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歴代QSLカード紹介


このページでは、JH0HYX1977年の開局以来発行してきたQSLカードを紹介します。初期の頃は手書き、ガリ版刷りの、完全手作り版でした。もちろん、まだ、パソコンはおろか、プリントゴッコすら無かった時代です 。自作BASICプログラムでプリンタ出力QSLを作った頃が懐かしいです。各カードを発行していた頃の思い出も書いてありますのでぜひご覧ください。現在発行中のカードはいちばん上にあります。


<JH0HYX QSLカード未着各局へ>

QSOから半年以上たってもお手元にQSLカードが届かない場合,あるいは記載内容不備等でアワード申請に使えないなどの問題がありましたら,お手数ですがQSOデータ(貴局コールサイン,交信日時,周波数,モード,不備内容など)を明記の上,下記までレポートいただければ幸いです.

また,無事QSLカードが到着した場合でも,QSOデータに加えて配送された年月をレポートいただければ,Buroへの到着確認,処理日数調査に活用させて頂きます.個別返信はできませんがご了承ください.

レポートはこちらまで


<JH0HYX QSLカード発行状況>

QSL発送済み最終交信日: 〜2007年1月25日 (1月26日発送)


<現在発行中のQSLカード>

QSL #25(2004年6月〜発行中)
QSL25 QSL#24(インクジェットプリント)用に原稿を作ったのですが,QSO数が増えてきたのでオノウエさんへ頼んで印刷することにしました.データ入稿初挑戦でしたが,何とか無事に1000枚あがってきました.青空の色が元写真とちょっと違うイメージになってしまいましたが,まあまあの仕上がりになりました.写真は国宝松本城を 西側から撮影したもので,写真左には満開の桜が一緒に写っています.(撮影:JH0KZY by Canon EOS 10D)

※移動運用時は、現場写真を中心とした別フォーマット(#30、#31)のQSLカードを発行します

   
QS0 BANK(電子QSL)(2001年10月〜電子発行中)
QSO BANK QSL QSOバンクで交信データーが一致すると、画像ファイルとして送られるQSLカードです。画用紙を切ってガリ版で作っていた頃から四半世紀、全く驚きです。いまから四半世紀後はどうなっているのでしょうか。 (「紙QSL」もあわせてご発行ください)
   

<すでに発行を終了したQSLカード>

QSL #01 (1977年9月〜)
QSL01 1977年9月3日にJH0HYXを開局し、初めて発行したQSLカードです。まだ、義務教育下にあった身分としては、なかなか商用印刷には手が出せず、画用紙を切って、謄写版にて印刷するという、超手作り品でした。図柄は、松本市の形に主な交通機関を入れたものです。表面は青のインクで謄写版刷りしたものに、版画用のゴム版で自作したQTHとコールサインのスタンプを押してあります。赤いマークは、当時「ハンディートランシーバー」と呼ばれていた、今のオールモードHFモービル機ほどの大きさがある無線機(TR-2200G)をイメージして、消しゴムで作ったスタンプです。 
   
QSL #02 (1978年5月〜)
QSL02 2作目のQSLカードです。やはり、謄写版を使って自分で印刷しましたが、今回は無地の私製はがき用紙を購入して使いました。印刷も、青と赤のインク2版刷りと、多少進化しています。QTHとコールサインは、前回自作のスタンプです。このころは、144MHzの移動運用で、美ヶ原高原へよく出かけていました。図案は、国宝松本城と松本市内からみた美ヶ原高原のつもりです。。
   
QSL #03(1978年7月)
QSL03 3作目のQSLカードは、6m and downコンテストで、美ヶ原高原移動運用したときに作ったものです。今度は、謄写版3色刷りです。1作目、2作目同様、文字は、ボールペン原紙(ヤスリと鉄筆がなくても、ボールペンで書くだけでガリ版原紙が作れるやつ)に英文タイプ(活字のついたハンマーが紙をたたくやつ)で作成しました。このときの成績は、個人局144MHz部門で、信越地方第3位入賞でした。
   
QSL #04(1978年8月〜)
QSL04 4作目のQSLカードは、ローカル局から「何の絵なのかさっぱりわからない」という、超不評だった作品です。(答えは、松本市を中心とする、周辺市町村の境界線地図、、です)謄写版青、赤2色刷に、消しゴムで作った「ちゃりんこモービル」のスタンプを押しています。このころ、自転車の荷台にモービル基台つけて、144MHzの5/8λホイップでQRVしていました。自転車のダイナモで発電して、バッテリーを充電できないかとか、あれこれ挑戦した思い出があります。
   
QSL #05(1978年9月〜)
QSL05 今回はシンプルに、英文タイプライターとボールペン原紙で、謄写版3色刷のタイプを作りました。「88」というスタンプが見えますが、これは当時入っていたJA0YZC、144.88MHz(のちにJARLバンドプラン変更により145.12MHzへQSY)に常駐していた全国規模のクラブ、「Member's of 88」のシンボルマークです。この当時は、VHFのFM機は、サブチャンネル周波数毎に1個または2個(送信用・受信用)のクリスタルを入れて運用するのが一般的でした。呼び出し周波数(昔は144.48MHzだった)でサブチャンネルを探すとき、お互いが持っているクリスタルの周波数をまず教えあってから、共通して持っている周波数へQSYします。そんな時代でしたので、クラブ毎にあるサブチャンネル周波数を決め、メンバー全員でその周波数のクリスタルを買ってQRVしよう、というのがはやっていました。周波数を名前の一部にしているクラブも結構ありました。その後、ハム人口が激増し、PLL対応無線機がでてきて、「特定グループの特定周波数占領」ということでひんしゅくをかうことになってしまうのですが。
   
QSL #06(1978年11月〜)
QSL06 前作と同様、英文タイプライターとボールペン原紙の作品です。だんだん手抜きになってきて、今回は赤1色です。この当時は、私製はがき用紙を1箱(100枚)または2箱(200枚)くらい買ってきて、カードがなくなったところで新しく作り直す、というパターンでした。謄写版の原紙は、一度印刷してしまうと保存はできません。今のワープロでいう「ファイル保存」ができないので、一気にまとめて印刷するしかありませんでした。しかも、はがきは厚手の紙なので、200枚も刷ると、原紙の角のところが破れてしまったりします。
   
QSL #07(1978年12月〜)
QSL07 JH0KZY(父)が開局し、カードを共用で作りました。同じ謄写版2色刷です。このころ、サテライト通信にこり始め、AO-7やAO-8での通信を楽しみました。オービット番号やモードを記入するための欄を追加してあります。衛星通信といえば、JARLバンドプランを守らない局のQRMには悩まされました。特に、145.80MHzから上にでてくるFM局がいると、衛星からのBモードダウンリンクはお手上げです。当時は、Aモード(up 145MHz/down 29MHz)、AO−7のBモード(up 432MHz/down 145MHz)、AO−8のJモード(up 145MHz/down 435MHz)が使えましたが、ノイズや受信感度の関係から、AO−7のBモードがいちばん快適でした。垂直方向固定(仰角制御なし)の八木アンテナでしたが、十分QSOできました。
   
QSL #08(1979年3月〜)
QSL08 8作目のQSLカードは、元祖ガリ版のロウびき原紙に、ヤスリと鉄筆で作っています。今回は、黒1色のシンプルな図柄で、田舎の駅の駅名標をイメージしたものです。文字は、製図用のアルファベット用テンプレートを使って書きました。謄写版のインクの色を変えるのは、シルクやローラーをきれいにしなければならず、結構たいへんな作業でして、印刷枚数も増えてきており、だんだんシンプルになってしまいました。この図柄で300枚印刷していますが、1ヶ月ちょっとで使い切っています。今のペースだったら、余裕で1年以上もちますネ。
   
QSL #09(1979年5月〜)
QSL09 9作目から、当時はやっていたアニメ漫画のキャラクターを取り入れ始めました。ヤスリと鉄筆+謄写版はいぜん変わっていません。これは、「宇宙戦艦ヤマト」です。V/UHFでの移動運用を積極的にしていたので、あらかじめ移動運用地がいくつか印刷されています。
   
QSL #10(1979年6月〜)
QSL10 このころは、木曽郡御岳山や松本市美ヶ原高原への移動運用で、一晩で数百QSO、ということも珍しくありませんでした。手書きログからガリ版刷りQSLを大量に発行していました。今回のカードも、「銀河鉄道999」の機関車を書いて、謄写版刷りしたものです。
   
QSL #11(1979年7月)
QSL11 11作目のQSLカードは、6m and downコンテストで、木曽御嶽山へ移動運用したときに作ったものです。謄写版1色刷り、銀河鉄道999にでてくる怪しい車掌さんのイラストいりで、600枚ほど印刷しました。コールサインの部分は、当時JARLから有償頒布されていた「門標」から型を取りました。(ホームページトップ右上に写真があります)このときの成績は、個人局144MHz部門で、堂々全国第一位優勝でした。
   
QSL #12(1979年9月〜)
QSL12 このころ、ようやく430MHzもQRV局が増えてきましたが、昨今の2.4GHzや5.6GHzのような感じだったかもしれません。430MHzの全国伝搬実験もはじまっていました。フィールドデーコンテスト個人局430MHzに参加しましたが、残念ながら全国制覇ならず、信越地方第1位でした。周波数の高いバンドは、局数の多い平野部の方が有利だったのかもしれません。図柄は、宇宙戦艦ヤマトにでてくるロボット「アナライザー」です。
   
QSL #13(1980年2月〜)
QSL13 開局以来、1000局記入できるログブックが1年もったことはないのですが、ぼちぼちペースが落ちてきました。リグ記入欄に懐かしい無線機が並んでいます。TS-520V(HF), RJX-661(6m),TS-700S(2m), LS707(70cm)。すでに全てのリグは現役を引退していますが、20年以上たった今でもまだ、机の下に眠っています。 
   
QSL #14(1980年7月・8月)
QSL14 6m and downコンテストとフィールドデーコンテストで、木曽御嶽山(木曽郡王滝村)移動運用したときに作ったものです。144MHzと430MHz、移動局50Wの変更検査も無事終了し、50W運用でのコンテスト初参加でした。当時は、JARL認定では10Wまでしか免許がおりませんので、電波監理局の 変更検査をうけました。このときのコンテストの成績は、個人局430MHz部門で、6m and downのほうは、惜しくも全国制覇は逃し信越地方第1位入賞、しかしフィールドデーコンテストでは、念願の430MHzでの全国優勝を果たしました。
   
QSL #15(1981年2月〜)
QSL15 相変わらずの謄写版プリントQSLです。図案は、当時大ブームになっていた「機動戦士ガンダム」というアニメ漫画にでてくる「ホワイトベース」という宇宙船です。このアニメの続編シリーズが20年以上経ったいまでも放送されているとのことで驚きです。当時、「ガンダム」は、争いあうことや人間関係といったところがフォーカスされていて、メカやSFという未来のテクノロジーを中心に描いていた他のアニメ漫画とは一線を画していたと記憶しています。でも、個人的には銀河鉄道999や宇宙戦艦ヤマトのような松本零士氏の作品の方が夢があって好きです。(「男おいどん」も!)
   
QSL #16(1981年12月〜)
QSL16 世の中に「マイコン」なるものが普及し始め、今時の携帯電話の方がよっぽど解像度が高いかもしれない、という程度の画面のコンピューターテレビゲームがはやり始めていました。ラヂオ少年たちの興味が、無線からコンピューターへとだんだん移り始めた頃だったのかもしれません。我が家でもPC−8801という、NECの8ビットマイコンを購入しました。Z−80という8ビットCPUが4MHzで動作し、メインRAM64kバイト。グラフィックRAMは16kバイトのバンクを3枚もっているという、当時としては最高級スペックで、たしか本体が20万円以上したとおもいます。
   
QSL #17(1983年7月)
QSL17 いまでは当たり前の「プリンタ」ですが、パソコンにハードディスクはおろか、フロッピードライブもついていなかった頃、個人でプリンタを持つなど考えられなかった時代です。そんななか、EPSONから9ピンのワイヤードットプリンタが10万円を切る価格で発売され、我が家でもいよいよプリンタ導入です。RP−80というプリンタですが、今だったら小型のレーザープリンタが買えるくらいの価格でした。430MHz全国伝搬実験用に作ったQSLですが、ボールペン原紙へRP−80でプリント(?)して謄写版で印刷しました。当然漢字などサポートしていませんので、パソコン本体の表示用漢字ROMのデータを読み出して、ビットイメージデータを作るプログラムをN88ベーシックで組みました。
   
QSL #18(1984年7月〜)
QSL18 1200MHzのAJD(特記No.4)も完成し、だんだんアクティビティが低下してきました。いままで1年もたなかったログブック(1000局)が、10年経ってもまだ終わらなくなってしまいました。ついに、アドカラーから、ミシン目つき連続ファンフォールド紙(紙の両側に紙送り用の穴があいているやつ)タイプのQSLカード用紙が発売されたので早速購入して挑戦。RP−80は、「ファンフォールド紙専用」で「カット紙」が使えませんでした。データプリント用のソフトは自分で書いたものです。もっともこのころは、「パソコンのソフトは自分で書く」というのが当たりまえでした。世の中にあるのは、ゲームとワープロ程度、自分の使いたいソフトなど、まず存在し得なかったです。
   
QSL #19(1985年9月〜)
QSL19 いよいよ我が家にも、16ビットPC、かのPC−9801(Vm2)がやってきました。同時に、NECのNM−9900という、ワイヤードットの24ピン、しかもカラー対応可能というすごいプリンタも一緒にやってきたのです。まだ一太郎も生まれる前、QSLカードプリント用のプログラムなどあろうはずもなく、仕方なく自分で組んでいました。このころ、ログ管理もできないかと、1Mバイト足らずのFD2枚に精力を傾けていました。しかし、その後に出会う「Turbo HAMLOG」によって悩みは一気に解決。コンピューターソフトは作るものではなく、使うものである、ということを自覚したのでした。
   
QSL #20(1986年6月〜)

QSL20

プリンタもいよいよフルカラー時代へ。当時はやっていた「ビデオプリンタ」で作ったものです。今みると最悪の画質ですが、当時としてはいわゆる「銀塩写真」以外に、自分の撮影した写真を自分のうちでプリントする方法は、これくらいしかありませんでしたから。あ、もう一つあげるとすると、「プリントゴッコ」で、3原色分の版をつくって3回重ね合わせプリントした、「フルカラー」のQSL(年賀状だったかも)をみて感動した覚えがあります。これは、ビデオカメラで撮影した「国宝松本城」をビデオプリンタでプリントしたものです。デジカメ時代の今では当たり前ですが。QSL#02と比べてみてください。
   
QSL #21(1987年2月〜)

QSL21

「パソコン」という言葉もずいぶん一般化してきたころです。携帯電話はまだブレーク前で、アマチュア無線もまだそれなりに活気がありました。パソコンも16ビットが当たりまえ、CPUも80286から80386へ。しかし、taniyanは無線もパソコンも一段落し、このころからラジコンにはまり始めるのでした。
   
QSL #22(1994年12月〜2004年2月)

QSL22

開局以来、初めて印刷屋さんへオーダーして作ってもらったQSLカードです。ちょうど松本空港が拡張ジェット化され、YS−11からMD−87に切り替わったときでした。飛行機とターミナルビルの後ろに見えているのが美ヶ原(王が鼻)です。QSL#02と比べてみてください。1000枚もオーダーしてしまったので、いまだに使い続けて、ついに21世紀になってしまいました。(2004年2月で発行終了しました)
   
QSL #23(2004年2月〜2004年5月)

QSL23

電子QSLシステム「QSOバンク」の広報をかねたQSLカードです。電子QSLシステムとは、ネットワーク上のサーバーに、各局が交信データを送信し、双方の交信データが一致した場合に、相手局のQSLカードがイメージファイルとしてうけとれる、という画期的な実験です。この実験参加者を増やそうということで、今回「紙QSL」を発行することになりました。詳しくは、QSOバンクのサイトをご覧ください。

QSL23_rep

レポート欄の背景に月替わりの写真を埋め込んでみました。毎月QSLを印刷する頃の季節の写真を張り込んでいこうと思います。

QSL #23A

2004年2月21日〜2004年3月28日QSO分

梅の花がやっと咲き始めた信州ですが、なごり雪というにはあまりにもボリュームのある、およそ10cmの積雪があり、花に雪が積もって「雪中梅」状態になりました。(3月22日撮影)

 

QSL #23B

2004年4月2日〜2004年5月22日QSO分

桜が満開の国宝松本城です.信州では,長い冬が終わると一気に春が訪れます.例年4月中旬から下旬にかけて,梅と桜がほぼ同時に咲きます.写真左側には満開の桜が写っています.

 

   
QSL #24(2004年5月〜2004年6月)

QSL24

QSL#23Bで使った松本城の写真が気に入ったので,インクジェットプリンタで打ち出すようにQSLとして編集してみました.1593年築城とされ,400年の歴史をもつ国宝松本城を,お堀に赤い橋が架かる 西側から写した写真です.(撮影:JH0KZY) 東側(写真奥側)にある松本市役所屋上には,各局TV中継カメラが常設されており,朝のニュース中継などで北アルプスをバックにした松本城の映像がよく流れています.(月替わりレポート欄背景写真は,6月の旧国鉄信越本線めがね橋を最後にいったん中止しました)
   
QSL #26(2004年12月〜2005年3月 移動運用時発行)

QSL26_001

長野県東筑摩郡四賀村移動 (2004/12/12)

平成の町村大合併で近隣でも無くなってしまう町村があるため,移動サービス(もどき)を始めてみました.手始めは,2005年4月1日に松本市と合併消滅してしまう東筑摩郡四賀村移動.松茸山荘の駐車場からHFローバンド中心に,モービルホイップ+50Wで約20局とQSOできました.

QSL26_005 長野県木曽郡山口村移動 (2005/1/4)

全国的に注目を集めた木曽郡山口村から運用しました.わずかな時間でしたが,馬籠宿の下にあるおみやげ屋さんの駐車場からモービルホイップ+50Wで約40局とQSOできました.HFローバンド中心に運用しましたが,0エリアからのコールが多かったようで,やはり地元での注目度は高いようです.運用時にはまだ結論は出ていませんでしたが,結局2005年2月13日に岐阜県中津川市へ合併され,0エリアから2エリア地区となることに決まったようです.贄川宿から馬籠宿まで,信州木曽路11宿の一宿がQSYしてしまうことはやはり寂しい限りです.

QSL26_008 長野県中野市移動 (2005/3/31)

毎年3月31日,4月1日の二日間開催される「中野ひな市」へ出かけたついでに,長野県中野市から運用しました.3月31日の「つちびな即売会」待ち時間を中心に,平日の昼間でしたが7MHzから14MHzまで,CWで約60局とQSOができました.

QSL26_009 長野県下水内郡豊田村移動 (2005/3/31)

3月31日は,長野県内でもいくつかの町村が合併によって消滅します.中野市の隣,下水内郡豊田村(とよたむら)も4月1日からは中野市に合併されます.ひな市の帰りに豊田村の温泉「もみじ荘」で,豊田最後の湯を楽しんだついでに軽くQRVするつもりだったのですが,約70局の皆さんと交信して頂きました.モービルホイップでも結構飛んでくれるので驚きです.

   
QSL #27(2004年12月〜2005年2月)

QSL27

知的障害者の方の祭典,スペシャルオリンピックスが2005年3月に長野で開催されます.それに先立ち,スペシャルオリンピックス冬季世界大会特別記念運用JARL長野県支部によって企画されました.自局コールサインの後に,「/SO2005」を付加して運用します.記念運用局との交信による記念アワードなどが発行されていますので,このカードを受け取った方はチェックしてください.発行を始めたのが12月からなので,JARLからカードが届く頃にはSO大会は終了していることでしょう.残念!

このQSLは,松本市固定からの運用の他,更級郡大岡村(12/26),東筑摩郡麻績村(12/26),南安曇郡梓川村(1/10),木曽郡楢川村(2/12)の各移動運用でも発行しました.コールサインは,「JH0HYX/SO2005/0」.「SO2005」もコールサインの一部ですので,CWでは数字を略体で打つわけにもいかず,とてつもなく長いIDを送信していました.そうえいば,最近「/1」などを「/A」と略体で打つ局を見受けますが,あれはやめてほしいです.明らかに誤用ですから.

   
QSL #28(2005年4月〜2006年8月)
QSL28 2005年4月1日,1市4村(旧松本市・南安曇郡安曇村・同奈川村・同梓川村・東筑摩郡四賀村)が合併し,新松本市が誕生したのを記念してQSLカードを作成しました.旧市村を代表する写真を手持ちのライブラリからかき集め,オノウエさんへデータ入稿して印刷して頂きました.(松本城はJH0KZY,上高地はexJF0TAE,そばの花,福寿草,りんごはJH0HYX撮影) 4月1日以降,固定・移動運用含め,松本市から運用した際に発行したいと思います.
   
QSL #29(2005年5月〜2006年2月 移動運用時発行)

QSL29_011

長野県佐久市移動 (2005/5/4)

ゴールデンウイークの恒例行事となった佐久バルーンフェスティバルへ出かけたついでに,千曲川河川敷に設営された会場駐車場からQRVし,長野県佐久市移動3.5MHz〜18MHzでのべ85局とQSOいただきました.4日は浅間山の噴煙がほぼ水平になるほどの強風になり,午後の熱気球日本グランプリ大会は中止になってしまいましたが,バルーンイリュージョン(夜間係留)は予定どおり実施され,音楽に合わせて光り輝く巨大提灯(?!)のショーを楽しむことができました.

QSL29_013

長野県東筑摩郡明科町移動 (2005/6/25)

明科(あかしな)町としては最後の開催となる「第21回あやめまつり」にでかけてきました. 日本一長い川,信濃川の支流,犀川沿いにある龍門渕公園を中心に,150種5万株ものあやめが植えられています.「にじます」とともに町の名物となり,毎年6月後半にあやめ祭りが開催されてきました.明科町は2005年10月1日から,安曇近隣町村と合併して「安曇野市」になります.子供の頃3年間ほどすんでいたことがありますが,昔の町の名前が無くなるのはやはり寂しいですね.

QSL29_014

長野県木曽郡開田村移動 (2005/7/18)

開田村は信州の中でもそばの産地として有名です。また、小型の「木曽馬」の里としても知られています。今回は「そば」メインでの移動でしたが、3.5/18/24MHzで十数局とQSOできました。11月からは、周辺4町村と合併して「木曽町」に変わります。(写真は木曽馬と霧しなそば)

QSL29_015

長野県木曽郡木曽福島町移動 (2005/10/30)

木曽郡内、木曽福島町、開田村、日義村、三岳村の四町村が合併し、11月1日から「木曽町」となります。木曽福島町からは、これが最後の運用です。町中のスーパー駐車場からモービルホイップで運用しましたが、3.5/7MHzでおよそ60QSOしていただきました。モービルホイップということもありますが、かなりの市街地ノイズがあり、受信が厳しい状態でした。これに加えて、もしPLCが始まったら、いよいよHF運用厳しくなりますね。(写真は木曽御嶽山)

QSL29_017

長野県北安曇郡八坂村移動 (2005/12/25)

2006年1月から大町市と合併消滅する八坂村からQRVしました。雪のためあまり奥まったところへは入れず、国道19号線沿い、バス停横で運用しました。現在の村人口が約千人と、典型的な信州の山村です。都会の子供達がキャンプ体験などをする「山村留学」発祥の村だそうです。

QSL29_018

長野県東筑摩郡山形村移動 (2006/1/29)

ブロードバンドアンテナ(VA-250)を入手したので、早速近所で試してみました。約1mの塩ビパイプの上に取り付け、車上にとりつけてみたもののいまいち。。2本の水平エレメントに加え、Saga144W7の3.5MHz用追加エレメント部分をむりやり垂直にとりつけ3本エレメントでトライ。80mでようやく十数局とCWでQSOできました。BB系アンテナ、やはり魔法のアンテナではないようです。

QSL29_019 長野県上伊那郡長谷村移動 (2006/2/5)

3月に伊那市と合併消滅する長谷村でHF CW移動運用。今回もVA-250でのチャレンジですが、結果は思わしくありません。前回同様144W7の3.5MHz用追加エレメントを垂直に追加して、80mで十数局。160mではチューナーでSWRは落ちるものの、相手599+に50Wいれても全く応答なし。ローバンドはやはりアンテナ機械長がないとだめですね。

QSL29_020 長野県上伊那郡高遠町移動 (2006/2/5)

おとなり長谷村とともに伊那市へ合併消滅する、桜で有名な高遠町でもQRVしました。VA-250は結構重量があるので、塩ビパイプでは強度不足、大きくしなってしまい設営も一苦労。今回は追加エレメントなし、製品添付のエレメント2本のみでQRVしましたが全くとばず。80mCWで7エリアからようやく「339」のレポートをもらいましたが、あきらめて撤収。モービルホイップ(144W7+3.5MHzエレメント)の方が飛ぶ感じです。小型BBアンテナはハイバンド向け、という結論に落ち着きました。(高い授業料でした。。)

   
QSL #30(2005年12月〜 「道の駅」移動運用時発行)

QSL30

「道の駅」移動用に、スタンプ欄を大きくとったフォームも作ってみました。人目の多い場所ですので、目立たず、かつ設営撤収が短時間でできるHF移動アンテナを研究中です。名付けて「QQS」(Quick QRV System!) 設営3分、撤収1分を目標に、ATU(SG−231)と水道管塩ビパイプ+モービルホイップの組み合わせを試しています。サンルーフから設営撤収ができ、一度も車から降りることなくQRVできる優れものです。;−p

「道の駅アワード公式ページ」はこちら

RS09_30 長野県北安曇郡美麻村「道の駅・長野−30:ぽかぽかランド美麻」移動 (2005/12/25)

1月から大町市と合併消滅する美麻村で最後の運用をしました。ロケーションが悪いのか、はたまたコンディションに恵まれなかったのか、この日のQSO数はあまりのびませんでした。モービルホイップですので、周囲を山に囲まれた場所での運用は不利なのでしょう。いままでもRSからQRVしたことはあったのですが、沢山スタンプを押すのがはばかられ、RS告知はせず、アワード対応QSLは出していませんでした。今回は数枚なので、はがきを抱えてスタンプ押して、RSアワードデビューです。

RS09_04 長野県塩尻市「道の駅・長野−04:小坂田公園」移動 (2006/4/4, 2006/5/15)

QQS(塩ビパイプアンテナ)の実験もかね、通勤路からは少し外れるものの、会社帰りに軽く一杯ののりでQRV。まだ売店もあいていてスタンプもOKでした。ここにはプールもあり、夏の週末はかなりにぎわいます。周辺国道20号線沿線では、しばしば10GHz帯にQRVしている局がいますので安全運転でどうぞ。

RS09_34 長野県東御市「道の駅・長野−34:雷電くるみの里」移動 (2006/5/2, 2006/7/15)

GWの狭間、1エリア方面からの帰り、ちょっと道草してQRV。浅間山麓の高台にあり、ロケーションは結構FB。HFしかQRVしませんでしたが、VUもそこそこいけるかもしれません。松本市自宅のNaviTraやWiRESが30cmのモービルホイップで55〜57で入っていました。「雷電」は1767年に当地で生まれた力士、身長2mに迫る巨漢で無双力士とよばれています。アニメ「勇者ライディーン」は、この「雷電」をもじってつけられた(?)という話もあります。コンディションも「フェード・イン!?」50局以上とQSOできました。でも、QRV中「ライトニング」はご勘弁を。

RS09_08 長野県北安曇郡白馬村「道の駅・長野−08:白馬」移動 (2006/6/18)

穂高のそば屋さんへよったついでに少し足を伸ばして白馬でQRV。さすがに週末は混んでますね。あまり広くない駐車場の隅っこで、モービルホイップでHFローバンド中心に短時間QRVしました。スタンプ設置場所がせまく、はがきをおいて押印するのに往生しました。(商品陳列棚の角、2cmほどの幅しか平らな場所がない)スタンプ作業用に、小降りで厚手の「画板」が必要かもしれません。。

   
QSL #31(2006年2月〜 移動運用時発行)

QSL31_021

長野県 小県郡 武石村移動 (2006/2/19)

平成の大合併も大詰め、3月から上田市と合併消滅する武石村へ移動しました。VA-250も試したのですが調子が悪く、結局モービルホイップ+50Wという、従来のスタイルへ戻して運用。少し山側に入った、うつくしの湯付近からQRV。武石村といえば、昔はよくVUで美ヶ原移動運用しました。袴越から美ヶ原王ヶ頭にかけて走る林道沿いで144MHzをメインに運用していいましたが、道路が松本市と武石村の境を縫うように走っており、QTHの特定が微妙でした。当時はまだAJAはおろか、JCGアワードすら無かったので、郡部からの運用は人気がなかったのですが、144MHzで6エリアから8エリアまで、全国をカバーする好ロケーションということもあり、各局のAJD/WAJAにはずいぶん貢献したのではないでしょうか。

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長野県 伊那市移動 (2006/3/21)

ローバンドでも手軽に移動運用できる設備を目指し、結局ATU(SG-231)に手を出してしまいました。BB系(VA-250)アンテナはパッシブに同調させるためでしょうか、ローバンドではほとんど飛んでくれませんでしたが、LW対応のアクティブATUは初回から手応えあり、いい加減なアンテナでも期待以上に飛んでくれました。今回はHFアローライン(SD660)の基台からラジアルをはずし、先端にモービルホイップ(144W7+3.5MHzエレメント)を取り付けたアンテナ構成でQRVしましたが、40m、80m、160mのローバンドCWでQSOができました。カウンターポイズが弱いのか、機械長が足りないのか、160mではときおり同調が外れて再チューニングしましたが、160m移動初QRV、3mたらずの短縮アンテナでよく飛んでくれました。

QSL31_024 長野県 東筑摩郡 朝日村移動 (2006/4/12)

今日も会社帰りに軽くQRV。設営3分を目標に研究中のQQS(Quick QRV System)の実験を兼ね運用。Φ25の塩ビ水道パイプを1.3m程度(横にして車に積める長さ)に切り、両端に水道用の接続用継ぎ手(ねじ込み式)を取り付けたものを2本、その上にMコネクターをつけてモービルホイップを取り付け、全長約5mの短縮バーチカルのできあがり。あらかじめルーフキャリアに、塩ビパイプ取り付けようのアタッチメントが固定してあるので、3分、とはいきませんでしたが、5分程度で設営完了。設営撤収含めて1時間弱で、80m,160mあわせてCW30数局と交信できました。ATU(SG-231)絶好調なり。

QSL31_025 長野県 東筑摩郡 山形村移動 (2006/4/14)

ローバンドはアンテナ機械長が命、という鉄則に基づき、10m長の伸縮グラスポールを入手。今日こそ160mで!と意気込んでいたのですが、バンド中、例のジャミングでいっぱい。一面田んぼで都市雑音皆無の場所ですが、S9++状態。とりあえず80mで運用するも、160mへ戻ってCQ連発。ジャミングの中呼んでいただいた局もいたかと思いますが、QSOできたのは2局にとどまりました。10m長LW(LongWhip)の効果検証は次回に持ち越されました。

QSL31_028 長野県 岡谷市移動 (2006/5/20)

QQSシステムパターン3,というほどのものではありませんが、お得意の水道管塩ビパイプアンテナシリーズの第三弾、デルタループアンテナをテストしてみました。一辺が3m弱の三角形のシングルループ(全長約8m)で、底辺の一角にATUを入れています。打ち上げ角30°くらいかな?!日頃ご近所から「走るイージス艦」の異名をとる、我がモービルですが、この日ばかりはまるで帆掛け船状態。もちろんこの状態で走行はできませんけど。マッチングは1.9MHzから28MHzまでとれましたが、飛びを確認する前に雷雨襲来、緊急撤収を余儀なくされ、各バンドでの詳細性能は不明です。ただし、雷鳴からわずか1分後には完全撤収できていましたので、別の意味でQQSとしてのレベルは向上していることが証明されました。;−p

QSL31_029 長野県 上伊那郡 辰野町移動 (2006/5/21)

前日雷雨のため性能確認ができなかったQQSデルタループ、再びリベンジの移動を行いました。ところがこの日はお天気がよかった割にはコンディションがいまいち。夕方のローバンドしか試せませんでしたが、3.5MHzあたりにおいては、2.5m長のモービルホイップよりは多少ましかな、程度でした。この日の移動は、「日本の中心」こと、鶴ヶ峰展望台横。眺めはよいのですが、VUは期待したほど飛んでくれませんでした。

QSL31_030 長野県 岡谷市移動 (2006/6/4)

だんだんエスカレートする、「なんちゃって移動サービス」用設備ですが、ついにVU帯も増備がはじまりました。とにかく「お手軽移動」が基本コンセプト、設置に時間をかけたくないし、めんどくさい作業もしたくない、ということで、VUが1本でいけるログペリ(50MHz〜1200MHz)をゲット。144MHz以上でも水平偏波のまま気にせずQRV。ロケの関係もあり、1200MHzではQSOできませんでしたが、ま、そこそこの手応えです。もちろんローテータもついていますが、メインポールは塩ビφ25mm、あらかじめ車体およびアンテナ側に取り付けた塩ビソケットにパイプを差し込むだけの超簡単設置機構。ステーはキャンプで使う長さ可変ロープ。5分もあればこの状態に設置できます。近日中に2.4GHz、5.6GHzのアンテナも搭載して、1.9MHz〜5.6GHzまで、オールバンドQRV可能な装備で固めたいと思います。(^^;

QSL31_032 長野県 須坂市移動 (2006/6/24)

「タレント動物」が多数いるいることで有名な須坂市動物園へ行ったついでに、同園駐車場からQRVしました。ワイドショーでもたびたび取り上げられるほど有名になった、アカカンガルーの「ハッチ」に、神戸市立王子動物園からお嫁さん「クララ」が来る、ということで、相変わらずの大盛り上がり。しかし彼は相変わらずグータラな生活を送っていました。写真手前が「ハッチ」、はるか後方にいるのが「クララ」。この微妙な距離を縮めることはできるのでしょうか。そのほか、長野県天然記念物にも指定され、日本オオカミの血を引くといわれる川上犬「源龍」も仲間入りし、ハッチにも強力なライバル出現。人気維持、そして家庭円満のためにも、ごろごろしてないで、サンドバッグの一つもたたかねば!(ボクシングしている姿、まだみたことありません。。。)

QSL31_033 長野県 上高井郡 小布施町移動 (2006/6/24)

小布施といえば「栗」。ちょうどこの時期、栗の花が満開。当家固定にも大きな栗の木がありますが同じく花がいっぱいついています。信州の栗に限ったことかはわかりませんが、一般に「くさい」と不評な栗の花ですが、私はさほど不快には感じません。今回も栗林のど真ん中でQRVしましたが無問題でした。小布施の栗関連品でおすすめなのが「栗どっこ」。栗を原料に使った焼酎で、ハイウエーオアシス小布施の売店で売っています。是非おためしください。

QSL31_034 長野県 千曲市移動 (2006/6/24)

旧更埴市の「あんずの里」は、一目十万本ともいわれるほど、あんずの花で有名ですが、今がちょうど収穫時期。たわわに実ったあんずの実が沢山ついて、大豊作。あんずはそのまま生で食べるもよし、焼酎漬けにして「あんず酒」を作るもよし。当家固定のあんずの木は全長1mたらず。収穫まで、まだ数年かかりそうです。

QSL31_035 長野県東 筑摩郡 麻績村移動 (2006/6/24)

今日はドライブついでに、4カ所からQRVしました。最後は長野自動車道筑北PAからQRV。このPAは、下り線(岡谷・松本→更埴・長野)は筑北村(旧坂北村)、上り線(長野・更埴→松本・岡谷)は麻績村にあります。梅雨のはずがこの日はとてもよいお天気、写真のようなきれいな夕焼けでした。HF帯のコンディションも結構よかったのですが、観光メイン、ということであまり長時間QRVできませんでした。

QSL31_036 長野県 諏訪郡 下諏訪町移動 (2006/7/14)

仕事で諏訪に行ったついでに、諏訪湖畔からQRVしました。 諏訪湖岸は下諏訪町の他に、諏訪市、岡谷市があります。湖のすぐそばで運用すれば、良好な接地が得られ、HFローバンドもFB?

QSL31_038 長野県 北佐久郡 軽井沢町移動 (2006/7/15)

軽井沢中心部はいつも通り、避暑客で大QRM。軽井沢駅から碓氷峠側に少し行った旧信越本線廃線跡近くでHF中心にQRVしましたが、コンディションはいまいち。いったんは廃線になったこの旧信越本線碓氷峠ですが、観光トロッコ路線として横軽全区間を復活させよう、という話もあるようです。ほぼ全区間、線路、架線など、1997年の状態がほぼそのまま残されています。来月行われる長野県知事選挙の結果によっては期待できるかな。。この日は東御から軽井沢経由、旧信越本線「めがね橋」をみつつ、横川の鉄道文化村まで足を伸ばしました。

QSL31_039 長野県 木曽郡 木曽町移動 (2006/8/16)

今回もそば目当てで木曽方面へ移動ついでに木曽町(旧開田村)にてQRV、HFローバンドCW中心に30局弱とQSOいただきました。今回は旧木曽福島町の「くるまや」(国道店)さんへ。いまどきは、老舗のそば屋さんでも、WebSiteひらいていてあたりまえなのですね。くるまや(本店)さんも別のページがありました。おいしい信州そば屋さんの見分け方ですが、私の独断でいくつかの基準をあげるとしたら、1:地元の日本酒をおいていること、2:店内禁煙にしていること。最近は寿司屋さんばかりでなく、居酒屋さんでも「禁煙席」が見受けられます。クリーンな店内環境は、おいしい料理とおいしいお酒を楽しむ重要な要素だと思います。

QSL31_040 長野県 松本市移動 (2006/8/17)

久しぶりに美ヶ原にあがって運用しました。ビームアンテナ(ログペリですけど)を美ヶ原へ持ち上げたのは、へたすれば二十年ぶりくらいかもしれません。HFから1200までオールバンドで望んだのですが、あまりコンディションもよくなく、戦果は今ひとつでした。仰角0度、水平偏波の21エレログペリでしたが、サテライトではじめて移動運用をしてみました。全手動制御でしたが意外と実用になることがわかりました。もう少し小さなアンテナで(17エレのログペリあたり)、仰角固定でも十分楽しめそうです。(21エレはさすがに大きく、あまりの怪しさに、森林組合のパトロールに職質されてしまいました。。。)

QSL31_041 長野県 岡谷市移動 (2006/8/20)

17日の美ヶ原移動で高山病になってしまったのか、連発で2000m級移動、今回は鉢伏山頂上から少し下ったあたりに陣取ってQRV。ちょうど鉢伏山がじゃまになって1エリア方面はNGですが、今回も1.9MHzから1200MHzまでオールバンド+サテライト運用しました。コンディションがいまいちだったのか、あるいは皆さんハムフェアにお出かけでお留守だったのか、この日もあまり局数は伸びず、トータルで40局程度でした。サテライトは各局とてもアクティブですね。TS-2000のUp/Downバンド切り替え方法に手間取り、オービット1回分ロスしてしまいましたが、仰角水平固定ログペリでも結構QSOできました。

QSL31_042 長野県 諏訪市移動 (2006/8/22)

この日もCMで諏訪へ移動したついでに、諏訪湖ヨットハーバーからHFローバンド、CWでQRVしました。平日にもかかわらず、30局以上とQSOいただきました。諏訪湖は湖面標高が約800m、湖のグランド効果(?)もあってか、ローバンド結構飛んでくれたみたいです。

QSL31_043 長野県 塩尻市移動 (2006/9/23-24)

相次ぐ台風襲来、その間隙を縫って久しぶりの本格(?)VU移動を敢行しました。松本ローカル合計3局で、6mを中心に、1.9MHzから2400MHzまで、オールバンドで移動。初日のBBQ&ACで、ほとんどQRL状態になってしまいましたが、明け方のサテライトから復活、のべ約50局とQSOいただきました。海抜1600mを超える高ボッチは、予想通りさすがに寒く、雪がこなかったのがラッキーでした。うん年ぶりに持ち上げた発発、やっぱり不発でかからず・・。下山後にキャブをばらしてやっと復活しました。来年は5.7GHzも含め、VUまた移動したいと思います。(PSE EJF&FGS!)

   

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