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昔のブログで書いたRAINBOW特集のまとめサイトで、RAINBOWの歴史と音源を考察するというコンテンツです。

第12回 「Difficult To Cure」(後編) 福岡でのハプニング

福岡での嬉しいハプニング

 2月からアメリカ、6月にヨーロッパ、8月に8度目の来日と精力的にツアーを行った。
 また、来日公演初日の福岡では、2度のアンコールが終わり、終了のアナウンスが流れたところで、突如ジミへンの「Fire」が演奏される嬉しいハプニングもあったりした。

☆セットリスト

Over The Rainbow
Spotlight Kid
Love's No Friend
I Surrender
Can't Happen Here
Catch The Rainbow
Man On The Silver Mountain
Lost In Hollywood〜Difficult To Cure〜Long Live Rock'N Roll
Maybe Next Time
All Night Long
Since You Been Gone
Blues
Smoke On The Water

 キャッチーでコンパクトなサウンドになった影響か、セットも必然的にコンパクトになってきている。
 一番の変化は「Smoke On The Water」を演奏し始めたことであろう。
 実は後年、イアン・ギランの加入したBLACK SABBATHがこれをプレイしたりもしたが、まさか、数年後にDEEP PURLE再結成でリッチーが弾いてギランが歌う「Smoke On The Water」が聞けるとは当時のファンは思ってもいなかったであろう。マネージャーのブルース・ベインの勧めやジョーの意向もあったが痛し痒しと言った所か。
 
「Finyl Vinyl」がこの時期の代表的音源であったが、この年のツアーでのジョーは、名演が多かった。

☆新作からの曲

 では「Difficult To Cure」からはどんな曲が演奏されたのかを追ってみよう。
I Surrender
 このアルバムがリリースされた1981年のツアーから、1984年の解散までプレイされていた。ライブではギターソロがスタジオ盤と比べ、かなり長い。リッチーの名演も多い。
 オープニングでは、サビをアレンジしたキーボードソロがプレイされていた。

Spotlight Kid
 1981年のツアーからオープニングを飾ることが多かった。スタジオよりもかなり速いテンポで演奏され、メイン・リフから始まっているのが特徴。
 曲の速さのせいか、ジョーの歌メロは、サビの部分を伸ばしていない。
 ギター・ソロは、1弦をハミングバードで21フレットまで上がっていく安直なフレーズが多い。エンディングは「Kill The King」のエンディングをそのまま使っている。リッチーお得意の「リサイクル」ってやつですな(笑)

No Release
 ツアー初期にごく稀に演奏されていたが、ほとんど演奏されたことがない。
Vielleicht Das Nachste Mal (Maybe Next Time)
 アンコールの幕開けに演奏され、スタジオテイクのテープが流れた後、リッチーがギターを重ねていく形が多い。

Can't Happen Here
 1984年の解散まで演奏されている。
 この頃のジョーのヴォーカルは名演であった。原曲よりもかなり速い。「Finyl Vinyl」には、1981年のニューヨークでのLiveからのテイクが使用されている。リッチーのご愛嬌のようなミスもあるが、名演だった。

Difficult To Cure
 1977年のヨーロッパ・ツアーから演奏されている。
「Lost In Hollywood」メドレーの一環として、ドラム・ソロへとつなぎ、「Long Live Rock'n Roll」へと突入している。この頃、キーボード・ソロはスタジオ盤に忠実である。

 さて、ツアー終了後、またしてもRainbow名物「メンバーチェンジ」が行われた。ドン・エイリーが脱退し、10月にデヴィッド・ローゼンタルが加入。ドン脱退の理由はロンディネリとの確執と、ファッションセンスの無さだったという。時代はMTV時代へと移行するようになり、やはりPVで見栄えのするキャラの存在が不可欠だったのだろうか。

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