたかは不明だが、DEEP
PURPLE再結成の話が出てきた。
イアン・ギランはGILLANが「Big In Europe」であったが、アメリカではまったく盛り上がりがなく、ジョン・ロード、イアン・ペイスはWHITESNAKEが凍結中という状況だったわけで、各メンバーで話がついてはいたが、余りにも高額すぎたギャラ要求が原因で、流産に終わった。
哀れなのは、取らぬ狸の皮算用でGILLANを12月に解散させてしまったイアン・ギランであった。この騒動で職を失ったギランは酒に溺れる日々を送る。
まさか、そこから「Born Again」が生まれてしまうとは、当時のファンは知るよしもなかった、かもしれない。
Webmaster Metropolis(通称メトちゃん)
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