| 1.ウルサンの朝 |
夜明け前に夜行バスから降り立った。市街地はまだ静寂につつまれ、街灯のオレンジ色の光だけが眩い。つい数年前までは夜間外出禁止令が敷かれていた国だけに少々心細い。
ウルサンへ来たのは、全くの偶然であった。約一ヵ月前の1992年10月23日より運行を始めた「優等高速バス」に乗るために渡韓し、たまたま座席が残っていたのがウルサン行きであったためである。このバスの特徴は、座席が3列シート化され夜行便も設定されたことで、韓国の高速バス事業に一大転機をもたらしている。(写真1)
ゆったりした座席で快適な一夜を過ごしたものの、夜明け前の街に放り出されてしまった。幸いにも午前5時過ぎには市内バスの運行が始まったので飛び乗った。「座席バス」であったので、舟を漕ぎながらもシートに体を預ける。 |
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▲ 写真1
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ダダッ広い道を10分程進んだ頃、右手に大きな工場が見えてきた。自動車工場のようである。そして壁に大きく「HYUNDAI」の文字が目に入る。「ヒョンデだ!」同社は、日本の三菱自動車と技術提携し、三菱エアロバスとそっくりの現代エアロバスや、当時の呉羽ボディのエアロスターに似た市内バス用の現代エアロシティ(写真2)を生産している。
バスは終点に着き、晩秋の遅い朝を迎えようとしていた。折返場の周りは小さな漁村であった。海辺に出て「朝日が昇る日本海」をしばし眺める。港の彼方には、石油化学コンビナートが見える。ウルサンが工業都市であることを実感する様な光景である。この都市は現代グループの企業城下町であり、バスの車窓からは、現代造船の巨大ドックも目に入った。6者ある市内バス事業者は、全て現代のバスを用いていることが象徴的であった。 |
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▲ 写真2
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| 2.市外バスに乗って… |
午後はプサンへ向かうこととした。ウルサン市外バスターミナルは、ごく最近に郊外へ移転したらしく少々探すのに手間取りながらも、漸く探し当てた。その広い敷地には膨大なバスの群れが、私を待っていたのである。色とりどりの各社の市外バスが、ひっきりなしに発着している。それもそのはずで、これから乗るウルサン〜プサンは午前6時前から午後10時まで3分毎に頻発しているのだ。乗車したハンソン(韓成)旅客(写真3)を始め、300台余を保有する大手市外バス会社のキョンナム(慶南)バス(写真4)、他にキョンウォン(慶源)旅客、シニル(新日)旅客などが凌ぎを削っている。但し、各社は競合しながらも共同運行を行っており、利用者がバス会社を選ぶことは出来ない。
小一時間はど各社の様々なカラーリングに見とれていたが、プサン行きに乗ることにして出札窓口で切符を買う。1,150ウォン。50qの距離を一時間余で結ぶが、日本円にすると300円にも満たない。バスの前に立っている改札係に切符を渡し、乗り込むと出発した。自由席であるので、最前部の座席に腰を据えた。車内を見回すと、ざっと10名程が乗っている。 |
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▲ 写真3 |
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5分程走った市内中心部に程近い場所にもバス停があった。大多数の乗客はここから乗るのであろうと考えていると…私の乗るハンソン旅客の初老の運転手氏は、バス停の係員に物凄い剣幕で、怒鳴り散らし始めた。前には、3分前に出発したらしいキョンナムバスのプサン行きが止まっている。どうやら「前の車を早く出せ!」とでも言っているようだ。先行したキョンナムバスの運転手は、より多くの乗客を獲得せんがために出渋っていたようだ。正に、英国でバス規制緩和が行われた直後に現出した「道路上の競争」そのものの光景である。
ほんの数名の乗客を載せてから、初老の運転手氏はバス停の係員に捨てぜりふを浴びせつつバスを発車させた。客の入りが悪いことに腹を立てたのか、スカッとするのを通り越して青くなるほどに軽快にバスを飛ばしまくっている。 |
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▲ 写真4 |
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途中の小さな街で数名の乗客を載せると、彼はニヤニヤしながら切符の束を数えはじめた。勿論、私がウルサンで渡した切符もその中に含まれている。それを見た私は、「どうやら乗客数に応じた歩合給があるに違いない」と確信した。そう考えると先程のバス停で怒鳴っていたことにも合点がゆく。日本のバス会社からははとんど姿を消した前時代的な労務管理体制を目のあたりにして、凄まじい競合の渦中に置かれたバス会社の実態を、図らずも見てしまったような気がした。
私の乗るハンソン旅客の初老の運転手氏は、時には煙草をスパスパふかしポンチャックのテープをガンガン響かせながらも、無事にプサン東部市外バスターミナルに到着したのであった。
今日もあの気の短いアジョシは、テウ製のバスをころがしているのであろうか…。 |
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注)ポンチャック:韓国の大衆音楽の一つで、エレクトーンなどの電子楽器を多用する。ノンストップのメドレー形式をとる。日本へは1993年頃より紹介され「イ・バクサ」氏が有名。彼は、後に電気グループや明和電気などと組んだ作品も発表した。
詳しくは、湯浅学他「ポンチャック頭とろとろガイド」『ポップ・アジア 第3号』ブルースインターアクションズ 1995年PP41−44.を参照されたい。
注)アジョシ:一般に「おじさん」と訳されるが、日本語のそれとは微妙に異なり、20代男性から壮年男性にまで、幅広く用いる。 |
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補遺:市外バス事業の詳細については、以下の文献を参照されたい。
韓柱成「韓国忠清北道における市外バス事業体の路線網と競合の形態」
『季刊地理学 第44号』東北地理学会 1992年PP115−128. |
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