関口仁 イタリア旅行記

 今回のイタリアツアーは、ローマ アンドリア コルチナダンベッツォ ベネツィア ミラノというコースでした。はじめてのヨーロッパでもあり、成田を出発するときはどんなところだろうと想像に夢を膨らませつつ、13時間もの禁煙にも耐えられるかなどと心配もしておりましたが、飛行機はJALで、各席ビデオモニターもついておりいろいろな映画を見ながら実に快適にローマに到着ということになりました。ローマに着いてからホテルへ向かう道での景色がまた印象的で、なにが印象的だったかといいますと、建物が全部古い!石で出来ている!中世にもどったようなデザインだ!。というようなことなんですけれども、これがローマというところなんだと、やはり日本とは違うなあ・・・と感じ入っておりました。
 ホテルに着いてさっそく食事に行きましたが、時間も遅かったのでとりあえずファーストフード的な店に入り、ビールを頼み、パスタとピザを食べてみました。これが実にうまい!店の人も日本人観光客に手慣れているようで愛想が良く、日本語も通じてしまう。ワインも安いのに美味しい。これは良いところに来たと感動しておりました。
 次の日はローマ観光とバチカンの下見という感じで動きました。バチカン美術館にも行きましたが、膨大な数の高レベルな作品と建物の広大さに驚かされてしまい、7Kmあるといわれる順路の途中からは、もうどれを見てもあまり変わらないという感じで早歩きで終点を目指してしまいました。しっかり見ようとすると1週間はかかりそうな感じでしたので・・・。今考えてもあのスケールの大きさはものすごいと思います。
 6月13日、ローマ法王謁見です。正装ということで写真のような白の紋付きで出かけました。ヨハネパウロ2世は81才になられたそうですが、慈愛に満ちたやさしいお声がまだ頭に焼き付いております。私も慈愛に満ちた音を出せるようになりたいものです。



 さて、これからローマ空港からバーリ空港へ飛びアンドリア市へと向かいます。今回はアンドリア市に招待を受けた天河神社一行23名のイタリア国神業です。世界遺産であるキャッスル・デルモンテにて、日本の神儀による世界平和の祈りの中で和太鼓の演奏をするわけです。巨大な石の建物、乾燥した強い風の中。和太鼓の音がどうなるのか心配です。それより何よりまだ見ぬ太鼓が無事なのかどうなのか・・・。



 アンドリア市の歓待を受け、市内案内。警察官付きで市内を回るというなかなかの雰囲気でした。アンドリア市民の方たちも日本人が珍しいらしくほうぼうで噂をしたり、サムライ・サムライという声が聞こえてきたりします。写真をいっしょに撮ってくれなどと言う人もいるくらいです。日本人がこの町に来るのは何十年ぶりなのかもしれません。市に表敬訪問をしたり、工場見学に案内されたり、アドリア海に観光案内をしてくれたり、教会に案内してくれたりじつに好意的でした。市の職員の方々ありがとうございました。



 6月15日、いよいよ神儀の日です。現場に和太鼓も着き、梱包を開けてみましたら無事に皮も破れずに来ていました。ああ、よかった・・・。とホッとしていましたが、いざ皮の張りを確かめてみると張りすぎの状態です。さっそくタオルを濡らして皮に水分を与えますが、あっという間に乾いてしまいます。このキャッスル・デルモンテというところは丘陵の頂上にあってしかも乾いた風が吹き続けるのです。自分の体には心地よいのですが、太鼓にはちょっときついようです。こんなことなら日本で皮をだらだらにしてくるんだったと後悔しておりました。こうなったら本番直前まで2枚のタオルで皮を濡らし続けようと心に決め、半日間、チューニングに徹しておりました。写真をお見せできないのが残念なのですが(じつはアンドリアにきて電源アダプターが合わず充電できなくてデジカメ撮影不能)、キャッスル・デルモンテの前は巨大な石の壁で出来ており、この反射音とともに演奏することになるわけですが、それに合わせたチューニングまで持っていくのが非常に大変でした。本番近くなるとかなり近いところまできましたが、3時間に及ぶ神儀のなかで演奏中どんどん皮が張っていくのが打ちながらもわかるくらいです。まあしかし現地のかたは和太鼓を見るのも聞くのも初めてのようなので、なんでこんなに大きな音がするんだとか、どういう意味があるんだとかかなり興味を持っているようでした。なかでも子供達が非常に興味深げに演奏後見に来ていたのが印象的でした。やっぱり世界共通なのかなと思ったりします。
 というわけでなんとか成功に終わり(あんまりうまく説明できていない・・・)、身も心もくたくたの状態で招待されている最高級レストランというところに行きました。しかしイタリアというところは日が長いですねえ。10時近くまで明るかったと思います。11時くらいにレストランに着き、飲んだり食べたりしていましたが、その中で印象に残ったことを一つ。最高級レストランだけあって料理もおいしかったのですが、飲み物のなかに味もかろやかでいてしかも深さがあり、口当たりも実に爽やかなおいしい発泡ワインがありまして、これは美味しいシャンパンだといって飲んでいると、横からアンドリア市長が、強い口調で「違う」といっているようです。それは「スプマンテ」だ。というのです。なるほどシャンパンというのはフランスの発泡ワインのことだった、とそのとき思いました。市長に何度も
「スプマンテ」「スプ-マンテ」「ス-プ-マ-ン-テ-!」と言うと満足そうにしていました。イタリア人の誇りというものを見せていただいたような気がします。これ以来わたしは「ス-プ-マ-ン-テ-!」のファンになったことはいうまでもありません。



イタリアワインの勉強
spumante 発泡性のワイン(スパークリングワイン)。ガス圧は3気圧以上




というわけで、無事にキャッスル・デルモンテでの神儀・演奏を成功のうちに終え、アンドリア市を出発。大型バス、飛行機を2機乗り継ぎまたバス移動と約13時間かけてコルチナダンベッツォに到着。



 いいところです。まるで小川村の自宅に帰ってきたような山の中です(ちょっと違うかも知れない・・・)。宿泊のホテルも感じのいいところで、出来れば3泊くらいはしたい感じでした。実にいいところです。落ちつきます。オーストリー国境に近いこの地はイタリア人の山のリゾートとして認知されているようです。夜の食事後、一人で散策し地元の人が集っているようなバーに入りました。ワイワイとなにを喋っているのかサッパリわかりませんが、ほのぼのとした感じです。しかも料金もじつに安い。計算してみるとワインがフルボトルで1本なんと400円台(800円だったかも)。何万何十万という単位の大きいリラの感覚がまだつかめてませんが、円に直すと現実的ですね。



 次の日3000m級の山頂付近までバスで登り、景色と空気を楽しんでおりました。涼しいというのはいいですねえ。6月中旬で気温が6℃だそうです。まだ残雪のあるこの山を見ていると実に清々しくなります。これから行くベネツィア(ベニス)は気温37℃と聞かされて、心の中では「ああそんな暑いところには行きたくない!私だけはずっとここにいるんだ。」などと思っておりました。ヤッホーと大声で叫んで耳をすませてみましたがさっぱりエコーは帰ってきません。やはり山の地肌と雪では音は吸収されてしまうのでしょうか。



 バスに揺られベネツィアに入ります。そしてボートで移動。噂には聞いていましたが、やはり水の都なんですねえ。タクシーボート、バスボート、カンツォーネ付き手漕ぎボート、ゴミ収集ボート・・・。本当に水路の交通で成り立っているところを、自分の目で見ると驚きです。狭い小路(水路の場合は何というのか?)での手漕ぎボートの操縦にも驚かせられました。壁と5mmくらいの隙間でカーブを曲がったり、船体を斜めにして橋をくぐり抜けたりします。歌もうまい。まわりの石の建物に反響しながらカンツォーネが心地よく聞こえてきます。街を歩いてみると日本人観光客の姿もたくさんあり、やはり人気の場所なんですね。
 それにしても、この水の中にどうやって建物を建てたんでしょう・・・・・不思議です・・・。あと、環境汚染なんでしょうけど、よく見ると水が濁っていたのと臭いが出てることは気になりました。世界中環境問題はどこも同じなんでしょうか。



 ベネツィアでは今回のツアーの重要関係者であるアーティストのサビーノ氏のガラス工房も見学させていただきました。この道50年というマエストロとサビーノ氏の連携アートには感激いたしました。いっしょにやり始めて35年になるということですが、阿吽の呼吸というものがひしひしと伝わってきます。お互いに高いところを見ながら進んでいく行程をわずかながらも見させていただきましたが、アートというものが人間にとって何なのか、私の心の中にあるものとの共通点を、言葉もなく感じ、うれしくなりました。



 旅も終わりに近づきミラノです。この街は今までのイタリアの街とは少し違う雰囲気を持っているようです。古き良きものも残っている新興都市的な感じを受けました。ローマとは違う人々の活気のエネルギーも感じました。ショッピングストリートに出掛けてみましたが有名なプラダの本店あたりにも日本人がけっこういて、買い物をしているようです。私もプラダの本店に入ってみましたが、どの商品も値札が付いていなく「これはいくらくらいなのかなあ」と思いつつ店を出ました。他の店の商品とどこが違うんだろうと、思ってみたりもしました。イタリアは全体的に革製品のレベルが高いということは私にもわかりましたので。あとはやはりネームバリューなんでしょうか。明日は日本行きの飛行機に乗るのでほかの皆さんは買い物に歩いているようですが、私はお疲れモードに入り割とおとなしくしておりました。しかし夜の日本食では久しぶりに日本酒も飲み少し元気が出た感じでした。やはり私は日本人なんですね。その後は例によってちょっと出掛けました・・・。ミラノでのホテルは今回はじめてのアメリカンスタイルと呼ばれるホテルでしたので、なんとなく落ちつく感じでした。慣れなんでしょうね。日本のシティホテルも割とアメリカンなんだと思います。



 しかし今回はよく歩きました。歩き疲れてしまいました。7Kmのバチカン美術館フルコースに始まり、たいていの目的地はバスを停められるところからかなり距離がありしかも石の道路。イタリア時間なのか5分というと15分。10分といえば40分くらい歩くようです。おかげでベッドに入るとすぐにぐっすりと眠れましたが・・・・。スケジュール的にはかなり強行軍のところもあって、今考えるとこのツアーが遠い昔の映像のように頭の中に残っています。デジカメの充電が途中できなかったこともありましたが、それでも2100枚ほど画像を撮ってきましたので(撮りすぎ)時々ながめて思い出そうと思っています。今度はいつ行くかわかりませんが次回は是非、個人的に行きたいものです。その時は今回行けなかったオペラにも行ってみたいものです。
 場所によっての感性の違いをまざまざと感じたりするのはいいことですね。昨年は米国内陸の方へ旅して参り、いろいろなことを感じ取らせていただきましたが、今回の初めてのヨーロッパでもかなり感じる事が出来たような気がします。気候風土の違い・ことばの違い・食事の違い・宗教の違い・歴史の違い・・・によってこれだけ違う感性が生まれるとは地球というのはおもしろいですね。2000年以上も前に建ったといわれるような石の建物を見ていると、100年も生きられない私はなんて小さい、はかない命なんだなどとも思いました。歴史を直に感じるというのもいいですねえ。普段、日本の中で活動をしている私にとって良いカンフル剤となるようですので、時々、また出掛けようかと思いました。日本に帰ってからのものの見方が変わりそうな気がしますので。
 イタリア人は全体的に人なつっこく感じました。好意的というか元々なのか、商売熱心なのか、それとも第2次大戦の同盟国のせいなのか、なんだかつきあいやすそうに思えました。覚えたイタリア語はグラッツェ(ありがとう)ボンジョールノ(おはよう・こんばんは)ビーノロッソ(赤ワイン)アクーア(水)ボーノ(おいしい)それと例のスプマンテくらいのものでしょうけど、なんだか合いそうな気がします。英語も通じますし場合によっては日本語さえ通じてしまいます。食事も割と体に馴染んで来たようですし新鮮なオリーブオイルとパスタ・メインディッシュ、それに美味しいワインを昼夜楽しみ、シエスタと呼ばれる昼寝もする。なんだか私に合っているような気もしました。それでも味噌汁が飲みたい、寿司を食べたい、うどんが食べたいというのは私が日本人だからなのでしょうね、あと今回残念だったのは期待していたフェラーリを見かけなかったことかな。ミラノに向かう高速道路で矢のようにすっ飛んでいったそうなのですが私はお昼寝中だったようです。残念。しかしいろいろなことを感じ取らせていただいたツアーでした。
グラッツェ!イタリー。

関口仁
2001.07.07  (07.07.2001)



表 紙

プロフィール

関口仁演奏依頼

和太鼓指導

関口仁CD

関口仁ライブ情報

画 像

CDマスタリング


関口仁 JIN ミュージック
jinmusic@nifty.com
FAX 026-269-3422